塾生レポート 一覧へ戻る
1996年2月

インターネットと来るべき社会とのアナロジー
黒田達也/卒塾生

 
現在、あらゆるヒエラルキー型組織が息詰まり、ネットワーク型組織へと転換していく過渡期にあると考えられるが、ひと足先にコンピュータの世界では、ネットワーク重視の利用形態が既に普及している。80年代に開発競争が進んだスーパーコンピュータにいわゆる端末がぶらさがるという形態から、各端末の処理能力の向上により、LANという形態の利用が一般的になっている。このLANが、企業を超え、コンピュータの機種を超え、各種のオンラインサービスを超え、さらには国境を超え、個人にまで広がったものが、インターネットといってもよい。かつて人類は農耕技術をもって集団や国家の形成を計り、蒸気機関を手にして企業や資本の成長を計ったが、このLANからインターネットへの発展は同様の社会構造の変革をもたらすものと予測する。そして実はインターネットの思想の中に、将来のネットワーク社会のありかたの原形が込められているのでそれを簡単に列挙する。

     
  • a)一個所で集中管理せず、各端末によるネットワーク型制御方式  
  • b)各端末が自由に情報発信、情報受信  
  • c)距離、時間、コストに関係なく、情報の前ではすべての端末が対等  
  • d)情報の正確性、安全性より、広範性と敏速性を重視   
  • e)極めて短く、普遍的な通信プロトコル  
  • f)アノニマスFTP

 これらのインターネットの特徴が来るべき社会にどう反映するのかを次に簡単に列挙する。

     
  • a)権力の集中した肥大化した組織、社会より、権力が分散し、それらが互いに自由にネットワークする組織、社会。地方分権。官僚型行政の崩壊。ガバメントからコーディネーターへ。  
  • b)個人、企業が自由に活動し、表現する社会。情報操作が難しい社会。反面、個々人の情報選択能力が問われ、判断に自己責任が問われる社会。マスコミの存在意義。  
  • c)資本の多寡、権威の有無が本質的な差異にはなりにくい社会。物理的、地理的条件を超えて、地域、国のありかたが問われる社会。地球市民的発想が醸成されてくる。  
  • d)あいまいなコンセンサスでも敏速な行動が好まれる。完璧、公平な対応でも時間がかかれば意味がない。行政よりもNGO、NPO。  
  • e)細かい規制、法律は不要。簡潔でわかりやすく、自由度のある規則、法律が好まれる。多少の法的不備より迅速な裁判、判決。  
  • f)情報を公開すること自体がステイタスになる。とっておきの情報は、とっておくうちに世の中が変り、無用の長物になる。情報を迅速に公開し、それにより世の中を変えていく方が得策。

 昨年、生誕100周年を迎える故森信三先生は、「自主独立にして、しかも出入り自在、円心あって円周がなく、円の中心者たちが互いに手を取り合う”開かれたコンミューン”でなければならない」という言葉を残している。
また今年、生誕100年を迎える宮本賢治は、岩手花巻に世界を見、「イーハトヴは一つの地名である。強いてその地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスガ辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは著者の心象中に、この様な情景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。
そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語るこもできる。罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかがやいてゐる。」(注文の多い料理店広告文より)という言葉を残している。
こうした先達の思想とインターネットがもたらす来るべき社会が、私にはオーバーラップして見える。勿論、『風土』創刊号の冒頭インタビューの中であったように、情報化社会が進めば進むほど、人間の心もそれに連れて洗練されていかなければいけない。
私も、入塾以来続いている茶道や、今年より始めた禅を通じ、心に磨きをかけることも忘れずに、日本の情報社会化を推進していきたいと思う。

1996年2月 執筆
  1. HOME >
  2. 卒塾生一覧 >
  3. 黒田達也 >
  4. インターネットと来るべき社会とのアナロジー
ページの先頭へ