論考

Thesis

無税国家は遠くになりにけり

今年度末における国債発行残高は241兆円、これに旧国鉄債務や地方自治体の借金などを加えると442兆円を超える借金を抱える日本の財政。1人当たり約350万円、1世帯で約1 千万円にもなる巨額借金の現状を見て、生前「無税国家論」を説いた松下幸之助翁はどう思ったろうか。

●わが国の財政の現状

7月に入り、97年度予算の概算要求基準(シーリング)が話題になるにつれ、日本の財政 状況の悲惨さがクローズアップされてきた。そんな折、財政制度審議会の中間報告がまと められ、現在の財政赤字が深刻かつ構造的なものになっていると警鐘を鳴らした。報告に よれば、今年度末における国債発行残高は241兆円、このうち、公共投資の原資になる建 設国債残高が164兆円、歳入補てんのために発行される特例国債(赤字国債)の残高は77兆円に達している。これに旧国鉄債務(資産売却後も約20兆円の負債が残る)や特別会計 との会計処理の中で隠れた借金(累積で約60兆)などを含めると、国家財政の累積債務は 321兆円にのぼる。一方、地方でも地方債残高100兆円(うち特例債5兆円)に公営企業の 累積損などを加えると136兆円、結局国、地方を合わせた財政の累積債務は、重複分を調 整すると442兆円となる。これは実に96年度の国内総生産(GDP)の約89%に当たり、 先進5か国の中では最悪の状態となっている(下図)。 この膨大な借金をどうやって返 しているかというと、96年度では国家予算75兆円のうち、実に16兆円(24%)を返済に回 し、21兆円を新たな国債発行で賄っている。また地方においても財政規模85兆円のうち9兆円(10%)を返済に回しているが、18兆円を地方債発行で賄っている。まさに自転車操業で ある。96年度の財政収支でみれば、日本はGDP比7.4%の赤字となり、やはり先進5か国の中では最悪で、イタリアよりも悪い状況である。

●世界各国の取り組み

昨年10月のG7ステートメントや今年6月のリヨンサミットコミュニケにもあるように、 財政赤字の削減は先進国共通の命題になっている。ニューディール以来のケインズ流積極 財政政策は、好景気時の税収増に対し財政赤字削減を予定していたが、各国政治家はさら なる財政支出を行なったため、財政赤字の拡大と財政の硬直化をもたらした。その結果、 不景気時に相対的に長期金利が高留まり、中長期的にみて景気回復の足を引っ張ることが 各国共通の認識となっている。そこで、財政政策による景気浮揚策を敬遠し、欧米各国と も具体的な数値目標をもって、財政赤字削減、あるいは歳出削減の計画を立案、遂行しつ つある(緊急経済対策と称し、国債を乱発して補正予算を組むわが国とは対照的である) 。米国では、85年に財政収支均衡法(グラム=ラドマン=ホリングス法)が制定され、91年までに財政赤字をゼロにする計画が立案されたが、歳入見通しの甘さと期越えの歳出の会 計操作によって計画倒れに終わった。次に、90年に包括財政調整法(OBRA90、93年に 改正)が制定され、歳出予算の増加に一定の上限を設け、それを超えた場合には各経費を 一律に削減するという厳しい制度を制定した。その結果、好景気による増収、所得・法人 税の引き上げ、防衛・福祉関連予算の削減の助けもあって、ピーク時92年の2904億ドルの 財政赤字が96年には1456億ドルまで削減される見込みである。

EC各国はマーストリヒト条約によって、経済通貨統合の条件が規定されており、参加各 国は地方政府等を含めた累積の債務残高をGNP比60%以下に、毎年の財政赤字を同3%以下に抑えなければならないことになっている(現在の日本の財政状況はこれを大きく 逸脱している)。英国は民営化や歳出削減努力、増税により90年代終わりには財政均衡に 向かう見通しである。フランスも95年度の財政赤字GNP比5%から、毎年1%ずつ削減 し、97年には3%に達する見込みである。ドイツは統一後の悪化した財政を統一前の水準 に戻すことを最大の目標とし、社会保障制度の改革、95年の連帯付加税の導入、民営化の 推進等の対策を行なっている。

