論考

Thesis

首相公選制実現に向けて

4月に行われた自民党総裁選挙で首相公選の実現を公約に掲げた小泉氏が当選するなど、国民が直接、国のトップを選ぶ首相公選制実現へ向けた動きが活発化している。今回は「首相公選の会」での実現に向けた活動を報告する。

何故、首相公選制か

 最近、首相公選制を実現しようという動きが再び、活発化している。今年2月に、それまで5年間休眠状態にあった「首相公選制を考える国会議員の会」が活動を再開したのを始め、民主党と自民党の若手議員が雑誌に相次いで投稿し(注1)、独自の首相公選論を提唱するなど、今の首相選出のあり方を考え直そうという気運が高まっている。日本世論調査会(注2)が昨年12月に行った調査(注3)によれば、国民の87%が首相公選制の導入を望んでいるという。また、「新しい日本をつくる国民会議」(注4)が行った国会議員への首相公選制に対するアンケートでは、回答者の54.1%が「首相公選制を前向きに検討すべきだ」と答える(注5)など、実現へ向けて勢いが加速しつつある。
 そのような中、私は「首相公選の会」の活動に参加することにした。「首相公選の会」とは、昨年11月、政経塾の塾員でもある小田全宏氏が、国民がリーダーを直接選ぶことによって、日本の政治を身近にとらえ、責任意識を持ち、積極的な政治参加をするようになることを目指して立ち上げた任意団体である。私がここに参加するに至った動機は、昨年アメリカの大統領選挙を見たことに因るところが大きい。アメリカでは党の代表を決める課程を含めて、ほぼ1年間、誰が新しいリーダーにふさわしいかを議論する。候補者は国民にメディアなどを通してその政策、人間性などについて、長い時間をかけてテストされる。それは、国の行く末を国民の合意の下に決めていく過程そのものである。
 翻って日本では、実現しようとする政策も不明瞭なまま、民意とかけ離れたところで首相が決まり、リーダーシップを発揮しえず短期間で交代するという事態が続いている。5年間首相を務めた中曽根康弘氏から竹下登氏に代わった1987年末から今日までに、11人もの首相が誕生した。今、日本に必要なのは、低迷する経済状況の中で必要な改革を断行できる強いリーダーシップを持った首相である。
 「首相公選の会」では、日本世論調査会による「国民の87%が首相公選制を望んでいる」という調査結果を国政に反映させ、政治を変えようと努力している。具体的には、まず賛同者の署名を集める。目標数は国民の1割、1260万人である。従来のように街頭で署名を集めるだけでなく、インターネット(http://www.shushokosen.org/)を使った方法も試みている。そして、署名を集めた後、国会議員全員にアプローチし、賛同者を増やし、憲法を改正して首相公選制を実現させる。これが「首相公選の会」が描いている計画である。3月末に、「首相公選の会」は東京で全国大会を開いたが1000人以上の人々が集まった。国民の関心の高さを感じた。ここで基調講演を行った小泉純一郎氏は「首相公選は政治の規制緩和であり、10年以内に実現をしたい」と明言した。
 さらに、このような一連の動きを受けて「首相公選を考える国会議員の会」も「考える」だけでなく、実現へ向けて行動しようと「実現する会」と名称を4月に変えた。

首相公選制への懸念

 「首相公選制」には様々な懸念が付きまとう。それは、(1)憲法改正への危惧、(2)天皇制と絡んだ国家元首の問題、(3)人気投票になるのではないか、(4)首相と議会との関係、つまり議院内閣制か大統領制かの問題、(5)首相と議会の対立した場合の政治の停滞をどう解決するか、などである。首相公選制を中曽根康弘氏が初めて提起してから40年の歳月が経つが、これまで本格的な議論が行われてこなかったのはこれらの懸念によるところが大きい。そこで、以下に以上の問題点に対する私の見解を述べる。

