Thesis
1 中国は観光立国化を進めるべき
松下幸之助塾主が「観光立国の弁」以来残された観光に関する発言をまとめ、それに中国の事例を加えて、中国政府に対する提言として中国語で人民日報等に投稿したので報告する。以下、その内容の要約を日本語により示す。
<摘要>
中国は、石油や石炭など資源が少なくないとはいうものの、しかし、私は中国における最大の資源は、美しい景観を豊富に有した名所旧跡であると認識している。この種の景観美は天賦のものであり、また古来中国人が造り上げてきたものである。現代の我々が一朝一夕に創ろうと思っても簡単には行かない。だから、我々はこの種の景観美を大切に保持しなくてはならない。また、景観美は、使ったらどんどん減っていくような石油や石炭とは違い、幾ら見ようがそれは減らないものである。例えば、万里の長城、故宮、泰山、桂林等の風景は何度見ようが減らない。だから、世界中の人々を中国に呼んで、これらの美しい景色を見て貰うようにすべきだ。
これらの景色を旅行者の鑑賞してもらうのには、もっとこれらの観光地の開発や美化が必要であり、またサービスの質の向上も欠かせない。これらをもっと改善すれば、必ず多くの訪問客を見込めるだろう。そして、中国の貿易赤字解消に貢献するだろう。また、こうした景観美は永遠に不滅のものとなり、その結果、中国の環境もどんどん改善されるだろう。そして、今問題となっている公害問題も解決するだろう。また、さらに、観光産業に従事している人々の接客態度も改善されるとともに、一般の中国人もどんどん礼儀正しくなり、また国際的になるだろう。だから、もし観光事業が発展すれば、中国は理想的な社会となるだろう。
だから、政府は、中国の観光産業事業者に対して優遇措置を講じたり、国家観光局のあり方を再考し、こうした観光政策を改革開放政策の最重要政策として位置付けるべきである。
2 訪台報告
9月の台湾スタディーツアーに先立ち、台湾の現状を実際に把握するため、7月9日から12日まで、桑畠主担当と台湾を訪問したので以下のとおり報告する。
<交流協会>
正式な国交のない日台間にあって、日本側の大使館の役割を果たしている「財団法人 交流協会」の台北事務所を訪問。協会の会長にはセイコウの服部氏が就任しており、事務所長は毎回前韓国大使が就任する。台湾にはジェトロもなく、この事務所はジェトロの機能も併せ持っている。塚洋一領事室主任と中原邦之氏(経済部兼総務)にお話を伺った。
(台北インフラ整備について)
台北の町の発展は西部から東部に移ってきている。市役所も西から東へ移った。西部の元日本人墓地の上には、中国大陸から渡ってきた国民党軍の兵卒がバラック小屋を立て現在も残っている(近代的ビルとバラックが対照的)。
道については基本的に日本統治時代に整備した東西、南北の道路が幹線となっており、地下鉄等公共大量輸送機関が未整備のままである(国民党政府が台北を臨時の首都としてしか看做していなかったからか?)。よって、市民の足は専らバイクに頼っている状況(台湾全土で約1千万台:この数は日本とほぼ同じ。歩道の整備が悪く、自動車も約4百万台と浸透しており、道は自転車の走れる状況になく、自転車は普及していない)にある。公共大量輸送機関の整備が急がれるところだが、現在建設中の地下鉄、モノレールは共にフランスの業者が担当(閣僚級や局長級以上の公務員の訪台を日本は制限している関係で、日本の売り込みが弱かったことと、フランスの工賃が安いため、フランスが入札)し、特にモノレールはモーターの加熱が原因で火災を起こすなど、いずれも開業のメドが立っていない。
(台湾黒社会について)
台湾には87年以前は戒厳令が敷かれ、92年からは暴力行為粛正条例が施行されており、暴力団の組織化は見られない。しかし、地方にはリュウマンと呼ばれる人達が集ったバンパンと呼ばれる暴力組織がある。
(大陸からの流民について)
毎年4、5百人程度来て、現在約5千人が収容所に収容されている。中国国内便をハイジャックし、台湾に亡命した例が昨年は10回あったが、台湾側も中国をこの時期に刺激したくなく、これを受け入れず返還したい意向だが、そのルートがまた整備されていない。
