Thesis
明治維新以後、日本は欧米に追い付くことを目標にしてきた。先の大戦の敗北にもかかわらず、戦後の驚異的な経済発展と成長により、今や世界第二の経済大国になった。しかし、日本人自身が心からの豊かさを感じているようには思えない。私自身、ロンドン、パリ、ウィーンなどのヨーロッパ各国やアメリカなど欧米諸国を訪れてみて、日本の生活レベルの高さを実感すると共に、文化的な奥深さや蓄積の面ではこれからだという思いにかられた。それには二点考えられる。一点目は明治維新以後の欧米志向の間でそれまでの文化を疎かにしてしまった。それは日本に文化の蓄積がないのではない。二点目は景観の問題である。今回はこの景観について述べたい。
ヨーロッパの各都市では新しい建物ももちろんあるが、昔からの伝統的な建物を大切に保存し、また現在も活用している。自然資産にしても同様である。松下幸之助氏はかつて「世界的に見て、日本ほど美しい自然に恵まれ景観が素晴らしい国はない。これだけでも十分に観光資源になりうる」旨の発言をされている。また、今年1月24日、第1回観光立国懇談会が開催され、日本政府もようやく観光に重点を置き始めたが、「…観光立国こそ、わが国の重要施策としてもっとも力を入れるべきものといえるでしょう。…(「文藝春秋」昭和29年5月号)」と今から約50年も前に既に「観光立国」を提唱されているのである。しかしながら、現在の日本はどうであろうか。日本の各都市を見る限り、残念ながら悲惨な壊滅的状況と言わざるを得ない。どの町に行ってもほとんど同じ市街地の景観になってしまっている。戦争による破壊もあったであろう。しかしそれは、ヨーロッパの各都市も同様である。私は景観がなぜ重要か。それは私たちの生き方、生活そのものである「文化」が現れる点だからである。人間の顔や身なりに人間性が出るように、景観にもその町なり、国が現れている。戦後日本では「義務」よりも「権利」を主張する風潮が出来上がってしまった。「自分さえよければいい」的なものである。それが至る所に捨てられるゴミであり、無秩序な都市形成に現れているのではないか。
私はこれからのグローバル社会の中で、日本は自国の文化や歴史を見つめ直すこと、それらをベースにしっかりしたアイデンティティを持つことが必要であると考えている。日本は経済的に豊かになり、今後はヨーロッパの国々や江戸時代の日本のように文化が今以上に花咲く時代になるであろう。その時に文化の蓄積を感じさせるのはやはり洗練された景観づくりにかかっているのではないだろうか。美しい景観をつくり出すには、私たちの生活から見直さなければならない。海や川など美しい自然を守るには汚水を流さないようにするなどである。
私の出身地である島根県益田市を例に述べてみたい。益田市は島根県の最西端に位置し、山口県に接している、日本海に面した人口約5万人の都市である。山陰地方の海岸は山が海まで迫った険しい地形が多いが、益田市には「三里が浜(持石)海岸」と言われる全長12キロメートルにも及ぶ白い砂浜がある。また、益田川とダムのない唯一の一級河川である高津川が市内を流れ複合三角州を形成している。さらに、上空から見ると竜がとぐろを巻いているように見えるところから付けられた蟠竜湖があるなど「水」資源には大変恵まれ、その他にも自然には恵まれている。しかしながら、現在ではただあるというだけで、これらを価値ある景観、資産として地域住民、行政などから認識されているとは思えない。中途半端にきれいな状況である。
文化面では、万葉歌人・柿本人麻呂の生誕終焉の地であるという言い伝えから柿本神社があり、中世に約400年間にわたって石見(いわみ)地方を支配した益田氏の時代からの史跡、街割も残っている。特に益田氏の居城である益田城(通称、七尾城)と居館である三宅御土居がセットで現存している例は現存でも珍しいらしく、専門家からも一級品との評価を得ている。これについては現在、国指定史跡に向けての取り組みがなされている。さらに益田氏が山口の大内氏のもとから招いた画家の雪舟が残した二つの庭園も地域内にあり、より価値を高めている。行政の方でも「中世文化の薫るまち」を目指し、「益田市歴史を活かしたまちづくり計画」を策定、景観の整備に取り組んでいる。実際に歩いてみて、夜のライトアップなどを見てみて以前よりは雰囲気もよくなったことは素晴らしいことである。しかし、これで果たして観光客が増えるかというと疑問といわざるを得ない。その周辺のみ整備された「点」になってしまっているからである。今後は地域全体に広げる「面」の展開が必要ではないか。地域住民の関心もあるようにはあまり思えず、これも今後の課題である。私自身は、石見地方の伝統である、褐色の「石州瓦?、また地域内で産出される木材を使って景観づくりしてはどうかと思っている。これら以外についてもあるが、益田氏の景観整備については今後調査を行いまとめた後、改めて自分なりの提案をしたい。
旅行や観光などで国内外の他地域を訪れてみて、「素晴らしい」と感じるのに景観の果たす役割はとてつもなく大きい。私だけではなく、多くの日本人も国内外を訪れて実際にそう感じているはずである。だが、自分達の住む地域の景観をよくしようということまではなかなか思い至りにくいようである。そのような中でも、元々地域にあったものを観光資源として甦らせた町も多い。運河を活かした北海道小樽市、負の遺産と思われていた赤レンガ倉庫を利用した京都府舞鶴市などである。これらの地域にも共通することだが、ただ古い建物を守る、きれいにしましょうでは住民の理解は得にくいであろう。「資源」「住環境」「来訪者の満足」の三者を調和させ、地域の持続的発展を目指す取り組みが必要である。私自身、今後さらに景観についての調査研究を重ね、提案を行っていきたい。
Thesis
Shintaro Fukuhara
第22期
ふくはら・しんたろう
株式会社成基 志共育事業担当マネージャー
Mission
「地域主権国家・日本」の実現 ~人と地域が輝く「自治体経営」~