Thesis
すでに低水準にある日本の食料自給率がさらに低下傾向にある。自由貿易の風潮が日本農業を追い込んでいるからである。確かに物は安くできる所で作ってそれを買えばいい。しかし、今後の世界の食料事情を考えたとき、これまでのような安易な外国への依存は危険である。日本がとるべき食料安全保障政策について考える。
1965年に約1兆円であった日本の農産物の輸入額は、80年頃に4兆円に達するとそれを維持している。その結果、日本の食料自給率はカロリーベースで1965年に73%であったものが、80年には53%となり、2000年には40%にまで落ち込んだ。これは先進国中最低の水準である(図参照)。
■図 主要先進国の供給熱量自給率の推移 |
▲出典:農林水産省「食料需給表」、FAO"Food Balance Sheets"を基に農林水産省で試算。 |
この自給率低下の原因をみると、1980年代前半までは食生活の変化で米が以前ほど食べられなくなり、畜産物の消費が増えたことが主要因としてあげられる。しかし、それ以降は日本の農業の効率の悪さが国産食物の高コスト化を招き、円が強くなったこともあって輸入食物が急増し、自給率の低下に拍車をかけることになった。このような現状に鑑み、政府は2010年までに自給率を45%に上げようと目標設定している。しかし、仮にこの数値を達成したとしても、食料の半分以上を外国からの輸入に頼るという事実に変わりはない。日本の食料安保は世界の食料事情に左右され続けることになる。
ここで世界最大の農業国・アメリカの実態を見てみよう。アメリカは世界の食料庫として世界中に食料を供給しているが、そのアメリカも99年から2000年度には作付面積の減少や干ばつ等から穀物生産が消費を下回っている。今後はさらに地球温暖化などの環境変化が要因となって天候不良・異常気象を招き、農産物の生産に影響を及ぼすと懸念される。
このように供給面で不安定さが増す一方で、需要面でも世界の食料事情を悪化させると思われる事柄がある。一つは、開発途上国を中心とした大幅な人口増加である。現在、世界の人口は60億人だが、それが2050年には1.5倍の90億人になるという。もう一つは、中国、インドなどの発展途上国の所得水準の向上による畜産物の消費の拡大である。畜産物を生産するために大量の飼料用穀物が必要となり、穀物の需要が増大する。1996年に中国系経済紙『中国経済時報』が報じたところによると、2010年に中国で約1億3900万トンの食糧が不足するという。これは、全世界の現状の1年間の穀物総輸出量の約半分に相当する。これまで人口増加は「緑の革命」と呼ばれる多収量品種への改良と肥料投入量の増加などによってカバーされてきたが、先進国での農産物の収穫率はほぼ限界に達している。さらに、森林伐採がこれまでのようにできなくなることや、発展途上国の農地が経済発展に伴い他用途に転用されることなどによって農地の拡大も制約されると考えられる。
■表 四大食物生産大国における穀物収支 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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▲ 出典:レスター・R・ブラウン著『飢餓の世紀』ダイヤモンド社 1995年 |
表は四大食物生産大国の1990年の生産実績と2030年の生産見通しである。これでわかるのは、これまではアメリカが他国の不足分を補っていたということである。しかし、それも2030年にはカバーできなくなると考えられる。特に中長期的に見た場合、世界の食料事情は逼迫する可能性が極めて高い。加えて、近年の日本の食料輸入先をみると、輸入額ベースで1990年に北米46.2%、アジア34.3%だったのが、94年にはアジア42.5%、北米36.2%と逆転している。つまり日本の食料依存がアメリカからアジアに移ってきているわけだが、このことは日本の食料安全保障をさらに不安定なものにしている。なぜなら、この地域には将来的に食糧不足に陥ると予想される国々がひしめいているからである。
食料安全保障は軍事に匹敵するほど重要な問題である。農林水産省は食料安全保障政策を平時における安定供給と不測時の食料安全保障に分けて考えている。前者は国内の食料自給率の向上であり、後者は凶作や輸入の途絶等の不測の事態が起きた場合の備蓄の放出、輸入の確保、米麦等の緊急増産などである。しかしながら以上見てきたように世界の食料動向は長い目で見て逼迫傾向にある。それはつまり、不測の事態が頻発かつ長期的に発生することを意味する。日本は早急に長期的な食料安全保障政策を立案する必要がある。