(独立問題について)
台湾国民の8割が本省人であり、決して統一は臨んでいない。しかし、独立を宣言するなど急激な変化も望んでいない。よって、独立を党是とする民進党の陳台北新市長も青天白日旗のもとでの施政を誓っている(民進党は台湾国としての国旗を考えていた)し、李総統も国民党内の改革を進めている(外省人の前首相の失脚、軍の改革等)。
来年3月の総統選挙は李総統が有力だが、米国のいる反国民党活動家 膨敏明を民進党が担ごうとしており、彼が出ると解らなくなる。
(大陸の軍の侵攻の可能性について)
最近大陸東岸で台湾上陸を目的としたと思われる軍事演習を大陸側は行なっている。また、台湾でも大陸側の侵攻をシュミレートした本がベストセラーになるなどし、米、加、ニュージーランド等の国籍を取得する台湾人が増えた。この前、台北市の高官が2重国籍であったことが問題となった(外国籍の放棄か市職員辞職が求められた)。
在台湾の日本人についても、日僑協会が中心となって緊急事態に対応するマニュアルを作っているが、これは台湾侵攻だけに目的を絞ったものではない。
(日台関係について)
親(知)日派の台湾人がだんだん高齢化し現役から退いているのが気になる。しかし、日本が台湾の政府機関からの留学の受け入れを行なっていないので、若い親日派が育たない。一方、アメリカ(ちなみに、アメリカの在台機関は在台アメリカ協会(AIT)、カナダは受け入れている。
(李総統の訪米について)
1つの成果として市民は好意的に捉えている。民間対話の中断については、中国側の対応が批判されており、新党も李総統の訪米については好意的である。
ここで、訪米という外交での得点を挙げたのであるから、敢えて訪日という賭にはでないであろう。特に、選挙前に台湾側が総統の訪日を強要してくることはない。
(総統選挙について)
8月に国民党の総統候補者が正式に決る。李総統の対立候補として、現在、林洋港(本省人)が挙げられる。
李総統の当選は固いが、国民党も最近分裂傾向にあり、林が新党に回ればまさかのこともあるかも。
(統一問題について)
中国大陸側が台湾に対して武力放棄しないのが、政府間の直接対話へのハードルとなっている。台湾側は香港型の統一(1国2制度)は望んでいないが、香港の行方は注意して見ている。江沢民総書記が提示した「8項目」に対しては、台湾側は選挙前には返答しないだろう。 台湾の人の本音は、現状維持であり、自然独立例えば緩やかな連邦制を望んでいる。独立を党是とする民進党ですら、独立に関しては改めて住民投票に掛けると言っている。
<台湾総合研究院>
総統の経済顧問である劉泰英(総統の訪米実現に向け裏で力を発揮したともされている)によって設立された。台湾経済研究院、中華経済研究院と並ぶ経済研究所。特に、台湾、大陸間の問題を重視しており、北京と香港に事務所を持ち、研究員も2月に1度は大陸を訪問している。
顧問の呉再益氏にお話を伺った。
(大陸との往来について)
台湾は大陸からの観光客等は受け入れていない。いっぺんにオープンにすると大陸からの膨大な訪問者により台湾が爆発する。
研究者の往来については、かなり自由。台湾側も、大陸の技術者については歓迎の姿勢である。
(対外貿易について)
台湾の産業構造は製造業中心なので、対外貿易は重要。5、6年前までは米国から最大の貿易黒字を稼いでいたが、現在は中国から最も多い150億米ドルの黒字を稼いでいる(対中貿易は香港を経由しているため、実際はこのデータよりも多いのでは。また、中国にとって台湾は、貿易対象国としてはだいたい5、6位の位置。)。しかし、この黒字は対日貿易赤字(140億米ドル)により帳消しにされるため、欧米から貿易黒字を確保し、トータルで最終的には70億米ドルの貿易黒字を生み出している。
台湾は、日本からは工作機械等精密機器を輸入しなくてはならないという貿易構造を持っており、日本に対する大量び赤字は将来的には解決できない。その赤字を現在、対中国貿易で埋めている。
コンピュータ等のアセンブリーで快調な走りを見せている。しかし、東南アジア諸国が急追してきており、日本からもっと最先端の技術を貰い、それをどんどん商品化していかなくてはならない。しかし、日本はまだ積極的に技術の開放を行なっていない。
