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1996年9月

「無税国家」は遠くになりにけり
黒田達也/卒塾生

 かつて松下塾主は、国家予算の一部を積み立て、その金利収入で国家を運営するという「 無税国家論」を提唱した。しかし現在の日本の国家財政は積み立てるどころか、国、地方 を合わせて442兆円という莫大な赤字である。

 
 財政制度審議会の中間報告によれば、今年度末の国債発行残高は、241兆円に達し、これに旧国鉄や特別会計の累積債務などを含めると、国家財政の累積債務は321兆円に上るという。一方、地方も、地方債残高100兆円に公営企業の累積損などを加えると136兆円と なり、国、地方を合わせた財政の累積債務は、重複分を調整すると442兆円という巨大な額になる。これは実に、96年度の国内総生産(GDP)の89%に当たり、先進5カ国の中では最 悪の状態である。

 96年度では国家予算75兆円のうち、16兆円(24%)を返済に当てたが、新たに21兆円の国債を発行している。地方でも財政規模85兆円のうち9兆円(10%)を返済に回し、18兆円の地方債発行で賄っている。まさに自転車操業である。単年度収支でみると、日本の国債 ・地方債の発行額はGDP比7.4%の赤字となり、こちらもやはり先進5カ国の中では最悪である。

 昨年10月のG7ステートメントや今年6月のリヨンサミットコミュニケにもあったように 、財政赤字の削減は、先進国の共通の命題になっている。各国は具体的な数値目標を掲げ 、財政赤字あるいは歳出の削減計画の立案、遂行に努力している。

 米国では、85年に、91年までに財政赤字をゼロにしようという財政収支均衡法(グラム =ラドマン=ホリングス法)が制定された。さらに90年には包括財政調整法(OBRA90、93年 に改正)が制定され、歳出予算の増加に一定の上限を設け、それを超えた場合には各経費を一律に削減するという厳しい取り組みを行っている。その結果、92年のピーク時には29 04億ドルあった財政赤字は、96年には1456億ドルにまで削減される見通しである。

 他方、EC各国はマーストリヒト条約によって経済通貨統合の条件が規定されており、参 加国は地方政府等を含めた累積の債務残高をGNP比60%以下に、毎年の財政赤字を同3%以 下に抑えなければならないことになっている(現在の日本はこれを大きく逸脱している) 。

 こうした、欧米各国の取り組みに比べ、日本の財政管理政策は、各年度の概算要求基準 (シーリング)設定に依っており、中期的な具体的数値目標を持っていない。しかも、シ ーリングでは補正予算に伴う国債発行、特別会計や地方債増発に対して全く無力である。特別会計(96年度257兆円、一般会計の3.4倍の規模)での複雑な会計操作は、いわゆる 隠れ借金を生んでいる。とりわけ、債務返済のために積み立てる国債整理基金への歳出繰 り入れの停止(年約3兆円)は、将来の財政悪化に直結するもので速やかに解除すべきである。また年金や医療保険、あるいは近々導入されるであろう介護保険なども、将来過度の 負担が生産年齢層にかかる仕組みになっており、ある意味で赤字国債発行に等しい影響が ある。世代間の公平を期すよう給付と負担の関係についてさらに見直す必要がある。

 第2の予算と言われる財政投融資(財投、96年49兆円)も一般会計予算の抜け道として増大してきた。郵便貯金や簡易保険、国民年金等を原資とする財投は、公庫や公団などの 特殊法人および地方自治体などにその資金を貸し付け、運用する。問題は、それが安易に 借金の穴埋めに使われ、それゆえ財投対象機関の経営の非効率性を温存する結果になって いる点である。これについても、財投機関の経営情報を開示し、財政改革における目標数 値に財投の不良債権を反映させることが大切である。

 行財政改革は「総論賛成、各論反対」が常であり、省益を守る官僚や、業界団体をバッ クにした族議員の抵抗が激しく、実現はなかなか難しい。しかし、国民の側がいつまでも 「増税はいやだがもっとサービスを」と後世に負担を回す気でいては、何も変わらない。  間もなく行われると言われている衆議院議員選挙では、「福祉も環境も景気対策もやり ます」という候補ではなく、真剣に行財政改革を押し進めてくれる候補者を選びたい。


1996年9月 執筆
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