論考

Thesis

雨漏り防止プロジェクトはやめよう

先日A会社のB氏から話を聞く機会を得た。彼の会社は系列卸会社5社を先日1社に統 合した。その際統合のための特別プロジェクトのメンバーとして、統合のためのプログラ ムを作成した。プロジェクトは第1次、第2次と失敗した。他のメンバーが次々と抜けて いく中、唯一彼は一貫してメンバーであり続け、3度目の正直で念願を果たした。その間 10年以上が経過している。

 会社を統合するのはもちろん容易ではない。簡単にいって5人いる社長を1人に削減し なければならない。リストラされる側にしてみればたまらない。

 だが、現実に卸会社が多数あり、かつ販売エリアが厳格に分割されていないために同一 地域内で乱売合戦が行われていた。また、卸売り業として生き残るためには、情報を一元 に管理するシステムを構築し、物流システムを簡素化しなければならなかった。そのため には会社を一つに統一しなければならない。だれしも必要性を理解していたが、現実には 遅々として進まなかった。

 B氏も社内の同僚から「不可能なことはやめておけ」と幾たびも忠告を受けたという。 自分達が理想的と考えるプログラムを提出しても、反対者を説得できない。

 3回目の挑戦に立ち向かうとき、彼は今までの改革がなぜ失敗したか振り返った。
 彼は従来の方式を「課題解決型プロジェクト」と評した。どういう事か。
 具体的な方策は差し支えがあるので抽象化して述べる。

 仮に5社をそれぞれA社、B社、C社、D社、E社とする。A社のビルはクーラーの効 きが悪い・雨漏りがする、B社は電気の容量が少ない・雨漏りがする、C社はトイレが汚 い・雨漏りがする、etcといった場合、5社に共通する問題点は「ビルが雨漏りする」 ことである。5社が1社になって一括して修理業者に発注すれば経費が削減できる。「雨 漏り防止プロジェクト」を行うために1社になろう、との論理であった。
 今回はコンセプトを180度転回した。「VISION型プロジェクト」である。

 A社、B社、C社、D社、E社を全て一つの新社屋に統括しよう。そうすれば雨漏りは 解決・クーラーの効きは改善され・トイレは清潔になる。また予期しなかった結果として 、社屋が新しいため、企業イメージが向上し、社員の新規採用・資金借り入れが容易にな る。だから1社になろうと提案した。 彼のプランは劇的な効果を発揮した。役員会の発表が終わったあと、「もう雨漏り防止 プロジェクトはやめよう」との声が随所から漏れてきたという。

 また、既存卸企業の社長の説得が急に容易になった。
行政改革・規制緩和は遅々として進まない。今回の総選挙は「行革選挙」とマスコミは 呼んでいる。各政党はそれぞれ規制緩和の為のスキームを提示しあっているが、実際に実 施される可能性には疑問を抱く。

 行革・規制緩和をすることは必然的に既存の構造の中で生活してきた人々の人生を一変 させる。役所や特殊法人の官僚・職員はもとより、既存民間保護企業の中から場合によっ ては失業者が大量発生するだろう。彼らが自分の口糊を守るために必死の抵抗をするのは 当然のことだ。

 問題は如何に保護されていた側の人々に納得してもらえるかという事につきる。
 だが、従来そのための論理は「課題解決型プロジェクト」に陥っていないだろうか。残 高240兆円の国の累積債務解消のためや、景気快復のため、国際競争力維持のため、高 齢化社会対策のため、だけの論理になっていないだろうか。

 ここで「VISION型プロジェクト」に発想転換できないだろうか。
 一時期、小沢一郎氏の「普通の国」論に端を発して多種多様の国家ビジョンが発表され たがいつしか「ブーム」は下火になってしまった。国民的合意を形成する事もなく。
 だが、国家の基本理念・国是・目標を棚上げしていては、現実に迫ってくる課題はなん ら解決できない事を今回の行政改革・規制緩和論議は指し示しているのではなかろうか。
勿論行政改革・規制緩和は早急に推進して行かなければならないが、大きな宿題を私達 は忘れてはならないのでは。

 最後にB氏は「改革するためには多くの人に納得してもらわなければならないが、実際 には一人一人を説得して回る訳にはいかない。彼がやるのだから黙ってついていこうと信 用されなければ」と呟いた。
 政治不信の中、課題は多い。

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豊島成彦の論考

Thesis

Naruhiko Toyoshima

豊島成彦

第16期

豊島 成彦

とよしま・なるひこ

公認会計士・税理士

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