また、台湾の技術開発力の観点から、大陸の中国人技術者を活用したい。しかし、彼らは市場経済を知らないので商品化が難しい。
(アジア運営センターについて)
現在、台湾は「アジア運営センター」という構想を打ち立てている。それは、生産の中心、金融の中心、技術の中心、海空運の中心になろうというものである。具体的には、現在、高雄港を「転運センター」として整備しようとしている。つまり、まず、台湾を巡る地域用に大型船で物資を高雄港まで運んでくる。それを小型船に仕分けし、台湾近郊の都市へ輸送するというもの。大陸に対する航空機や船での直接の輸送が開放されるのを睨んでのもの。シンガポールが現在果たしている機能に代わるものである。上海やフィリピンと争うこととなろう。
しかし、この直接の輸送つまり「三通」は大陸の武力放棄やまた大陸が台湾を政治実体として認めることが前提となっており、いつ開放されるのかタイムスケジュールはない。しかし、両岸の台湾、大陸の各都市では水面下で三通開放後を睨んだ行動は既に行なわれている。
<徐正群 氏>
台湾第3位のセメント工場を経営。若手経営者。
(李総統について)
中国社会を治めるには「信用」が大切。李総統は巧妙な政治テクニックを使って政府部内の改革を行なった。確かに変革期にはこうしたこのも必要だが、それによって信用を彼は失った。李総統の退き際が注目される
(日本の戦争責任について)
ころころ代わる首相より、やはり外国にとっては天皇の存在が大きい。天皇がはっきりと謝罪すべき。 日本は戦争に勝ったこともあるし、負けたこともある。「勝った国も負けた国もいいことは無い」というメッセージを日本は世界に発するべき。
(中国、中国人について)
みんなで正義を主張すれば、国際社会の中で中国の影響力はそんなに恐れることはない。 中国人の戦う目的は面子である。朝鮮戦争でもベトナムでの戦争でも、中国の面子さえ立てば、そのまま補償等なくともそのまま去っていく。面子さえ立ててあげれば、中国は大丈夫。
(統一問題について)
台湾側は統一に関してカードを持っていない。統一は中国側の主導によるだろう。統一は、国共内戦で実際血を流した人、先見性のある人、民族主義者によってなされるだろう
(日本の対中国政策について)
日本は中国の言いなりになってはならない。台湾と協力して、中国の発展に尽くすべき。
<慶洲 氏>
経済日報記者
(李総統の訪日について)
李総統は思ったら達成するまでやる人であり、また今回の訪米が自信となっている。しかし、日本は中国のコントロール下にあるようだ。
(中国について)
最近、中国の水害で1億人以上の人は被害にあった。インフラの未整備等遅れている証拠。台湾との差は歴然としている。
<台湾大学出身の学生達>
(日本の戦争責任)
アジアに対しては謝るべきだが、国内の実際に戦った人のことを考えると日本は難しい立場にある。実際にどのように謝ればいいのか、具体的には解らない。
<最後に(私見)>
今回の調査を通じて、台湾人の複雑な思いを感じずにはおれない。ある時には、中華民族主義をちらつかせるか(中台、水面下では上手くやっている)と思うと、ある時には大陸と台湾の差を強調(大陸側を蔑視、敵視)する。これは、ある種、シンガポール等他の中国系人にも共通する。ビジネス面の好調さ、親密さだけをポイントに統一問題を議論すると判断を謝る危険性がある。中国人は中国人同士においてもしたたかであるという印象を強く受けた。特に、政治的に問題を抱えている台湾は、他の華僑とは別に、このビジネスと政治の両面のジレンマは明らかであった。彼らの言葉を借りれば、政治が面子でビジネスが実なのであろう。
