論考

Thesis

もののけ姫と唯物史観

「もののけ姫」というコトバが今年の流行語の一つに数えられるほど、大ヒットしたこの邦画アニメは、観客動員数で邦画の記録はもちろん、洋画の「E.T.」の記録すら抜き堂々日本一の記録を15年ぶりに塗り替えた。
近年、低迷が囁かれて久しい邦画界も「失楽園」の成功、北野武監督が「HANA-BI」でベネチア映画祭グランプリ受賞するなど今年は盛り上がったが特に「もののけ姫」はその中でも突出した興行成績を収めたことが新聞紙上を賑わせたことは記憶に新しい。
総監督を務めた宮崎駿氏は「風の谷のナウシカ」「魔女の宅急便」等で見せた綺麗な絵の仕上げぶりやハリウッドのアクション映画の様な軽妙なテンポのストーリー等から既に名監督としての評判も高く、今回の作品は何年もかけて練り上げたものだっただけに封切り前からヒットはある程度予想されていたが、まさか日本記録を更新するとは夢にも思っていなかっただろう。
時代は中世の日本。北の果てにあるエミシ一族の隠れ里を”タタリ神”が襲い、王家の血を引く青年・アシタカが村を救うためやむを得ずタタリ神を倒すが、その時、腕に死の呪いをかけられてしまう。村の老巫女から「西に行けば呪いを立つ方法が見つかるかもしれぬ」とお告げを受けたアシタカは謎の坊主から”シシ神の森”の存在を聞き、さらに西へ向かう。シシ神の森へ向かう途中、アシタカは山犬と共にいる一人の荒々しくも美しい少女を見掛けた。この少女サンこそが、人語を解する犬神に育てられた「もののけ姫」だった。サンは森を侵す人間をひどく憎んでおり、森を切り開くタタラ場の頭領エボシと対決するが、傷つき、アシタカに救われる。そして一層のタタラ場の拡大を目指すエボシは森の守護神シシ神退治のため森に乗り込む・・・。
もう劇場に足を運ばれた方にはおなじみのストーリーであるが、これは言ってみればアニメ版時代劇ファンタジーである。ところが今まで私たちが知っている時代劇とは明らかにこの話は違う。この映画の主人公は武士でなくエミシの青年。舞台は田畑が広がる平野ではなく山深い森の中。そこで働く人々は農民ではなく工職人達、それも女性が主導的である。他にもライ病患者が鉄砲を持ってサムライと戦ったりと今までの時代劇にはとても登場しなかったキャラクターや場面設定が盛りだくさんであり、今までの時代劇に慣れた私には少し面食らうほどだ。
この映画の狙いと題して宮崎監督は次のように語っている。「この作品には、時代劇に通常登場する武士、領主、農民はほとんど顔を出さない。姿を見せても脇の脇である。主要な主人公群は、歴史の表舞台には姿を見せない人々や、荒ぶる山の神がみである。タタラ者と呼ばれた製鉄集団の技術者、労務者、鍛冶、砂鉄堀、炭焼き。馬借あるいは牛飼いの運送人達。・・・これらの設定の目的は、従来の時代劇の常識、先入観、偏見に縛られず、より自由な人物群を形象するためである。最近の歴史学、民族学、考古学によって、一般に流布されているイメージよりこの国はずっと豊かで多様な歴史を持っていたことがわかっている。・・・この作品が舞台とする室町期は混乱と流動が日常の世界であった。・・・新しい芸術の混沌の中から、今日の日本が形成されていく時代である。・・・21世紀の混沌の時代に向かって、この作品を作る意味はそこにある。」
なぜ、「もののけ姫」が大ヒットしたのか。いろいろ理由は考えられる。宮崎監督の名声、日本テレビを背景とした大がかりな宣伝・広告戦略の成功、数限りない理由が相互に相乗効果をもたらしたのかもしれない。しかし、先ほどの宮崎監督のコメントに表されている彼の思想・歴史観に裏打ちされた「新しい日本のドラマ」を行き先を見失っている日本社会に示したからだと私は考える。
これからの日本はどうなるのか、またどうすべきなのか、私たちのリーダーは明確な指針を国民に提示できていない。欧米に追いつけ追い越せのスローガンが一応の成功を収めた現在、これからの未来の日本をどうすべきなのかまったく先は見えてこない。
ところで未来は現在の延長にあり、現在はあくまで過去の積み重ねの上に存在している。逆に言えば、未来が見えてこないのは今までの日本の過去の歴史の見方が、現在の時代に合わなくなってきているとは言えないだろうか。
歴史を「来歴」と呼んだほうがよいと言う人がいる(坂本学習院大学教授)。つまり、過去に色々な事実は無数に存在しており、いま私たちが感じている歴史はあくまでも、ある見方によってつむぎ合わされた一部の事実の織物であって、一種の「ストーリー」であるという考え方だ。私はこの考え方に賛成だ。
今私たちが歴史として捉えている日本の来歴が行き詰まり、宮崎監督はあくまでも時代劇ファンタジーという形ではあるが、新たな日本の来歴、いやドラマを提示し、それが国民に広く支持されたといっても私は過言ではないと思う。
では今までの日本の歴史・来歴・ストーリー・ドラマを織り上げてきた見方・価値観とはなんだろうか。それが「唯物史観」である。来月は唯物史観について少し考えたい。

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豊島成彦の論考

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Naruhiko Toyoshima

豊島成彦

第16期

豊島 成彦

とよしま・なるひこ

公認会計士・税理士

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