まず根本的な解決策は、自国の食料を自国で確保すべく、食料自給率の向上を図ることである。日本は今後、貿易黒字が減少し、経済力が低下すると予想される。この点から考えても自給率の向上は課題である。しかし、食料自給率が40%まで低下した今、それを短期間で満足できるレベルにまで上げることは不可能である。日本の農業の効率化を図るためには農地の集約化が欠かせないが、農家にとって土地は先祖伝来の財産であり、そのような意識が集約化を阻んでいる。加えて、農業の改革には物流システムの見直し等多岐にわたる政策が必要だが、その面から考えても短期間での向上は難しい。食料自給率向上は究極の解決策であり、目標だが、現状の改善には寄与しない。長期的スパンで考えねばならない。では、当面の問題としてどのような対応策をとればよいのか。それは、輸入に頼っている60%分を安全・確実に確保することである。それについて二つの案を提示する。
まず一つは、日本の食料供給源となっているアジア、もっと言えば、近い将来、世界を食料不安に陥れるであろうと推定される中国やインドなどの食糧増産を、日本が積極的に支援することである。日本のODAの援助額の中で食糧増産に関するものは、わずか4%弱である。しかもODA削減の趨勢の中でそれはさらに減少傾向にある。また、農林水産分野での農業協力の分野別実績の内訳を見ると、90年度から97年度では食糧増産援助は全体の10%にすぎない。日本はこの分野で積極的に支援すべきである。具体的には、高収量品種の開発や二毛作を行うことなどによる土地利用率向上のための農業技術の移転や、低レベルにある中国の灌漑設備や用水の開発、農村のインフラストラクチャーへの投資をODA等で行うことなどが考えられる。現在、アジア全体の穀物反収は約3.0t/haである。先進国の反収は5.0~8.0t/haであるから、アジアの反収を先進国並みに上げるだけでも改善される。
もう一つは、FAO(国連食糧農業機関)が、アフリカで行っている食糧供給の早期警戒システム(Global Information and Early Warning System on Food and Agriculture :GIEWS)のアジア版を作ることである。FAOはアフリカでこのシステムを使って天候・作付面積等による収穫予想を行い、食糧の必要量に対する過不足を予測している。その値を参考に、米国農務省(USUDA)は、アフリカに対し行う援助の適量を決め、その結果を米国内の農産物の生産量に反映させている。このようなシステムをアジアにも構築するのである。それを日本が主導する。それは日本の利益にかなうことはもとより、食糧不足が予想されるアジア諸国の国益にもかなうものである。
現在、FAOにおいて、研究対象地域をアジア地域に拡大していく動きが起きているが、実現の見通しはたっていない。しかし、危機は眼前に迫っている。アジア各国はこれまで国別に行ってきた農業や環境などに関する研究や情報分析を提供し合い、各国が直面するリスク値を算出し、それに基づいて食糧の増産計画を立てるなど、国を超えてリスクに対処する仕組みをつくるべきである。
その実現の第一歩は、アジア各国が食料問題について危機感を共有できるかどうかにかかっている。日本は各国がこの危機感を共有できるように政府間の会議等で積極的に働きかけ、アジアの連帯を訴えてこれからアジアで発生すると予想されるリスクの低減に向けてリーダーシップをとるべきである。
日本は食料自給率40%の意味するところをよく認識し、早急に食料安保政策を立てる必要がある。それは、日本のみならずアジア地域の食料の確保、ひいては安定につながる。
<参考文献>
『平成11年度 食料・農業・農村白書』農林統計協会 2000年
レスター・R・ブラウン著『飢餓の世紀』 ダイヤモンド社 1995年
奥野正寛/本間正義編『農業問題の経済分析』 日本経済新聞社 1998年
松村寛一郎・玄場公規他『アジア地域における環境と資源の早期警戒システムの構築』第29回 環境システム学会論文集
Thesis
Yoshiki Hirayama
第20期
ひらやま・よしき
衆議院議員鬼木誠 秘書
Mission
選挙と地方分権から民主政治を考える 食料問題 首相公選制