論考

Thesis

もっと世界に目を

チベットでは、1959年に第14世ダライ・ラマ法王がインドへ脱出して以来、10数万におよぶチベット人が他国へ出ている。こうした情報がなかなか私たちの耳に届かないのは何故なのか。

今年1月、ネパールのチベット避難民センターを訪問する機会に恵まれた。そこは中華人民共和国から逃れてくるチベット人が、一時的に収容されるところである。そこで、あのヒマラヤ山脈を越えてやっとセンターに辿り着いた人々に出会った私は、それまでチベット独立問題に大した関心を払ってこなかった自分自身を顧みるとともに、こうした現状を伝えない日本のマスコミのあり方に憤りを感じた。

 そこで、チベット避難民の様子を紹介しながら、以前より感じていた日本のマスコミのあり方とそのニュースを受け取る私たち日本人の問題点について述べてみたい。

 わが国でチベットといえば、誰もが第14世ダライ・ラマを想起するであろう。その治世の下、平和を享受していたチベットに危機が訪れたのは1950年であった。この年、中国人民解放軍が東チベットに進出し、チベット経済は破綻した。59年に民衆が蜂起し、ダライ・ラマは首都ラサを脱出したのである。その後、祖国を離れる人々が後を絶たない。

 官憲の目を盗み、ヒマラヤ越えをした人々はまずチベット避難民センター(事務所、診療所、仮宿舎)にやって来る。しかし、ほとんどの人は診療所に直行せねばならない。過酷なヒマラヤ越えで凍傷に罹るからである。私が訪問したときも4人の青年が治療を受けていた。これまでの最年少は5歳の少年だという。

 そしてすべての避難民たちは仮住居にて1週間の滞在が許される(滞在費は1日25ルピー、1ルピー=当時およそ3円)。そこで出会った子供たちに話を聞いてみた。多くの子供たちは微笑みつつ、将来僧侶になりたいと答えてくれたが、故郷では中国官憲からダライ・ラマを信じてはいけない、写真も持ってはいけないと強要されたという。

 1週間の滞在中にはスクリーニングや治療が行われる。スクリーニングの目的は身元調査とその後の身の振り方を決めることにある。彼らは年齢やその能力に応じて、①6~12歳を基本とし、ダライ・ラマの妹が経営する学校に行く人々、②チベットで教育を受ける機会がなかった人々・自治領になって後にチベット語を習得できなかった人々、③僧侶になりたい人々、④高齢者でダライ・ラマに会いたい人々(この熱情は我々の想像を絶する)、という4つのグループに分けられる。

 こうして避難民たちはセンターで1週間を過ごすと、国連より交通費を支給され、入植地インドへと向かう。非公式ではあるが、ネパール国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の1995年のデータによれば、チベット避難民総数は12万から15万人を数えるという。

 以上、私が今回の訪問で見聞したことの一部を述べたが、日本ではこうしたニュースはほとんど流されない。私自身、何も特別なルートを使って取材をしたわけではない。にもかかわらず報道されないのである。

 ダライ・ラマが来日するとマスコミを挙げての大騒動となる。しかし、彼が世界中を飛び回る原因に関心を払おうとしない。それが中国に遠慮してのことであるのは言うまでもない。しかし、私たち自身の無関心もそれを助長していないだろうか。

 しかし、こうしたマスコミの報道姿勢はチベット問題に限られたことではない。ミャンマーのアウン・サン・スーチー女史の解放についても同様のことがいえる。当時、スーチーブームと言えるほどの報道ぶりだった。しかし、政府に抵抗する女史の生き様は見えても、ミャンマーという国の姿は見えてはこなかった。

 私自身が選挙監視員として参加したカンボジアPKOでも同じことが言える。文民警察官であった高田警視、国連ボランティアの中田さんが尊い命を失い、PKOの引き上げ論も出るほどの議論となった。しかし、あれだけ騒がれたにも関わらず、選挙監視員が無事帰国するとこの問題は全く語られず、直後の衆議院選挙でも全く争点にならなかった。国策で人命が失われたのにである。一体、何のための議論であったのか。

 フランスの核実験についても同じことが言える。確かに核実験反対の声は挙がった。しかし、真に核実験に反対するのなら、大使の一時的引き上げを考慮に入れるべきであったと思う。さらに言えば、核廃棄物の再処理をイギリス・フランスに委託している日本が、環境保護団体などから強く批判されたのは昨年2月のことである。核実験と核廃棄物処理を単純比較することはできないが、問題の構造として核実験問題となんら変わることはない。批判と同時に自らを省みる行為が日本、日本人にあったであろうか。

 日本の情報普及度は、世界に類がない。しかし私たち日本人が手にしている情報は、食べやすく調理されたものばかりではないか。それでは問題の本質を見失うことになりかねない。

Back

堀本崇の論考

Thesis

Takashi Horimoto

松下政経塾 本館

第13期

堀本 崇

ほりもと・たかし

Mission

東南アジア 援助・開発・国際協力

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門