論考

Thesis

復活した巻町住民投票

新潟県巻町の原発建設をめぐる住民投票運動については、昨年の2月、9月の月例報告 にて報告させていただいた。前回の報告では、昨年の6月26日に全国初の施行期限付住 民投票条例が議会で議決されたものの、一転して10月3日には施行期限を外した住民投票条例改正案が議決され、事実上全国初の原発建設をめぐる住民投票の実現は不可能になったことをお伝えした。今回は、さらにその後の巻町の住民投票条例の行方を報告する。

 10月3日の施行期限なし条例案可決により、町長が適切な時期を判断して住民投票の実施を議会に諮るという形となり、町長が住民投票に賛成しない限り実施は不可能となった。そこで『住民投票を実行する会』は、10月27日、最後の手段として佐藤莞爾町長のリコールを求めることを決意する。リコール請求は全有権者の3分の1以上(約770 0名)の署名を経て請求が認められ、住民投票の過半数をもって成立する。12月8日、 『実行する会』では約10200名もの署名を集め、町にリコール請求を行なった。これは、昨年2月の自主住民投票の総投票数10378票とほぼ同数で、全有権者数22858名の約45%にも上る。しかし、このままでは住民投票で過半数に至らず、リコールが 実現するかは微妙であった。

 ところがである。『実行する会』がリコール請求を町に行なった日と同日の12月8日 、福井県美浜で大事件が起こった。高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム流出事故である。その後の動燃側の証拠ビデオの隠ぺいが明るみに出るに及んで、日本の原発の安全神話の崩壊と行政に対する不信感が増大し、巻町の世論にも大きな影響を与えた。町長リコー ルに関する住民投票で勝てる自信を失った町長は、12月15日自ら辞職、20日には『実行する会』代表の笹口孝明氏が1月21日の町長選に立候補を表明した。一方、原発推 進派は候補者を擁立することができず、笹口氏は有力な対立候補不在の中、大差で選挙に勝利した(ちなみに推進派は選挙を棄権し、投票率は約45%。前回町長選の約87%を 大きく下回った)。

 笹口町政となって初の議会となった3月町議会では、笹口氏は早速今年の7月7日に住民投票を行なうべく、その諸経費を含めた予算案を提出、原発推進派の議員ももはや住民 投票実施に反対するのは困難な情勢となり、8月4日まで延期との修正を経て無事に議決された。こうして今度こそ、全国初の原発建設を巡る住民投票が行なわれる見通しとなったわけである。

 その後は原発推進派、反対派双方が、8月4日をにらんで激しいPR合戦を繰り返している。推進派は東北電力社員を動員しての徹底した戸別訪問に加え、温泉旅行付きの原発 視察を企画、反対派の非難を浴びる結果となった。反対派は推進派の接待攻勢を監視しようと「飲ませ食わせ110番」を設置、また独自に原発についての勉強会を開いている。 今まで静観していた国も今度の住民投票の結果が、今後の原発計画に多大な影響を及ぼしかねないと、6月に資源エネルギー庁の専門官を派遣し住民向けの説明会を開催する予定となっている。

 この間、町は努めて中立の立場を守っている。5月17日には町主催の「原発建設に関 する町民シンポジウム」が行なわれたが、推進派、反対派それぞれが自主的に選んだ講師 に各40分ずつ講演させ、また双方の町民代表の意見陳述も20分ずつ公平に行なわれた 。特筆すべきはその後の講師への質疑応答に1時間10分もの時間を割き、白熱した議論が展開されたことである。笹口町長の町民主体の町政のあり方がこんなところに現れていた。また町政の原発住民投票に対する中立性に信頼が寄せられ、「巻町は新潟最大の3万人収容のスタジアム(町民代表の意見陳述より)」といわれるほどの対立を見せている双方が、初めて一同に会して真摯な議論を戦わせることができたのである。

 勿論、このシンポジウムでどれだけかみ合った議論ができたかについては疑問である。 しかし、反対派の町民代表の看護婦さんが、「住民投票をめぐってのこの2年間で、私は とても多くの事を学ばせてもらった。そして、こんな壇上から話が出来るようになるなんて夢にも思わなかった」と開口一番に言っていた。このコメントからわかるように、この2年間の住民投票をめぐる運動を通じて、明らかに巻の人々は自分の頭で考え、自分の判 断で行動し、自分の意見を堂々と主張するようになった。1年半前の町民自主住民投票の時は町民の写真をとることさえも難しく、何気なく投票所の様子を撮影していた私に笹口代表自ら飛んできて撮影自粛を求めたが、今では町民が全国ネットのTVカメラの前で臆することなく自分の意見を述べている。最近はNHKやTBSを中心に、全国に巻町の様子が報じられるようになり、「巻町は民主主義の学校」と評する声もある。それが決して言い過ぎではないと、私はこのシンポジウムを通じて感じることができた。

 最後に、8月4日の住民投票実施を前にして、この住民投票の持つ意義についてまとめておきたい。
 まず、宮崎県串間市を始めとする原発を巡る住民投票条例をもつ他の3自治体の動きを刺激しよう。特に串間市の条例は、昨年9月に住民投票の実施時期については市長の裁量によると改正され、他地域と違い電気事業者(電力会社)の立地申し入れを実施要件からはずしたこと、町長も住民投票に関して否定的でないことから巻の状況を見て実施するこ とになろう。

 また、一般に地方自治体における住民投票条例を求める請願が増えてこよう。先月も沖縄県で連合沖縄による日米地位協定の見直しおよび米軍基地整理縮小に関する県民投票条 例制定の請願が行なわれた。しかし、この住民投票実施に伴う費用は約4億8千万円と伝えられ、各種世論調査でこの件に関しては既に県民のコンセンサスがとれていることを考 えると果たしてこれだけの税金を投入することに意義があるのか疑問が残る。今後、選挙公約などに安易に住民投票条例制定を入れる政治家が続出することも懸念される。住民投票の意義とコストをしっかりと認識した上で実施の可否を決するべきである。

 そもそも現行の法制度の枠組みの中では、住民投票による結果については何の法的拘束力もない。巻町の笹口町長は「結果を尊重する」としているが、県や国が結果を遵守する 必要はなく、双方で意見が対立し、行政訴訟となれば巻町側が負けることは明らかなので ある。この点で、今後住民投票というシステムが有効に機能できるよう、関連法の整備や憲法における地方自治の意義にまで踏み込んで国会にて議論される必要がある。

さて原発のことに戻ると、巻を皮きりに原発建設に関して住民投票を行なうプロセスが常態化すると、原発立地に関するリードタイム(申し入れから運転開始までの期間)が現在でも20~25年かかっているのがさらに延びる結果となり、政府のエネルギー長期計画である2010年までに原発7050万KW(現在4200万KW)を達成するのはほぼ不可能になろう。こと原発の住民投票に関しては、エネルギー政策の行き詰まりが経済のボトルネックにならぬよう、短期間での政治的決着が望まれる。また、今後の立地計画に際しても、情報を充分に公開し民意を諮った上での履行が望まれる。

 ともあれ8月4日に向けて、巻町から目が離せない。詳しい動向は、全国紙の新潟版や 新潟日報の他、反対派がインターネット上でホームページを開設している(http://www.asahi-net.or.jp/~rx25-ssgw など)。参考にして下さい。

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黒田達也の論考

Thesis

Tatsuya Kuroda

黒田達也

第14期

黒田 達也

くろだ・たつや

事業創造大学院大学副学長・教授

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人工知能(AI)、地方創生、リベラルナショナリズム

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