論考

Thesis

足元からの活動~益田市における「雪舟」

「歌の聖と画の聖ふたり眠れりこの郷に…」佐藤春夫作詞の島根県立益田高等学校の校歌の冒頭にもうたわれているように、益田市は歌聖・柿本人麻呂、画聖・雪舟の終焉地という伝説が残っています。益田市の観光パンフレット、案内板には「美しい自然 人麻呂と雪舟の町」というキャッチフレーズが載っているように、「雪舟ゆかりの町づくり」がすすめられています。益田市は島根県の最西端に位置し、日本海に面した人口約5万人、面積約300平方キロメートルの都市です。今秋には市制施行50周年を迎えます。

雪舟の一生

 雪舟は今の岡山県総社市に生まれました。幼時に涙でねずみを描いたという逸話は有名です。京都で修行していましたが、戦火を逃れて山口の大内氏のもとに身を寄せました。明(中国)に遣明使の一員として渡り、寧波では四明天童第一座に推され、北京では礼部院に壁画を描きました。帰国後に山口の大内氏と縁のあった益田氏に招かれ益田を訪問しました。益田では医光寺、万福寺にそれぞれ庭をつくり、益田城主「益田兼堯像」、「花鳥図屏風」などを描き残しました。その後、日本各地を転々とした後、再び益田を訪れ没しました。雪舟の一生は謎に包まれている部分も多く、各地に多くの言い伝えがあることも事実です。

改めて示した存在感

表1 特別展「雪舟」一覧

 期間入場者数会期
京都3月12日~4月7日220,472人24日間
東京4月23日~5月19日295,968人27日間=休館日なし
合計 516,440人 

 雪舟の没年には様々な説がありますが、1502年に没したという説で考えると今年は没後500年ということになります。3月から5月にかけて、京都と東京の両国立博物館において特別展「雪舟」が50年振りに開催されました。表1からもわかるように、両会場合わせて50万人以上がつめかけました。私も実際に特別展に行ってみて、入場された方々の熱気から、改めて雪舟の存在感を感じることができました。

国際的に評価の高い雪舟

 1955年、国連教育科学文化機関(UNESCO)の国際会議において、雪舟は世界十大文化人に東洋人としてただ一人選ばれました。表2に、他に選ばれた9人を示しています。また、旧ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)では切手に、1998年に開催された長野冬季五輪では公式ポスターにも選ばれました。このように雪舟は日本だけでなく、国際的にも高い評価を受けていることがうかがえます。

表2 UNESCO国際会議で選ばれた世界十大文化人

ベンジャミン・フランクリン科学者
モーツァルト音楽家
ドストエフスキー作家
ハインリッヒ・ハイネ詩人
ピエール・キューリー科学者
ヘンリク・イプセン劇作家
レンブラント画家
バーナード・ショウ作家
カーリダーサ古代インドの詩人

益田市における雪舟

 雪舟がつくった庭は世界で五つしかないと言われています。益田市にはそのうち今も二つの庭園があります。また、雪舟を招いた益田氏の居城「三宅御土居跡」や「益田城跡」をはじめとする中世の街がほぼそのまま残っており、研究者の間でも一級品との評価があります。来年に向けて「国指定史跡」を目指した活動がなされているところです。
 1988年、第一次日中親善使節団(益田市友好代表団)が中国・浙江省寧波市を訪問し交流を積み重ねた後、1991年10月に友好都市縁組を締結しました。雪舟ゆかりの町同士が結ばれたのです。寧波市との交流はその後、農業、スポーツと分野を広げ、少年同士の相互訪問も行ってきました。昨年からは市内病院で看護婦の研修生受け入れも始まっています。
 1989年、全国の市町村に一律一億円を交付し、使途を各自治体で自由に決定できる、竹下内閣の「ふるさと創生」事業において、益田市は雪舟筆の「益田兼堯像」を益田家より購入しました。また、終焉の地との言伝えのある場所に「益田市立雪舟の郷記念館」を建設し、一帯を整備しました。
 また、1990年からは雪舟にゆかりのある岡山県総社市、岡山県芳井町、山口県山口市、福岡県川崎町、大分県大野町と益田市の6自治体で「雪舟サミット」を発足させました。持ち回りで二年に一度、会議を開催しています。