●わが国の財政の問題点と改善策

さて、わが国ではどうかというと、証券不況の65年に本格的に国債発行に踏み切り、オイルショック後の75年からは赤字国債も発行されたが、この時は80年には赤字国債から脱却 する予定であった。ところが逆に79年には国債依存度が39%に達し、時の大平首相は改めて84年の赤字国債からの脱却を表明した。81年には第2次臨時行政調査会が設置され、82年には概算要求についてゼロ・シーリング、83年にはマイナス・シーリングが適用された が、赤字国債から脱却はならなかった。しかし、改めて90年までの赤字国債からの脱却を 目指した結果、バブル景気や消費税導入による税収増や、特別会計とのやり繰り等により 、91年ようやく赤字国債から脱却することが出来、国債依存度も10%にまで低下した。ところがバブル崩壊後の平成不況の中、94年より再び赤字国債が発行され、現在に至っている。

現在のわが国の財政管理政策は、各年度のシーリング設定に依っており、中期的な具体的 数値目標を持っていない。シーリングでは補正予算に伴う国債発行、特別会計や地方債増 発に対して全く無力である。今回の財政制度審審議会の報告にもあるように、米国やECのような財政全般を網羅した具体的な再建のための中期数値目標を策定することが必要で ある。

また、根本的な問題として、わが国の財政運営はまだケインズ的な手法に依拠しており、 不景気時には計画を逸脱しての債券増発を容認してきた。近年では、公共投資による経済 波及効果の弾性値も低下し、投資配分のシェアも硬直化、景気対策としての効果も疑問視 されている。不景気時には経済波及効果の高い項目にバイアスをかけるとか、むしろ投資 減税や土地、株式等の譲渡税の軽減などを行なうとかの工夫が必要である。同時に、公共 投資の効果等を評価する決算検討機関(会計検査院は合規性のみを判断)を設置し、予算 と決算のタイムラグ(現在2年)を短縮した上で、その評価結果を予算に反映出来るようにした方がよい。近年豪華な建築物が目立つ地方財政についても、建設後の利用状況や運 営収支を検討したうえで、追加補助金や地方債発行を許可すべきである。

予算というと一般会計の内容ばかりが注目されるが、特別会計(96年度257兆円、一般会計の3.4倍の規模)の中身も重要である。特に一般会計の歳入不足を補うために特別会計から借り入れを行なったり、本来一般会計から払われるべき歳出をモラトリアムしたりし ており、特別会計の本来の意義に反した会計操作が行なわれている(いわゆる隠し借金) 。とりわけ、国債残高の1.6%相当額を将来の元利金払いのために積み立てる国債整理基 金への歳出繰り入れの停止(年約3兆円)は、将来の財政逼迫に直結するもので速やかに 解除すべきである。また年金や医療保険、あるいは近々導入されるであろう介護保険につ いても、将来過度の負担が生産年齢層にかかる構造になっており、ある意味で赤字国債発 行に等しい影響がある。しかも、制度制定に関れない参政権のない世代にツケを払わせる ことが民主的であると言えるのかどうかも疑問である。世代間の公平を期すよう給付と負 担の関係についてさらに見直す必要があろう。

第2の予算と言われる財政投融資(財投、96年49兆円)も一般会計予算の抜け道として増 大してきた。郵便貯金や簡易保険、国民年金等を原資とする財投は、特別会計、公庫や公団などの特種法人、関西国際空港などの特種会社および地方自治体などにその資金を貸し付け、運用する。問題はそれが安易に借金の穴埋めに使われ、それゆえ、財投対象機関の 経営の非効率性を温存してしまっていることだ。これについても、財投機関の経営情報を 開示し、財政改革における目標数値に財投の不良債権を反映させることが大切である。

●衆議院議員選挙に向けて

今回の財政制度審議会の中間報告では、見直し対象を項目別に列挙した上で改革実行の難 易度まで示している。行財政改革は「総論賛成、各論反対」が常であり、省益を守る官僚や、業界団体をバックにした族議員の抵抗が激しく、報告の実行はなかなか困難であろう 。しかし、国民の側がいつまでも「増税はいやだがもっとサービスを」と負担を後世にツ ケ回す気でいては、何も変わらない。間もなく行なわれるであろう衆議院議員選挙では、 「福祉も環境も景気対策もやります」という候補ではなく、真剣に行財政改革を押し進め てくれる候補者を選んでいただきたいと思う。

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黒田達也の論考

Thesis

Tatsuya Kuroda

黒田達也

第14期

黒田 達也

くろだ・たつや

事業創造大学院大学副学長・教授

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人工知能(AI)、地方創生、リベラルナショナリズム

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