論考

Thesis

アメリカに学ぶ日本の国家戦略

21世紀は文化の時代だと言われる。他国を軍事的・経済的に支配するハードパワーの時代から、文化的に魅了するソフトパワーの時代へと転換する中、日本の国家戦略はどうあるべきか、アメリカの例に学んでみたい。

ソフトパワーの時代

 20世紀の国際関係では一国の軍事力が決定的な影響を及ぼしたが、現在、大国同士による軍事的衝突は考えにくく、国家間の争いは情報力をベースに様々な分野で展開されている。その証拠に、経済指標は、GDPそのものの大きさよりも経済政策・人材育成・技術力などの観点から評価されるようになってきた。ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授も、「ソフトパワーを『強制よりは魅力によって国際関係上望ましい結果を導く力』と定義し、21世紀の国際関係にとって非常に重要である」と1996年に論文で指摘している。つまり、21世紀は、20世紀の国力の源泉である軍事力・経済支配力などのハードパワーよりも、文化・情報・環境などのソフトパワーのほうが重要になってくるということである。
 では、ソフトパワーとは一体何だろうか。私なりに定義してみた。

1.ソフトパワーとは相手を魅了する力
 アメリカの高等教育機関、ハリウッド映画、日本のアニメーション、ヨーロッパの町並みなど、余計な文脈を排除してその実体そのものが憧れの対象になりうる力。

2.ソフトパワーとはダイナミックな力
 時の政治的・経済的背景によって変化する力である。ほんの10数年前、世界中が日本型経営に学ぼうと多くのビジネスマンを東京に送り込んだ。バブル経済を背景に、当時の日本型経営は立派なソフトパワーとなり世界の企業を魅了していたが、たった10数年でその力は失われてしまった。ソフトパワーは常に変化している。

3.ソフトパワーとは相手から利益を引き出す力
 人々の消費行動を左右し、自分の利益に結びつける力である。観光はその最たる例であるが、自動車やブランド品など消費財の購入に際してもソフトパワーの果たす役割は大きい。実際、ルイ・ヴィトンの売上の60%以上は日本人向けとの統計がある。一国の輸出・観光・直接投資に、ソフトパワーは決定的に重要な役割を果たす。
 このように定義してはみたものの、依然として曖昧な概念であることは否定できない。ただ一つ確実にいえるのは、それは自分を利する力であるということである。

アメリカのソフトパワー

 現在、アメリカは国際社会の中で「唯一の」超大国である。そのパワーの源泉はソフトパワーに拠るところが大きい。ここでアメリカのソフトパワーの具体例を挙げてみよう。 まず情報力が挙げられる。1991年の東西冷戦の崩壊により軍事技術の民間転用が積極的に図られたが、その最大の成功例は通信技術である。現在、世界中に広がっているインターネットは、90年代アメリカ経済復活の最大の功労者である。通信プロトコル、OSなどスタンダードは全てアメリカ製である。最近新聞をにぎわせている国際的な通信傍受システム・エシュロンやデジタル化技術、コンピュータ処理、GPSは、先のボスニア紛争や、現在のミサイル防衛システムに大きな役割を果たしていると言われる。これらアメリカの「情報の傘」は、20世紀における「核の傘」と並ぶ安全保障のリーダーシップの源泉となっている。
 また、アメリカの高等教育の魅力も群を抜いている。アメリカは毎年40万人を超える留学生を受け入れているが、これはフランス(12万人)、ドイツ(10万人)、日本(4万人)を大きく引き離して世界一位である。世界中の優秀な頭脳がアメリカに集まり、アメリカ式の政治・ビジネスを学び、自国でエリートとして活躍する。またアメリカのエリート層と個人的なパイプを構築する。この構造は、アメリカにとって非常に大きな利益をもたらしている。
 観光も重要なソフトパワーである。JNTO国際観光白書によると、2010年における世界総生産に占める観光産業の総額は6兆6000億ドル(約800兆円)に達し、最大の産業になると予測されている。現在、この分野で世界最大のシェアを誇るのは、毎年7000万人もの外国人観光客を集めているフランスだが、それに続くのが5000万人のアメリカである。観光客を3人誘致すれば自動車を一台輸出したと同じ経済効果があるという。この面でもアメリカはしたたかに戦略を先取りしている。
 アメリカのソフトパワーの特徴をまとめると次のようになる。

1. 世界の情報をリアルタイムで収集できる能力
 アメリカが世界で飛びぬけた戦略国家であることは疑いない。それを支えているのが抜群の情報収集能力である。軍事からビジネスまで、国家が情報を重要視している。最近話題になっているエシュロンはそれを極端に示している。

2. 長期的なシナリオを描く能力
 わが国と決定的に違うのがこの長期的戦略性の有無である。IT、バイオ技術共に技術開発に着手したのは日本が先であったことは有名な話であるが、確固たる戦略の下、アメリカは日本に圧力をかけ、主導権をとった。戦略性と言い換えてもいいだろう。

