論考

Thesis

諌早湾干潟視察

6月21日、長崎県諌早湾の干拓事業の現場を視察いたしました。4月14日、295枚の「ギロチン」が落とされてから、突如として政治問題化したこの干拓事業の是非を、自分の目で見、耳で聞いた上で現場から考えたいと思ったわけです。
 ちょうど諌早周辺は田植えのシーズンで、「かつての」堤防のすぐ脇の田んぼでも田植えが行なわれていました。「かつての」海との間には2メートル程の低い堤防があるだけ、しかも海面より田んぼの方が低い位置にありますので、干潮のときにしか排水ができないのです。そこで海からの高潮と陸からの大水にここの農民は悩まされ続けました。ここはもともと戦前の干拓地で、入植者はこのような災害の可能性を何も知らされずに入植し、先代から災害と格闘しつつ田を守ってきた、ある意味では国策の犠牲者なのです。干拓事業により海が遠ざかる心理的安心感はわかるような気がしますが、実は陸からの大水に対応するには調整池が小さすぎ、効果が疑問視されています。しかも、新しい干拓地にはこれまでと同様、災害と隣り合わせになります。コストもこのあたりの相場の5割増し(反当たり110万)と言われ、とても入植者の見込みはありません。また、ムツゴロウだけがマスコミの脚光を浴びていますが、実はアリアケガニなど7種の希少生物の絶滅の方が大問題です。調整池は生物の死骸と家庭排水(この周辺の下水道普及率は数%)のたまり場となって病原菌の繁殖が心配されます。
 これだけ問題を抱えている干拓事業がどうして今、強行されようとしているのでしょうか。その最大の原因は、「ギロチン」までは技術的な問題から大手ゼネコンまでしかお金が落ちていず、干拓事業になって初めて地元の土木業者にお金が入るという構図にあります。干拓事業を当て込んで機械や人手を確保していた業者からすれば、一刻も早く干拓事業を進めて欲しいわけです。
 次に、農水省と建設省の予算獲得競争が背景にあります。干拓が無く、単に防災だけならこの事業は建設省管轄になっていた可能性が強いのです。そうすると、全国各地の干拓事業関連予算が見直しになりかねません。農水省は、自民党農林族の政治家とタッグを組んで、意地でも干拓事業を進めたいのでしょう。
 私自身は、現地を視察してみて、現時点での干拓農地の必要性はない、従って直ちに水門を開けて干潟の生態系を回復すべきであると思います。ただし、今までの2370億円の事業費を無駄にせず、また地元の雇用や経済に配慮するためにも、図のような代替案に準じた事業を行ない、さらに本明川上流に適度な規模の砂防ダム(建設省)を建設するのがよいと考えます。今や農水省予算の半分は公共事業費と言われますが、本当に農家の役に立っている事業なのか、日本の農のためになっているのかをしっかり見極めなければならないと思っています。

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黒田達也の論考

Thesis

Tatsuya Kuroda

黒田達也

第14期

黒田 達也

くろだ・たつや

事業創造大学院大学副学長・教授

Mission

人工知能(AI)、地方創生、リベラルナショナリズム

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