日本もこのへんの感覚をしっかりと認識し、大陸や台湾とのつき合いは、ビジネス的なつき合い(実)と徳のつき合い(面子)をうまく使い分けて、したたかに行なう必要がある。v 面子問題に関して言えば、実は、1990年に自民党の金丸信元副総裁が大陸を訪問し、周恩来元首相の未亡人トウイン超女史と会談した際に、トウ氏は「金丸先生は台湾との関係が大変お有りになる。是非、中国の統一問題について積極的な役割を果して欲しい。」と金丸氏に要望している。これは、当時の人民日報(1990年9月1日)にも報じられている。日本は、中台問題に関して、日中共同宣言に基づく見解のみを毎回発するのみで、敢えてこの問題には深入りしようとはしていないが、もっと積極的に中台問題に関わるべきだと考える(シンガポールのリー(李)前首相が、大陸の李首相と台湾の李総統の仲を取り持ち(3人とも客家出身)、中台問題に積極的な態度を示している。例えば、昨年の第1回中台民間レベルトップ会談はシンガポールで開催した。)。
3 中国民主化の見通し
1989年6月4日の天安門事件から今年で6年目を迎えた。毎年5月下旬から北京大学を中心とした学院街(北京市海淀区)は公安の警備が厳しくなる。しかし、今まで共産党政府の恐れているような事態は再発していない。
今年、一般の中国人学生と共に机を並べる機会を得たことを利用して、現在の中国の大学生の意識を探ってみた。
「(問)最近、日本ではトウ小平同志が亡くなったのではという噂があるんだけど。」
「(A君)多分、亡くなってはいないにしろ、少なくとも植物人間の状態にあるんじゃないか。」
「(問)どうして政府はトウ氏の健康状態について発表しないの。民主化運動の再発が怖いのかな。」
「(A君)トウ氏がどうなろうと、6年前のような民主化運動はもう起こらない。」
「(Bさん)実は、私もあの時天安門にいたんだけど、目の前で何百人もの同級生や市民が解放軍に殺されて、今思い出しただけでも涙が出てくる。恐ろしいわ。(何千人もの人が犠牲になったとされるが、未だに真相は解らない)」
「(A君)僕も参加したけど、最初はみんな本当にお祭り気分だったんだ。誰もあんなことになるとは思わなかった。あの時学生も市民も政府の恐ろしさが身に染みて解った。」「(C君)政府のどうしようも無さが身に染みて解った。」
「(A君)そう、だから今、学園内で再度民主化運動をと言って活動している人は皆無だし、いたとしても大半の学生はそういった煽動にはもう従わないだろう。僕達は、もう政府は見限ったんだ。どうしようもない。いいところに就職してお金持ちになることだけを考えているんだ。」
これは、ある理科系大学での1コマだが、北京大学等他の大学でも状況は同じという。
4 中国におけるリゾート都市開発(前編)
北京から南に車で2時間程走ったところに「保定」という町がある。ここには、白洋淀という湖群が存在し、昔から皇帝の保養地だった。現在、ここを一大保養地として開発しようという計画が進行している。
この計画は、広東省の珠海市と河北省の保定地区が共同で行なっている、2つの都市は共同で取り組むという大変珍しい開発のパターンである。実は、この形態は、改革開放政策の基本理念である、先に豊になったものが、その経験と資金をこれから開発する地域に注ぎ込むというトウ小平路線の具体的展開になっている。実際、ここを視察した雛家華副首相は「トウ小平同志の談話の精神に合致したもの」と、その意義を強調している。 そこで私もこの開発に注目し、実際訪問してみた。しかし、まだ何の工事らしい工事の跡もなく、不思議に思い地元の人に尋ねてみると、どうもこの計画うまくいっていないとのこと。
さっそく、北京に戻り、この開発に詳しい中国社会科学院の旅遊研究所に出向くとこにした。その内容は来月報告予定。
5 価格破壊と観光について
日本に一時帰国していた際(7月上旬)に、現在の日本の不況と価格破壊(デフレ)現象を関連付けた報道、そして価格破壊を喜んでばかりいられないという論調をよく目にし耳にした。確かに、景気後退期にデフレ現象になるという古典的な経済法則があるが、この法則だけでは現在の大幅な価格破壊の状況は説明できない。 日本で、ダイエーの中内氏と並んで価格破壊の旗手とされるヤオハンの和田代表にお会いした。現在、ヤオハンでは既にあるシンガポールの流通センター(以下「IMM」と呼ぶ。)と、今年開業の上海IMM、そして今後開業予定の韓国(ソウル乃至プサン)のIMMを併せて合理的な卸体制を確立するという。つまり、一番安く作れるところでその産品を作り、アジア各地のIMMから日本のIMM(北九州市)を経由し、直接日本のヤオハンの店舗に卸すという、もっとも効率的な風上から風下までの流通形態にしようというものである。
