論考

Thesis

中国人の二重性

現在、私は当塾評議員の鳴海国博先生を師事し、先生御提唱の「中華通論」を1つの研究テーマとして取り組んでいる。中華通論とは、中国文化の影響を受けた地域(中国大陸、 港台マカオは勿論、朝鮮半島、日本、ベトナムそして華僑の影響の強い東南アジアといった広い地域をここでは指す)を特定の分野に捕らわれることなくトータルにかつファンダ メンタルに理解しようというものだ。
現在、鳴海先生は「三字経」「易」「三十六計」「 厚黒学」を柱とした体系として中華通論をお考えになっている。

ところが、今年の4月30日に「小室直樹の中国原論」という書籍が徳間書店から発行された。題名からして十分私の興味をそそるものであったので早速購入し、読んでみた。

構成は、本の前半部では、「幇」と「宗族」といった縦と横の要素で中国社会には絆の強 いグループが存在し、そのグループの内外で二重の規範が生じることを説明している。
幇 とは利益を超えた人と人の固い絆であり、言わずもがな宗族とは血の繋がりによる一団である。

後半では、まず、韓非子に影響される中国法について、そして中国人にとって歴史がたいへん重要であることを説明し、最後に、中国市場経済の分析を以上の諸点を駆使して説明している。

まとめると、韓非子に影響された中国の法体系は、人民を保護するヨーロッパの契約法ではなく、あくまで君子の統治法であるという点、現在の中国人の行動様式にも 歴史上の故事が影響するほど中国人にとって歴史は大切であるという点、また、契約文書 より大切なのは人間関係(幇、宗族)であるという点。

以上、筆者の大まかな主張には私も同意する。中国人には二重規範があり、公法よりも内々で重要視される内規が重視される。
つまり、一般以上に便宜を図ってもらうには、人間 関係が重要である。公法は決して民衆を守ってくれるものではなく、あくまで統治のため の法律なので、幇内の内規が育ちやすい。これらは中国人の特徴は歴史を精査すれば明々白々である。なるほど、私の決して長いとはいえない中国滞在中にも、この中国人の二重 規範性というものを体験することができた。しかし、この著者のイメージとは若干異なっていた。

著者は中国人の結合集団として、幇(パン)、情誼(チンイー)、関係(クアンシ)、知り合いを挙げている。結束の固い順である。

結束の緩い順に説明していくと、知り合いとは、言わば顔見知り程度である。しかし、単なる顔見知りといって笑うことなかれ。中国の世界では顔見知りか顔見知りでないかでその人の態度が全然違ってくるのである。
中国の典型的な公職人員、郵便局の窓口の張太太 。無愛想で有名な郵便局員も、私の順番までは鉄仮面無表情そのもの。しかし、私の順番 になると別人のような笑顔を装う。一度顔見知りになればこうも違うものなのである。
また、中国人に電話をしてみるともっとはっきりする。「誰」といきなり不機嫌な声で対応してくれるが、知り合いだと分かった瞬間に声のトーンはよそ行きに変わる。

次に関係(クアンシ)。これは、単なる顔見知りを超えた関係である。何で超えるのか。 筆者は気持ちの程度といった説明しかしていないが、私は費用(つまり賄賂)が重要な要素だと考えている。
其の後、そこに気持ちつまり情が入り情誼(チンイー)へと関係は深まっていく。
そして、気持ちのみ、つまり利害を超えた関係として、もっとも結束の固い 幇へと発展する。

筆者はこの幇の関係を歴史書の内容を例に説明し、かつ存在の証明を試みている。
例えば 三国志の劉備と孔明の関係や史記の刺客伝に記されている刺客(殺し屋、仇討ち屋)と雇い主の利害を超えた関係(確かに、刺客はその命を捨て目的(仇討ち)を果たす)を挙げている。

しかし、筆者は歴史的事実による証明に固執するあまり、その事実が特異な英雄 伝レベルのものなのか、中華民族一般に言えることなのか明らかにされていない。筆者は 中国人社会の分析の道具としてこの幇を横の糸として注目しているが、私の実感としては 現実社会、精々情誼(チンイー)レベルの集団しか存在していないのではなかろうか。それよりも繋がりの強い集団として宗族に注目すべきではないかと考える。

しかし、筆者のこの宗族に割く本書の割合は少ない。また、説明も歴史的な姓の説明、例えば漢の劉邦が農民から皇帝になる過程で苗字が変わらなかったといった事例を以って宗族の大切さを説いている。
あまり説得力がない。ここで、同じ古典の世界でも、筆者の注目する歴史書に加え、思想書など文化に注目してみると、この宗族の大切さ、重要性といったものがはっきりする。