地元で関心の薄い雪舟

 しかしながら、雪舟についての益田市内および近隣地域での認識は今ひとつ薄いようです。二つの庭園を訪れる市民は少なく、観覧者も二つ合わせて約2万人、雪舟の郷記念館も入場者が年間6千人程度と厳しい状態が続いています。
 理由は二つ考えられます。一つ目は現代日本において、自分の地域を見直したり、足元を見つめたりすることが極端に少ないことです。ヨーロッパなどに行って美術館に行く方々が以外に地元のことを知らなかったりします。ヨーロッパの芸術も素晴らしいですが、日本のそれぞれの地域にも素晴らしい芸術がたくさんあるのです。それらをもう一度見直せる仕組みをつくっていく必要があると考えます。地域の歴史を振り返る勉強会への参加、なければ企画・開催していくことなどが考えられます。長い目で見ると小中高の学校教育での「郷土教育」の見直しが必要でしょう。地域のことについて学ぶ機会を増やすことは郷土愛を育み、地域への愛着が増していくはずです。
 二つ目は「演出」の重要性です。益田市の隣町、人口約8千人の那賀郡三隅町に地元出身の画家・石本正氏の作品を集めた「三隅町立石正美術館」が昨春オープンしました。オープンから一年間で当初予想1万人をはるかに上回り、町民の三倍以上の約3万人が詰め掛けました。美術館の場所も市街地から離れ、とてもよい場所とは言えない所にありますそれでも地元のリピーターが多く今年からはJRも特急列車の停車本数を増やしています。
 私は石正美術館に行ってみて、リピーターが入場者の95%を越え、この不況時でも安定している「ディズニーランド」との共通点が三つ頭に浮かびました。それは以下の三点です。
1.雰囲気づくり
2.気さくな明るい応対
3.小まめなイベント
 ハード(ディズニーではアトラクション、美術館では絵画)が重要なのは言うまでもありませんが、繰り返し行ってみたいと思わせるかどうかは、ソフトの力だと思います。
 雪舟の郷記念館は開館から10年以上経っており、展示作品数も少ないので一概に比較することはできませんが、残念ながら上記の三点で当てはまるものがないのです。大掛かりな周辺整備による雰囲気づくりは費用も時間もかかりますが、すぐにでもできること、費用をかけなくてもできることを提言をしていきたいと考えています。
 また、最終的にはこれだけの雪舟の資産があるのですから、連携をしっかりしていくべきです。他の地域の雪舟とはまた違った趣があるはずですので、「益田の雪舟」を「どう見せるか」という演出が大事なはずです。これは雪舟に限らず、今後のまちづくり、地域づくりを考える上でも必要な視点だと思います。今後「益田における雪舟の演出」を自分なりに提言できるようにしていきたいと考えています。

世界に向けた情報発信~雪舟美術大賞「雪舟グランプリますだ」

 1996年、全国から絵画作品を募集した美術大賞「雪舟グランプリますだ」が始められました。テーマは「よみがえれ雪舟の画心」。雪舟だから水墨画というわけではまったくなく、あらゆるジャンルの作品が国内外から寄せられています。4回目の今年は国内35都道府県、韓国、中国、台湾から220の応募があり、年々広がりを見せています。また、島根県の県庁所在地・松江市の島根県立美術館でも初めて開催され、大きな評価を得ています。さらに、グランプリとは別に「国際交流展」も併せて開催され、中国・寧波市、上海市、韓国・仁川広域市からの74点が展示されました。
 2005年3月には美術館と大ホールなどの複合施設「島根県芸術文化センター(仮称)」が益田市内に開館予定です。「ハコ」をつくって「中身」はよそからでは文化が育つとは思えません。「雪舟グランプリますだ」のような内から湧き上がる「ソフト」がこれからも多く育つことが重要だと思います。また、これを通して国内はもとより世界に向けて情報発信をしていくことができるのではと考えています。

足元からの活動~資産を現代に活かす取り組みを

 二千年を越える歴史を持つ我が国は数多くの資産や史跡に恵まれています。益田市も例外ではありません。ですから、足元からの活動、内側から湧き起こしていく活動が重要だと思います。ただ、これからのまちづくり、地域づくりでは足元を見つめ、資産(史跡)を保存するだけでなく、現代に活かすソフトづくりが鍵を握ると私は考えています。そのときもこれまでの感覚で言うと「ハコモノ」や「リゾート」などに目が行きがちですが、地道に続ける活動こそ地域の真の力となるのです。また、新たなものを生み出す原動力になっていくのだと思うのです。口で言うことはとても簡単なことです。何かをやり始めても継続していくことはさらにエネルギーが必要で、難しいことでしょう。しかし、そこからしか本当の意味での「文化」が生まれてくることはないと信じて活動していきたいと思います。

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福原慎太郎の論考

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Shintaro Fukuhara

福原慎太郎

第22期

福原 慎太郎

ふくはら・しんたろう

株式会社成基 志共育事業担当マネージャー

Mission

「地域主権国家・日本」の実現 ~人と地域が輝く「自治体経営」~

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