つまり現在の価格破壊は、このヤオハンの例にもあるとおり、これまでの非効率的なシステムを改善しようという本質的な流れであるという点に着目しなくてはならない。単K的に景気に与える影響を問題にする以前に、長期的な社会の効率化、高度化、成熟化という観点から同然評価されなくてはならない現象なのである。 ただし、今まで長い間それなりに機能していたシステムを変更するのであるから、そこに歪みが起きて当然である(短期的に景気に与える影響もその1つ)。行政はその辺を注意し、上手く社会の調和を維持しなくてはならない。
さて、その歪みとは、既にテレビ等でデフレの説明の時に良く耳にされているとおりであるが、以下少し説明する。まず、物の値段が下がるところから始める。現在の日本の消費者の基本的消費量はほぼ上限に達しているので、物価が下がったからといって極端には消費量は増えない。その結果、企業の業績は悪化する。悪化した分、企業は給与を下げざるを得ない。給料が下がった分、また消費が減退する。つまり、景気後退期のデフレ現象の悪循環が始まる。
そこで、政府の登場と成るわけだが、ケインズは消費を増やすよう示唆する(つまり、一番直接的なのが公共投資)。しかし、これはあまり効果を期待できないだろう。価格破壊によるデフレは、従来の景気循環上の景気後退期とは違い、経済社会の構造改善上のものであるから、逆に生産側の構造改善がスムーズに進むよう導いて行かなくてはならない(サプライサイドからのアプローチが必要)。
具体的には、価格破壊は経済社会の効率化の結果であるから、従来の非効率なシステムから無駄な部分が社会に吐き出されてくる。つまり、余剰人員である。これは、2種類あり、企業の内の効率化に伴い余剰となったもの、そしてその企業自体余剰となり失業したものである。まず、前者であるが、これは社会の要請を斟酌し、バランス良く時短(給与の減額を伴うもの)と解雇で対応する。さて、この解雇により生じた失業者と後者の失業者を併せた数の失業者が生じるわけだが、これらには、新しい産業への労働力として振り替えることで対応する。こうすれば、デフレによる給与の目減りは最小限に押えられ、今まで消費してきたものは価格破壊により低価格で購入でき、その余剰は新しい産業により生み出された新しい冨の消費に振り替えられ、生活の質を高めることができる。まさに、量の繁栄から質の繁栄へ社会を展開することができる。
しかし、「新しい産業」と一言でいっても、量的充足を既に満たした人の生活の質を高めるような新しい冨を生みだし、かつ労働集約的である産業とは一体どんなものだろうか。そこで考え付くのが、実は観光産業である。ここでいう観光産業とは今ある観光代理店を指すような狭い意味ではなく、観光に関する全てのサービス産業の総称というような広い意味に解してもらいたい。
多分、こうした観光産業以外にも、新技術の開発に伴う新産業が生まれるであろうが、経済社会の効率化の進展は永遠に続くであろうし、それに伴い人間の余剰時間(勤務時間以外の時間)も果てしなく増えていく。このような余剰時間の増大に対応するには、余剰時間を埋め生活の「たのしみ」を実現する観光産業がまさに主役とならざるを得ないのである。
江戸中期、今までにない平和と繁栄を謳歌した江戸庶民の経済、景気が曲り角に差し掛かった。その時登場した徳川吉宗は、行政改革を進めるとともに、庶民に対しては「花見」、「伊勢参り」等人々の移動、集積を伴う「たのしみ」という新しい消費を奨励したという。その結果、人の移動、集積から新たな産業は生まれ、また人の生活の質も向上し、生きるための生活から、生を楽しむ社会へと新たに脱皮した。注目に値する歴史の教訓ではなかろうか。
Thesis
Koya Takahashi
第15期
たかはし・こうや
Executive Vice President, Panasonic Energy of North America
Mission
企業経営、管理会計、ファイナンス、国際経済