論考

Thesis

日本再生に向けて

ここ数日間、松下塾主の講義ビデオを改めて見直してみた。建塾の主旨から日本・世界の再編成まで非常に壮大なビジョンを明快に語っておられたのを見て、松下幸之助クラスの人物がいかに稀有か、改めて実感するとともに、現在の世の中で議論されている問題の多くは本質を突いていないことの確信を深めた。

(1) 囚われた経済観

 そもそも松下政経塾の設立趣意書には、驚異的な経済復興を果たした戦後を評価しつつも、経済一辺倒の日本を憂いて建塾に至った旨が記されている。ビデオでも事あるごとに「経済は非常に発展したけれども、このままでは日本はやがて行き詰まってしまう。」と警鐘を鳴らしておられる。

 案の定、90年前後のバブル期に絶頂に達した経済発展は、その崩壊とともにストップし現在の冬の時代に入っているのである。経済発展のみを追求してきた日本人にとって当然の結末である(永遠に発展する経済などあり得ない)。

 その責任の多くは政治にある。日本だけでなく全世界的に政治の低迷が見られ、国民の批判の対象となっている。的を射ていない批判が多いが、政治が経済に凌駕されてしまったことは事実であり、人間の欲望をコントロールすることが難しくなっているのである。

 現在の日本は経済的苦境に陥っている。「失われた10年」と言われるが、いったい何の10年か。失われたのは「経済政策」ではなく、「日本人の精神」である。たかが10年で日本の国の問題を指摘することなどできない。「経済失政」を行うような人間が育ったのは団塊の世代をはじめとして戦後であり、「縮み思考」「個人主義」「右に習え」の日本人は「日本精神」を失った戦後日本人である。

 取り戻すべきは本来の「日本精神」である。無我無私、利他の精神で粉骨砕身この国・社会のために命を投げ打って努力する人が一体どこにいるだろう。今の世の中、「ビジネス・モデル」だの「マネジメント」だの、結局は己の金儲けと出世のことばかりを考える自称エリート(官僚やサラリーマン)が多すぎる。しかも偏差値の高い大学の学生ほどこの傾向が強いのがこの国の病である。システムをいくら弄っても、アクターは人間である。

(2) 組織・個人の運命観

 塾主は、「この国(日本)に運命があるならば、この塾に運命があるならば、この仕事(日本再生)はきっと成功するだろう」と述べている。また、「天が君等をして塾生たらしめた。天が僕をして塾主たらしめた。こう考えないと大きな力は出ない。己の小さな知恵才覚で入塾できたのだと考えると出来る事は知れている。」とも語っている。

 この運命観は非常に大切である。自分だけの考え、つまり人間だけの考えでは究極的な場面で金銭欲・権力欲・色情などに折れてしまう。人間はやはり弱い生き物であるからだ。自分の人生に何かの使命を感じそれに命を預けてしまう、という考え方であれば私利私欲にとらわれない生き方ができる。

 国にも運命がある。この国の愛国心は本当に歪んでしまっている。レストラン・ブティックなどで、アメリカ・フランス・イタリアなどの国旗を見かけることはあっても日の丸を掲げているような店はまずない。不思議な感覚である。また音楽からファッションにいたるまでもはや東洋の国とは思えない。

 しかし、塾主は言う。「21世紀はアジアの時代である。繁栄の周期はアジア、特に日本に回ってくる。その時の受け皿として人材育成をしなくてはならない」と。日本には非常に大きな使命があるのである。この点については、私も随分思索しており、3月の月例報告にも書いたとおりである。

 そう考えれば、世界の中で非常に大切な日本という国に生まれたことに誇りと自信をもつべきであり、その運命(道)にしたがって仕事をするべきである。

(3) 人間力

 2,3年前、世間では「IT革命」が盛んに叫ばれ、明治維新・戦後改革に次ぐ第3の大きな改革である、との主張が日本の論調であった。どういう観点からこうした主張が出てくるのか、理解しかねるが、第1、第2の改革とは大きな違いがある。それが人間力である。

 ペリーの来航から開国・倒幕・大政奉還・戊辰戦争へと国のシステムが全く変わる改革であった明治維新、本土空爆によってまったく焼け野原になった日本に呆然と立ち尽くすところから復興した戦後復興。まず現在の世の中とはレベルの違う危機感が国を覆っていただろう。その上、主役である国民のレベルが全く違った。自分の身近な祖父や曾祖父のことを考えても、明治・大正の人は気骨が違うな、と実感できるであろう。

 明治維新は日本人にもっとも親しみの深い歴史的事件であるが、その実は多くの血を流した革命であった。吉田松陰一派が有名であるが、彼らのほとんどは明治維新を見る前に亡くなった。第二次世界大戦は今更言うまでもない。このように文字通り命を懸けて日本を改革しよう、日本を守ろう、との気概が明治・戦中戦後と比べてどれほどあるだろうか。政治家・経営者・一般国民問わずである。

 いくら制度を正そうが、システムを変えようが本質的な解決にはならない。なぜなら制度・システム改正、それらの運用は人間がするからである。国とは人の集まり、会社とは人の集まり、国会とは人の集まりである。人間の質を上げない限り改革などできない。こうした本質にもっと目を向けるべきである。

(4) 科学万能への批判

 現在の世の中では、証明されるもの、論理的に説明できるもの、だけが真実であるとされる科学万能教の世の中である、と塾主は批判している。自分を動かす、政経塾を動かす、日本を動かす、世界を動かす、目には見えない大きな力は働いており、それを意識しないと世の中を変革することはできない、と言う。

 また科学は物事を専門化し過ぎるとも言う。政治・経営とは一体であり、別々に考えるのはよくないとする。専門的な知識にとらわれると、大局から物事を捉えることができずに、了見の狭い人物になってしまう。

 塾主が「21世紀はアジアの時代である。その時世界を救えるのは日本しかない」と言う理由も、「コンピューターやデータが弾き出したものではなく、直感的にそう思う」としている。こうした感覚は、宇宙の理法・自然の摂理を神(「God」とは根本的に違う)と感じた日本人が最も得意とするものであるはずなのに、現在では科学的思考しかできない民族になってしまった。

こうした人間本位の思考が、結局人間自身に降りかかるのは自明の理である。

最後に

 政経塾の目的を塾主は明快に語っている。

「これから世界は再編成されないといけない状況になってくるだろう。その時世界を救えるのはアメリカでもソビエト(当時)でもなく日本しかない。それを理解して、その受け皿となる人材を育成するのが目的である。」

「100年の間に日本は全てが変わるだろう。今ある橋・道路・ビルも百年は持たない。全てが変わらざるを得ないのです。人間というのは長久なる過去と未来の繋ぎ目です。我々は最善のつなぎ目となるべく国家100年の計を立てないといけない。それを諸君やろうというのが私の呼びかけです。」

 時代が変わった、変化のスピードが速い、など世間は不易よりも流行をおいがちである。しかし、政治家・経営者などリーダーであるべき人間はもっと大局で考えないといけない。経済を超えた本質的な問題意識を持たなければ、日本の再生は成功しない。

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二之湯武史の論考

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Takeshi Ninoyu

松下政経塾 本館

第21期

二之湯 武史

にのゆ・たけし

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