論考

Thesis

インド、カースト制度

当塾理事曾野綾子先生と共にした、インド・ネパールの視察を終えてきました。今回の主目的は、先生が主宰されている海外邦人宣教者活動援助後援会(JOMAS)の援助活動の一貫として、援助後の視察をすることにありました。
 インドでは不可触民の村に援助した学校建設など、各種開発活動の調査を行い、ネパールでは主にUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によるブータン難民キャンプの視察を行いました。

 今月は、先月のレポートの続編になりますが、インドのカースト制度における最下層民(アンタッチャブル)について私の体験と以下、3冊の本をもとにレポートします。

  1. 「不可触民、もう一つのインド」(山際素男著、三一書房刊)
  2. 「アジアハイウェー、褐色のインド亜大陸」(NHKアジアハイウェープロジェクト、NHK出版
  3. 「インド民族運動史、ガンディーとイギリス植民地支配」(山田晋著、教育社刊)

 日本人に、知っているインド人を一人挙げて下さい、と言えば恐らく聖人の如き印象と共にマハトマ・ガンジーの名前が挙がるでしょう。彼は独立運動に際して非暴力・不服従運動によって知られています。また、彼は不可触民の差別撤廃にも尽力しました。
 しかし、ガンジーがハリジャン(神の子の意、現世で苦しんでいる彼らは、来世において必ず良い生まれ変わりを迎えるとした)と呼んだ不可触民達からは決してよく思われていないという事例、発言が上記3冊の本に載っていました。彼らの主張は、“ガンジーはカースト制度はそのままに、差別撤廃のみを叫んだ。しかし、カースト制度と切っても切り放せないのが差別である。それを分からずに差別撤廃を言ったのなら、ただの偽善者だ。それに、彼の運動によって我々の1億人の差別がなくなったとでも言うのか!”といったものでした。
 3000年も続いてきた身分制度を、ガンジー一人の責任に帰するのはどんなものか、とは思いましたが、不可触民の置かれている現実とガンジーの功績のあまりの差に、穏やかでいられないほど差別がひどいのだろうと予想することはできました。
 ハリジャン達とっての聖人は、ネール首相の下でインド憲法を起草した、アンベードカル博士(ハリジャン出身)であったようです。それは、現地でのインタビューからも窺い知ることができました。
 博士はゴータマ・シッタルダ(武士階級であるクシャトリアの出身、バラモン教の身分制度に反対した)が開祖である仏教を20世紀に再興(仏教は紀元前6世紀に興り、ムガール帝国〔イスラム教〕の隆盛により、13世紀に滅びた)した人物でもあります。
 1956年、博士は30万人の民衆と共に仏教に改宗しました。ヒンズー教徒としての差別撤廃に限界を感じてのことであったようです。また、本中、パキスタンの分離・独立も根はカースト制にあるという発言がありました。低カーストにあった人々が、圧制と差別に耐えかねてイスラム教に改宗したのだし、仏教・キリスト教への改宗も同じである、といったものでした。真偽のほどは分かりません。ここを読んで想い出したのが、私自身の体験でした。
 3年半前のインド体験の際、マザー・テレサの施設『死を待つ人の家』で10日間ほどボランティア体験をしました。仕事始めに先立ち、シスターは「堀本さん、人間にとって本当の貧しさとは一体なんでしょうか?マザーは孤独だといっています。どんなにお金があって綺麗な家に住んでいようとも、もし、生を終えるときにたった一人で死んでしまうとしたら、それはどんなにか辛いことでしょうか?ですから堀本さん、あなたがこれからで会う患者さん達に、たとえ言葉が通じなくても手を取ってあげて下さい。顔に手を当ててあげて下さい」、と言われました。今、改めて思い返すと、行き倒れて運び込まれてくる人達の、一歩外に出た社会での厳しい差別への労りもあったのかもしれない、と思えました。
 そして日曜日、施設でミサが行われました。驚いたことに、およそ3分の1の患者がキリスト教に改宗し、熱心に祈りを捧げていたのです。社会では不浄の存在とされる彼らが、触れば、あるいは見るだけでも穢れるとされる彼らが、シスターやブラザー達の愛に出会い、一筋の光を見たのでしょう。
 彼らが全快し、元気に施設を出ていったとしても、外で何が待っているかは分かりません。また、行き倒れてしまうのかもしれません。しかし、少なくとも彼らの人生(観)は変わっただろうし、希望を持つことができただろう事は疑いをいれませんでした。そして、マザー・テレサがたった一人で始めた活動はインド人のみならず、世界中の人々を動かしています。
 社会を変えようとするとき、様々な方法があるでしょう。上(制度)から変えようとする場合も、下(民衆レベル)からの場合も決して忘れてならないのが現実だと思っています。そこを忘れ、座して物事を論ずる人間になるまいと、改めて心に留めた一月でした。

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堀本崇の論考

Thesis

Takashi Horimoto

松下政経塾 本館

第13期

堀本 崇

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