(1)憲法改正への危惧
 首相公選は現行の憲法ではできないので、憲法の改正が必要である。しかし、それは最小限の改正ですむ。第6条の「天皇は国会の指名に基づいて内閣総理大臣を指名する」を「国民の指名に基づいて」に、また67条の「内閣総理大臣は国会議員の中から国会の議決でこれを指名する」を「国民の議決に基づいてこれを指名する」に変えればよい。
 実は、ここで言われる「憲法改正への危惧」とは、首相公選制の実現に必要な憲法の改正そのものに対するものではない。「憲法は改正できる」という真理に対するものである。一旦憲法の改正を認めれば、それはこれまで不可侵とされてきた「憲法9条などの改正に道をつけるものになる」とする危惧である。
 先日、公明党のある議員に聞いたところによれば、首相公選制の実現を党の公約とすることを検討したが憲法改正を必要とすることからその時は見送ったということである。民主党においても昨年の衆議院選挙で公約として「首相公選制の検討」を掲げたが、「実現」と言えなかったのはやはり同じような理由によるという。中には首相公選実現の動きを9条改正に向けた陰謀だと糾弾する声もある。そのような声を考慮して、憲法を改正しないで首相公選制を実現しようとする試みも提起されている。国民投票の結果を議会が承認するなどの方法である。しかし、かつて首相公選制の議論で憲法改正によらない実現を提言した憲法学者の小林昭三氏が、最近の著書の中で「現憲法下での首相公選はどんなやり方でも憲法違反になるという批判があった。もともとが、改憲アレルギーの強い状況下での苦肉の方法だったのである。だがそれよりも、姑息の感じを否めなかった。それに解釈改憲的の引け目がただよった」(注5)と述べているように、首相公選制を導入するには憲法の改正は避けて通れない。
 首相公選に必要な憲法改正を前述のように提案したが、今後、制度を具体的に構想していく中で上記以外にも改正を必要とする条項が出てくるであろう。昨年末、雑誌に掲載された自民党の山本一太・民主党の浅尾慶一郎両参議院議員による共同の試案(「首相公選制の手続きはこれだ」)では、首相公選に必要な憲法改正は九つとなっている(注6)。
 9条への懸念からすべての議論を止めるのではなく、日本のリーダーシップを如何に再構築していくかについて、あるべき姿を真摯に考えていく姿勢が必要がある。

(2)天皇制と絡んだ国家元首の問題
 公選された首相と天皇ではどちらが国家の元首であるのかと言う疑問である。これについてはまず、国家元首に関する法の規定はなく、元首が何かという定義づけはなされていない。現状では、天皇は政治的行為を行えないので、政治的行為を行うリーダーを選ぶ首相公選とは何の混乱も起こらないと考える。

(3)人気投票になるのではないかという危惧
 首相公選制導入に反対する論拠として「衆愚政治の危険性」がある。私は、首相公選制の導入は、政治における幕末の黒船のようなものだと考える。確かに導入当初は国民も不慣れであるから間違った選択をするかもしれないが、そこで危機感を抱き、妥当な方向へと収斂していくものと信じる。経験を重ねる中で人々の意識は成熟していくだろう。実際にアメリカ国民が大統領選で間違った判断をしているとは思えない。それはまた、選挙の際に党首を次期首相候補と明確にし、実質的に国民がリーダーを選んでいるといえるイギリスにおいても然りである。日本だけが失敗するとは思えない。しかし、失敗するならばそのときは日本という国は沈んでいくしかないだろう。自分の国のリーダーもまともに決められないだから。
 とはいえ、候補者の適性を問う仕組みをきちんと作れば、ある程度のリスクは回避できる。出馬の要件に一定数以上の国会議員の推薦が必要と規制すれば、政治に疎遠な国民の人気だけで出馬するような候補者をなくすことができるし、アメリカのような討論会を併用すれば、首相の資質を国民が問うこともできるだろう。

(4)議院内閣制か大統領制かという問題
 基本的な考えとして、これまでの我が国の制度である議院内閣制を踏まえれば行政府と立法府の協調関係を維持していくのが望ましい。議会との協調関係があれば、政権は安定して長期的なビジョンを掲げた運営が可能となるからである。そこで大統領制との違いとして大統領制は行政の議会への議案提出権はないが、公選された首相のもとには現状と同じく議案提出権を与え、議会をリードしていく権限を付与する。そうすることによって行政と議会の建設的な関係は維持されると考える。