中国人の死生観として先月も少し報告したが、基本的には「招魂再生」が挙げられる。
比較として、道教の「不老長寿」、仏教の「輪廻転生」を挙げておく。中国人の典型的かつ初歩的な思想としては、先月説明したとおり、儒教の「招魂再生」に注目すべきであろう。
この「招魂再生」という考えは、孔子が儒教を体系化する以 前から中華社会の一般的な死生観であった。儒教以前、つまり原儒と呼ばれるシャーマニズムの時代からである。何を隠そう、孔子の母はこの原儒のシャーマンだった。孔子がその思想の影響を強く受けているのも当然のことといえる。

さて、孔子の儒教哲学の基礎と なったこの古代中国の死生観「招魂再生」であるが、仏教の「輪廻転生」と比較するとその意味がはっきりする。仏教では人が死ぬと死体から魂が抜け、暫くしてある魂は浄土へ、ある魂は再び現世へ戻ってくる。その際、以前の死体は何も意味を成さない。インドに墓がないのはそういった理由からである。

日本の仏教寺にある墓は?あれは正に日本仏教が中国を経由して伝わった証拠である。つまり、儒教の影響を強く受けているのである。 儒教では仏教と違い死体に意味を持たせる。中国では魂に対し、死体をハクと呼ぶ。漢字は白偏に鬼と書く。つまり、死というものはこの魂とハクの分離した状態を差していう。

魂は雲(確かに魂という字は雲偏である)に、ハクは地中に骨(白偏の白は骨の白か)として存在する。招魂再生とはこの分離した魂とハクを繋げる作業のことをいう。つまり、魂をハクの下に呼び、死者を再び生き返らすのである。日本に仏教の行事としてお盆に線 香を焚き、祖先を呼び戻す風習があるが、あれは本来、仏教では意味のないことなのである。

御先祖様は仏教思想では、もう既に別の人または動物等になっており、魂としては存在していないのであるから。つまり、これこそ儒教の影響を受けた招魂再生の儀式なのである。日本仏教の仏壇に位牌があり、線香を焚くが、あれも儒教の影響を受けており、位牌は正にハク(死体)を象ったものであるともいわれている。

さて、この招魂再生の作業を行うのは誰であろう。それが正に子孫なのであり、宗族なのである。
ここまで説明した上で、原儒の世界から孔子以降の儒教の世界に移ろう。
儒教では「孝」をその思想の基本 を為すものとして説いている。孝とは父子そして夫妻の関係を規定し、それが思想的に発 展し君臣の関係を説くまでに至る。 ここで、儒教のベースとなった原儒の思想を加味してこの孝を分析してみると、実は孔子は儒教の中で、先祖との関係、親子の関係、子孫との 関係とこの3つの関係を孝という一文字で表していることが分かる。一般に我々は孝とい うと「親子の関係」しか思い浮かべないが、儒教では招魂再生をする、そしてしてもらう 関係としての「先祖との関係」「子孫との関係」も併せて説いているのである。そこには、血という媒介によって繋がれた宗族が中国人にとってどれだけ大切なものであるかがし っかりと規定されている。

華僑の世界に方言閥という共同体が存在する。広東閥、客家閥、福州閥、ミン南閥、潮州 閥、福清・興化閥 等が挙げられる。華僑については来月詳しく報告したいと考えている が、この方言閥は、宗族という強い繋がりに加え、同郷同方言という共通性と厳しい外的 環境が情誼を高め、できたものであろう。しかし、筆者の言う利害を超えた繋がり「幇」 ではないような気がする。付則すると一般には、これら方言閥やチャイナマフィアなどの 集団を差して「幇」(もしくは「堂」)は使われている。

実際、筆者の主張する利害を超えた情誼だけによって結ばれた「幇」は、中華社会の特徴 として存在するのだろうか。疑問を感じる。宗族の繋がりについては自信を持って中華社 会の特徴として挙げられる。同郷意識も重要な人間間の関係を説明する大切な要素である が、それは宗族の延長として考えていいものなのだろうか。それとも一種のナショナリズ ムなのだろうか。個人的な体験からして、後者のような気がする。これも来月報告したい 。

さて最後に、著者と私とで中国人集団の結び付き要因で若干細かい点ではあるが理解の差 異がある。しかし、中国人、中国社会を理解する上で、以下の点では共通しているのでま とめておく。

  • 中国公法は統治法であり人民の権利を守るためのものではない(実際の政治統治には儒教の思想よりも法家の思想の影響が強い)。
  • よって、公法よりもある絆で結ばれた集団内の掟が優先する(中国人の二重規範)。
  • その絆として宗族(縦の絆)、情誼、関係、知り合い(以上、横の絆)があり、外国人として中国社会で事無くやるには、情誼を媒介とした人間関係の構築が必要。公法に基づいた契約だけでは優先されない。
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高橋幸也の論考

Thesis

Koya Takahashi

高橋幸也

第15期

高橋 幸也

たかはし・こうや

Executive Vice President, Panasonic Energy of North America

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企業経営、管理会計、ファイナンス、国際経済

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