3. 常にフロンティアを開拓していく能力
 西部開拓時代からインター・ハイウェイ、宇宙空間、サイバースペースに至るまで、アメリカは常に国家が新しいフロンティアを国民に提示し続けてきた。そして戦略性とあいまって常に世界市場をリードできた。次の舞台と目されるゲノムも抜かりがない。

4.自らの原理(自由・市場経済・民主主義)を世界に示せる能力
 アメリカは一貫して、国家の根底にある原理(自由・市場経済・民主主義)を内外に示し続け、世界中の国家とその原理を共有してきた。グローバル・スタンダードの究極はこれらの原理である。しかし、一方でアメリカのこうした態度は、国際社会の中で一方的な自国文化の押し付け、「アメリカの経済侵略・文化侵略」と非難されるようになっている。
 以上のことからわかるのは、アメリカのソフトパワーは常に国家が関与し、主導してきたことで創り出されたということである。

日本のソフトパワーの可能性

 このように見てくると、日本の国家戦略もソフトパワーを抜きに語ることはできない。しかし、現実には、日本にはこうしたソフトパワーに関する戦略が欠如している。IMD(International Institute for Management Development)の国際競争力ランキングで、日本の国際競争力は18位である(93年までは1位。)観光客、留学生、国際会議などあらゆる部門で不振である。日本が今後ソフトパワーの向上を図るにはどうしたらよいのか。そこで参考となるのが、イギリスの動きである。ブレア政権発足後、イギリスは国を挙げてソフトパワーの強化に努めている。以下、参考となるポイントを列挙する。

1. 国家機関を設置する
 国家文化機関、国際交流機関など国家の広報を担当する機関の統一したマネジメントを行い、自国の対外的イメージを管理する。イギリスではイギリス大使館、ブリティッシュ・カウンシル、観光庁、通商部における統一した対外広報を実現しており、その戦略策定には首相自ら参画している。

2. 幅広いメンバーの登用
 官僚だけでなく、民間人・文化人など幅広いメンバーを登用する。また意思決定・予算執行の権限は省庁・政治家から分離し、独立性を担保する。イギリスの戦略機関クリエイティヴ・タスク・フォース(Creative Task Force)は、ポール・スミスやリチャード・ブランソンなど著名文化人・財界人をメンバーに加えた。また、イギリスの文化機関ブリティッシュ・カウンシルの議決権・予算執行権は外務省から分離されている。

3. コア・コンピタンスの確認
 世界でもオンリー・ワンの資産を生かした文化戦略の策定が求められる。イギリスでは、世界で通用する資産として、英語、デザイン、アートをあげ、留学生の誘致・通商使節団の派遣・イベントの開催など大規模なマーケティング戦略・文化戦略を展開している。
 以上、イギリスの対外的ソフトパワー戦略について概観したが、こうしたエッセンスを利用するには、世界に対して訴求力のある日本独自のソフトパワーが求められる。日本がコア・コンピタンスを発揮できるソフトパワーにはどういうものがあるだろうか。
1. 携帯電話(ワイヤレス・インターネット)
 ハード機器のシェアこそ欧州企業に遅れをとっているものの、技術力ではまだまだ世界標準になり得る可能性を秘める分野である。

2. テレビゲーム(ハード、ソフト)
 ハード機器、ソフトともに日本が圧倒的な強みを見せる市場である。インターネットとの関連性を含めてハードにおける今後の展開は十分可能性がある。

3. アニメーション
 ポケモンをはじめとする日本のアニメーションは世界中の人々を魅了している。現在は個別的な動きにとどまっているが、人材育成、プロダクション、流通、テーマパークを含めてトータルなブランド化を進めれば、十分にソフトパワー足りえる。また、ヨーロッパの若年層を中心に日本への関心を高めており、高等教育など人材の受け皿を整備する必要がある。

4. ストリート文化
 主に東・東南アジアで広く受け入れられている日本のストリート文化は、若い世代での日本への認識を変えつつある。いまだ歴史問題を引きずるこの地域において、大衆文化の果たす役割は大きく過去の遺産を帳消しにする可能性を秘めている。
 アメリカの例と比べると、普遍性・哲学性において見劣りがするのは否めない。非常に流動的で、今後長きに渡って日本の優位が保障されているわけでもない。日本人が歴史の中で培ってきたライフスタイル・価値観に根ざしたものでなければソフトパワーの必要条件を満たすことはできないだろう。
 いずれにせよ、日本が世界に通用するソフトパワーを身に着けるには、国家的サポートが不可欠である。ハリウッド映画が20世紀におけるアメリカ消費文化を世界に喧伝する広告塔の役割を果たしたのは有名だが、その際、国家のサポートもぬかりなかった。税制優遇、テレビとの競合の回避、製作・流通の分離、資金調達手法など、国家がその重要性を理解した上で必要な援助をした。21世紀の文脈に沿ったサポートができれば、日本がソフトパワーをもつことは十分可能である。

 
<参考文献>
電通総研『ソフトパワー・ニッポン』1999年
竹中平蔵『ソフトパワー経済』PHP 2000年
 

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二之湯武史の論考

Thesis

Takeshi Ninoyu

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