(5)首相と議会が対立した場合、政治が機能停止に陥るのではないかという懸念
 これは、議会と首相がチェック・アンド・バランスを維持できるような仕組みを整えておくことで解決できる。具体的には、議会に2/3の決議による内閣不信任案決議を、首相に解散権を持たせることによって、議会と首相それぞれにチェック機能を保持させる。現行の内閣不信任案は議会の1/2によって決議できるが、これを2/3に引き上げる。これによって、不信任決議案の乱発を防ぎ、首相が適格性を欠くときの審判もできる。その一方、首相は解散権を持つことで、議会と首相の対立に一定の歯止めをかけることができる。
 首相公選制を廃止したイスラエルの場合は、国会が内閣不信任案を決議したときにしか首相が解散権を行使できず、首相の解散権は強く制限されていた。そのため、議会が首相を強く牽制できるのに対し、首相にはそれに対抗する手段がなかった。ここにイスラエルの問題があったと考える。イスラエルの経験を参考に制度を整備し、議会と首相のチェック・アンド・バランスを十分に機能させることによって、立法活動が停滞する危険性は避けられるだろう。

日本独自のリーダーシップの構築に向けて

 私は、国民がリーダーの上げ足取りをして首相を次々と変える現状を憂えている。すでに述べたように、中曽根氏以降の首相は取り替え引き換えであった。松下幸之助塾主は「政治に生産性を」と言われたが、このような状況では政治に生産性を望むことは到底無理である。それよりも、今のこの国には建設的な議論をする場が必要である。辞めさせるのは簡単である。それよりも次のリーダーを選び国を建て直すことの方が難しい。機能不全を起こしている今の首相制度を問い直すべきである。
 先の自民党総裁選では、王制を持つ国でリーダーを公選している国はないという理由で首相公選制に反対する候補者がいたが、現状の問題を見据え、わが国にあった新しいものをつくっていく挑戦を、これからの新しい世代を担う我々はすべきだと思う。小泉首相の誕生で首相公選制の実現へ向けて大きく動き出した。小泉首相の誕生は自民党の派閥の力学によらず一般党員がその勝負を決めたという点で首相公選に近いものであった。しかし、ここでもし小泉首相が失政を犯せば、「民意をバックにして就任した首相」という存在そのものの否定につながり、ポピュリズムに対する批判から公選制の議論も立ち消えになりかねない。そういった意味で、この運動は大きな岐路にさしかかったといえる。これから参議院選挙に向けて「首相公選の会」は全国でシンポジウムを開いて運動を盛り上げていくが、国民と共にあるべき国のリーダーの選び方を議論していきたい。

 

(注1)浅尾慶一郎・山本一太「首相公選制の手続きはこれだ」『中央公論』中央公論社 2001年1月号、嶋聡(衆議院議員)「首相公選制導入への道」『Voice』PHP 2001年3月号
(注2)株式会社共同通信社と、その加盟社のうちの計37社とで組織している世論調査期機関。
(注3)調査は全国250地点から20歳以上の男女3000人を層化二段無作為抽出法で調査対象者に選び、昨年12月2、3の両日、調査員がそれぞれ直接面接する方法で実施。転居、旅行などで会えなかった人を除き、1988人から回答を得た。回答率は66.3%。公選制賛成派の内訳は「賛成」55%、「どちらかといえば賛成」32%。
(注4)1992年に経済界、労働界、言論界の幹部や大学教授など各界の有識者たちが民間の立場で政治改革の機運を盛り上げようと「政治改革推進協議会(民間政治臨調)」を結成した。会長は亀井正夫・社会生産性本部会長。1997年7月に発足以来の名称・体制を「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」と改める。
(注5)「新しい日本をつくる国民会議」が昨年10、11月に全国会議員に対して行ったアンケート。アンケートは、欠員2人を除く衆参両院の国会議員730人を対象に調査票を郵送して実施。有効回答数は353人(48.3%)。
(注6)小林昭三『新憲法論・序説』成文堂 1996年
(注7)「首相公選制の手続きはこれだ」『中央公論』中央公論社 2001年1月号 pp160-167

<参考文献>
・小田全宏『首相公選』サンマーク出版 2001年
・小林昭三『新憲法論・序説』成文堂 1996年
・浅尾慶一郎・山本一太「首相公選制の手続きはこれだ」『中央公論』2001年1月号

 

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平山喜基の論考

Thesis

Yoshiki Hirayama

平山喜基

第20期

平山 喜基

ひらやま・よしき

衆議院議員鬼木誠 秘書

Mission

選挙と地方分権から民主政治を考える 食料問題 首相公選制

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