論考

Thesis

月例報告

先月報告した小論文が中国の経済消息報に掲載された。その後、同紙編集部から約3倍の量の記事を依頼され、下記の小論文を中国語で投稿した。

             

観光は新しい繁栄へのパスポート

 昨今、日本経済を物価下落現象が襲っている。この物価下落現象をデフレと称し現在の日本の景気が上向かない1つの原因として、至急の対策を政府に促す論評が最近日本に多い。しかし、日本の物価は、中国と比べ約10倍、同程度の国民所得を記録する先進国と比べてもその差は依然として大きい。本当に物価下落は日本にとってよくない現象なのだろうか。この現象を分析する際、日本のエコノミストは、経済原則どおり、供給に対して需要が少ないという点に注目し、需要喚起の経済政策を促す。中には、もう一度、数年前に経験した実体のないバブル的な経済状況を創りだすべきだと、過去の反省の全く見られない安易な指摘も目立つ。日本政府も、従来のマクロ政策どおり、公定歩合を下げたり、公共投資を前倒し実施するなど、需要の喚起を促す政策を採ったが、一向に景気は上向かない。原因はどこにあるのだろうか。私は、今回の物価下落現象を分析し誤っている点にあると考える。今回の現象は、単なるデフレ現象ではなく、以前から指摘されてきた日本の流通機構の非効率性、その部分の改善が行なわれているという点を無視しては語れない。つまり、日本経済の部分的構造改善が行なわれており、日本の消費者にとっては、今回の現象は悪いどころか、物価が世界の常識に近付こうとしているという歓迎すべきものなのである。

 しかし、物価が下がっても、消費量の向上には結び付いていない。つまり、日本は既に既存の消費財の消費については飽和状況にあるのではなかろうか。つまり、物質的な繁栄はほぼ頂点に達してしまったのではなかろうか。例えば、食べ物が幾ら安くなったからといっても、もう既にその人間の食べれる限界的量に達してしまっていれば、それ以上消費は増えない。21世紀は、この物質的な繁栄に代わって、精神的な繁栄を追及する時代になると考える。心の豊さを追及する時代になるのではなかろうか。物質的な消費は伸び悩が、その代わり、精神的な消費が増加してくる、いや増加させなくては、現在の物価下落現象が本当のデフレ現象になって出口のない不況へと突入してしまう。人間の新たな消費要求を創造し満たす産業を育てなくてはならない。その1つとして、私は「観光」を取り巻く産業(以下、「観光業」と呼ぶ。)に注目している。

 中国古来の書、周易にその起源を発する「観光」という言葉は、国の威光を観る、提供する側からすれば、国の威光を訪問者に観せるという意味合いを持っている。つまり、観光とは、観せる側からすれば、単なるレジャーの提供ではなく、自分達の国家の素晴らしさを訪問者に見て理解してもらうという、そういった社会現象なのである。よって、観光政策は自ずと、国家建設の基盤として位置し、社会経済広範囲にその影響力を及ぼすこととなる。

 例えば、観光業は基本的にサービス業であるから人の教育が重視される。観光業関係者のサービス向上に努めた結果、彼らに礼儀正さの素質が芽生え、その効果は観光業関係者を取り巻く一般に人々にも伝わり、国民全体の文化的素養の向上に繋がるであろう。 また、観光商品として豊な自然の価値が見直され、工業中心の発展では内がしろにされがちな自然保護が、積極的に行なわれることとなるであろう。その結果、近代文明の病である公害問題も解決の方向に向かうであろう。歴史的な文化財も、その観光商品としての価値が認められ、その保護が積極的に行なわれるだろう。

 また、人と人との直接的な国際交流も進み、国際規則という人為的な枠組によるのではなく、真に人と人との信頼関係に根差した世界平和も実現できるのではなかろうか。

 枚挙にいとまがないので、この辺にするが、観光とは国家を構成する全てものに影響を及ぼし、逆に影響されるものなのである。

 紀元前の中国の思想家孔子はその著書「春秋」の中で、「万里の路を行くは、万巻の書を読むがごとし」と観光の有意性を認めている。察するに、一般の中国万民も観光に対する認識は既に相当高いものがある。加え、中国には豊かな自然と文化的遺跡が多い。これほど、観光発展の素質を持った国も珍しい。そこで、中国の現在抱える諸問題(余剰労働力の増加、人民の低モラル、自然破壊・公害問題・文化財破壊等乱開発、対外経常赤字、近隣諸国との外交問題)に対処するためにも次のように提言したい。中国は、来る世紀を先取りし、21世紀の花形産業である観光業の振興を国家建設の基盤に据え、物質的繁栄に加え、新しい精神的繁栄を実現し、現在抱える諸問題を解決してはどうかと。

 先にも述べたが、観光は社会を構成する全てのものに影響し、また影響されるものである。国務院内の各部(省)はそれぞれ観光政策に関連している。そこで、中国観光の発展への第一歩として、まず、現在の国家旅遊局を、国務院内の観光関係部署を総合調整できるよう、各部(省)より一段上の行政組織に改組し、その長に副総理クラスの人物を充ててはどうだろうか。また、日本を含めた近隣諸国は、アジアの更なる繁栄と安定に向け、自国民の中国への旅行を奨励するとともに、良き隣人として中国の観光開発を手助けする必要がある。

 また、先月の小論文が掲載されたため、中国各地の旅遊研究所や旅遊協会から、批評や共同研究の依頼を含め、各種意見が寄せられているので来月の報告で報告する。

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高橋幸也の論考

Thesis

Koya Takahashi

高橋幸也

第15期

高橋 幸也

たかはし・こうや

Executive Vice President, Panasonic Energy of North America

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企業経営、管理会計、ファイナンス、国際経済

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