論考

Thesis

深谷未来倶楽部とまちづくりNGO

「夢」、「まち」、「未来」。壇上に大きなプラカードが掲げられ、会場に集まった2百人余りの市民が声を合わせて叫ぶ。続いて「夢をかたちに 語ろう深谷のまちづくり」というスローガンが会場に響く。昨年の12月10日、こうして市民によるまちづくりの団体「深谷未来倶楽部」が誕生した。

 埼玉県深谷市は東京から約70キロ離れた人口約10万の地方都市である。農・工・商のバランスが良くとれているものの、新旧住民が半数ずつ混住し、住民が一体となったまちづくりを行ないにくいという大都市近郊地域に共通する特徴を持っている。この地域で行政とともに地域づくりに関わってきた組織には、商工会議所、農協、ロータリークラブ、ライオンズクラブなどがあるが、どれもその組織の生い立ちゆえにどうしても旧住民中心になりがちで、発想や行動範囲に限界が出てきてしまうのが現状であった。そこでこうした団体の一つである社団法人深谷青年会議所(深谷JC)が、その壁を打ち破ろうと提唱し設立したのが、この深谷未来倶楽部である。

昨年深谷JCの理事長であった橋本稔さん(37歳)は語る。「JCもいろいろなまちづくり事業を行なってきましたが、どれも1年限りが原則。内容もマンネリになりがちでした。まちづくりを考えていくには、広く市民を巻き込んで、長期的な視野で議論できる場が必要と感じていました」。深谷JCの未来倶楽部推進室(室長、岡部登さん、34歳)のメンバーは、行政の広報誌に倶楽部員募集の広告を出したり、JR深谷駅で募集ビラを配布したりして、一般市民の参加者を求めた。そして昨年の発会時には倶楽部員の数は180名あまりにも上った。「未来倶楽部が自発的にまちづくりに参加しようという市民の受け皿となり、行政の協力をいただきながら一つずつ実現していけたらと思います。さらには未来倶楽部を通じて、市民の皆さんのまちづくりに対する夢を行政の施策にまで反映することができればと思います」。

 未来倶楽部の倶楽部員募集は昨年春頃から始まった。そして約月2回のペースで説明会を兼ねた会議を行なってきた。そこで未来倶楽部の具体的な活動内容を集まった市民同士で決めて行くはずだった。ところが、現実にはなかなか話合いは前に進まない。JCとしては会議を一般市民主導で進めていってもらいたいと考えていたのだが、集まった市民の方はどうしても会議の場になると後込みし、結局JCに頼ってしまう。空回りする会議に、当初は期待して応募してきた市民も徐々に姿を消していった。

 5月には市主催の「緑と子供の祭り」が開催され、JCのイベントに未来倶楽部員にも参加を呼びかけたが、数人が顔を出した程度であった。推進室のメンバーもどう盛り上げていったら良いのか悩んだ。それでも7月の七夕祭りには、JCが設営した舞台を時間借りし、太鼓実演、エアロビクス、子供向けのサッカーリフティング大会など趣味や特技を活かした未来倶楽部員企画のコーナーも出てきた。そしてついに未来倶楽部で独自に開催しようというイベントが登場、それが昨年の月例報告で何度か取り上げた「戦争と深谷」展であった。

 こうした盛り上りを経て、冒頭のように深谷未来倶楽部の正式な発会式を行なうことができたわけである。また、当日は発会式の後、「青淵とまちづくりの文明開化inふかや」と題したまちづくりフォーラムが深谷市、深谷JC、深谷未来倶楽部共催で行なわれた。パネリストは、諸井虔氏(秩父小野田株式会社会長、経団連副会長、地方分権推進委員会委員長)、アントン・ウィッキー氏(タレント、奥羽大学教授、彩の国大使)、福嶋健助深谷市長、および未来倶楽部を代表して私が出席した。諸井氏は「高度成長期には先進国というモデルがあったので、中央政府が画一的に計画指導した方が能率的だったが、既に先進国になった今となっては、地方に権限を委譲し、それぞれのまちの歴史や文化、特徴を活かしつつ、地方行政と住民がよく話し合ってまちをつくっていくことが重要」と主張した。そのためには、住民も行政に依存するばかりでなく自ら行政に参加していく姿勢が必要だ。そこで、今のように住民の価値観が多様化し、変化の激しい時代には、行政と住民とを円滑に繋ぐパイプ役として、議会のほかにも深谷未来倶楽部のようなまちづくりNGOが必要になってくる。

 また「戦争と深谷」展を開いた際、なぜ市がこうした展覧会を主催しないのかと尋ねてみたところ、戦争解釈の問題、予算の問題、収集資料の保管等クリアしなければならない点が多すぎるということだった。こうした行政が手を出しにくい、あるいは動き出すまでに時間がかかる問題をまちづくりNGOなら迅速かつ柔軟にこなすことができる。それは神戸でのボランティアやNGOの活躍を見れば明らかであるが、今後は非常時以外にもその活躍が期待される

 このように深谷未来倶楽部のようなまちづくりNGOは、地方分権の推進、住民の行政参加、行政サービスの補完といった重要な役割を担っている。こうした組織が継続的かつ活発に活動できるかどうかは、現在政府で検討されているNPO法案の行方にかかっている。そして法人格の付与要件の緩和、税制上の優遇措置などにより全国各地に生き生きとしたまちづくりNGOが花開くことを願いたい。

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黒田達也の論考

Thesis

Tatsuya Kuroda

黒田達也

第14期

黒田 達也

くろだ・たつや

事業創造大学院大学副学長・教授

Mission

人工知能(AI)、地方創生、リベラルナショナリズム

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