論考

Thesis

公共工事と無駄

(1)経済塾を通して考察した公共工事

 財政赤字の解消が叫ばれている。とりわけ10年間で600兆円もの巨額の資金が投入される公共工事は無駄の象徴とされている。年に50日しか使われない農道空港、釣り人しか集わない港湾整備、10世帯しか居住していない島に架けられる100億円の吊り橋、農業振興の名目で建設される温泉ランド。日々の新聞紙上は驚くばかりの無駄遣いの告発に事欠かないが、濫発される公共事業の本質に迫るため我々塾生有志でもプロジェクト・チームを編成した。「経済塾」と題し3週間の日程で自主勉強会と各界の有識者を招いて議論を重ねた。

  「かつては公共工事を行えば、景気が良くなった。今はどうもうまくいかない。しかし今更公共工事をやめてしまえば失業する人が出てきてしまう。だからやめられない」。これが暴走とさえ評される公共事業を削減できない論理だ。

  更には「公共工事=政府支出による有効需要のコントロールすなわちケインズ経済学による景気対策は、政府支出拡大は容易だが、縮小する場合国民に不人気な政策に成りがちなので困難」であることも指摘されている。

 例えれば「自分の会社の業績が悪いので(国の景気)、経営陣(政府)が借金して(国債を発行して)、投資したら(公共事業を行ったら)、以前は直ぐに営業成績に跳ね返って投資金額以上の利益が上がったが(国全体の景気が回復した)、ところが今は投資金額に見合う利益がなかなかあがらない。それどころか借金の金利分も稼げない。(GDPの成長率が国債金利より低い)会社が投資を広げるときは社員の仕事も増え、その分残業代が稼げて社員から好評だったが、投資を減らせば仕事が減って残業代が減るので社員は不満になりがちだ。(有権者)

 おまけに一部の社員はお店をやっていて、自分の会社自身がお店の得意先になっている。投資が減れば自分のお店の売り上げに響くので投資縮小は大反対。(ゼネコン)さらには口やかましい労働組合の幹部が投資計画縮小絶対反対といつも役員室に怒鳴り込んでくる。(代議士)」これでは会社役員はおいそれと投資を縮小できない。

 このままでは会社は倒産してしまうが、社員(有権者)が目の前の残業代(減税・社会保証)に捕らわれず、一時給料カット(増税・社会保障カット)にも耐え、長期的に会社(国)を再建させる経営陣(政府)や労働組合幹部(代議士)を支持(投票)しなければならない。しかし、果たして社員は「苦い薬」を飲むのだろうか?

 議員は当選のために増税反対・福祉推進など、有権者に口当たりの良い政策をかかげ、当然不足する財源は国債発行で先送りしてしまい、当面の負担増を実感させない政治行動を選択しがちだ。これが雪だるま式に膨れ上がる累積債務の原因だ。

 日本再建のためには有権者は、目の前の利益に惑わされず、痛みを乗り越え、国民に苦い薬を飲ませる政策を主張する人に自らの主権を託さなければならないが、果たしてそのような人物に投票するのだろうか。これが経済塾を通じて私が認識したジレンマだ。

(2)無駄について

 以前山下理事(松下電器相談役)が塾を訪問された際に「なぜ政府は無駄な政治を多く行うのか」と質問すると「無駄とは何か」と逆に返されたことがあった。以来折に触れ考えてみた。

 「ある目標のために使う資源が違う目標のために使われてしまうこと」と私は今思う。

 塾主は一端会社の方針を決めるとその目標に向かって成功すると非常に喜ばれたという。例え失敗しても運が無かったといって慰められたそうだが、目標からそれて成功されてもほとんど相手にされず、いわんや失敗すれば烈火のごとく叱られたという。

 ある目標を立て、それに向かって人・モノ・金を走らせていくことが会社経営の要諦であり、最も無駄がない経営と考えられていたからではと推察する。

(3)消失した目標と無駄

 公共投資の削減に反対する人々の論点は職を失う人々が発生するということに尽きる。現在では公共投資は景気対策ではなく、失業対策になっている。ここ5年間で約60兆円の事業が行われおよそ60万人雇用が拡大したとされるが、単純に一人頭1億円かかる計算になる。真に失業対策を行うのならば、失業保険を年に300万円払えば済む話ではなかろうか。

 景気対策のために使う予算が失業対策のために使われている構造こそが無駄を生み出す根源であり、言い換えれば目的があやふや、もしくは既に消失したのにも関わらず予算が投入されている現状が無駄なのだ。

 長良川河口堰は発展すると予想された三重県北勢工業地域の「利水」事業として開始された。ところが高度成長が終わり、それほど水が必要で無くなったにも関わらず着工されてしまったのが間違いとなってしまったと当時の三重県企画調整部長は証言している。(別冊宝島「お役所犯罪ランキング」)現在、河口堰に隣接する広報施設ではしきりに河口堰の「治水」効果を訴えているが空々しさは拭えない。諫早湾干拓事業にしても構造は変わりない。

(4)目標の再構築と政治家

 社会状況は時代とともに変化する。20年前、30年前の目標が現在必要ではなくなるケースは多々ある。むしろ同じ場合の方が少ないだろう。

 状況の変化に合わせて新たに目標を修正しなければならない。目標を掲げるのは誰か?

 国民の代表者たる政治家の役割である。しかし、現在の政治家に実行できるだろうか。

 1章の最後で述べたジレンマを乗り越えられるだろうか。

 逆に乗り越えるだけの「根本」を持つか否かが政治家に問われる資質になるだろう。

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豊島成彦の論考

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Naruhiko Toyoshima

豊島成彦

第16期

豊島 成彦

とよしま・なるひこ

公認会計士・税理士

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