論考

Thesis

市役所から見た地方自治

今月は益田市役所での研修を踏まえた今後の地方自治のあり方を考えてみたい。

県依存からの脱却を

 2000年4月1日からいわゆる「地方分権一括法」が施行され、国、都道府県、市町村は従来の主従関係から「対等」な関係であることが規定された。しかし、市町村合併を進めていく過程を通して、市町村と県の関係がまだまだ変わっていないことが見えてきた。市町村合併では都道府県は合併パターンをつくったりして支援しているが、住民が自ら考え、選択するのであれば基本的に県の役割は少ないはずである。しかし、これだけ県が前面に出てくると、住民の意向というより総務省の意向を反映しているように思われた。都道府県が市町村よりも国の方を向いているというのは島根県以外でもよく聞かれることである。「県庁に行くとふんぞり返っている」とよく耳にする言葉などからもとても住民の方を向いているとは思えないのである。

 しかし、原因は県だけにあるのではなく、残念ながら市町村にも県依存の体質があるということを滞在中に感じることが多かった。「県の指導を仰いで」などは典型的なフレーズである。自らのことは極力自ら決める、できないことは県とも相談するというようにしなければならないと思う。そういう意味での市町村の意識改革の必要性を強く感じた。地方分権がいくら進んでも今のままではよい行政サービスは期待できない。この点では、東京都杉並区長を務める山田宏塾員の言葉が大変印象深い。「これまでは区の部長は都の課長と打合せをしていたが、部長には部長、課長には課長が応対するようにしている。これが本当の意味での対等である。自分も『政治的決断』ができない会議には行かない。」このような状況は全国の至る所でこれまでは「普通」にされていたことだろうが、杉並区のようにトップ自らが意識改革を進めていることに見習うべきである。

市役所に誇りと時間とコスト意識を

「お役所仕事」。日本語で「お」を付けて悪い意味で用いられるのはこの言葉ぐらいしか思い浮かばない。残念ながら一般住民が行政職員の仕事に対して尊敬の気持ちを持っているとは言い難い。しかし、自治体や国など「公」に尽くす行政の仕事は、本来は素晴らしい職業であり、尊敬されるべき職業でもあるように思う。私が研修をさせていただいた益田市でも職員の方々に対する市民の目は厳しく、また誇りを持ってされている方も少ないように感じた。私はまず勤める職員の方々が市役所に誇りを持てるようにしなければならないと思う。誇りを持って仕事をすれば必ず市民の方々の理解も得られるはずである。

 自分のこれまでの民間企業での経験と比べても、行政職員の「時間」と「お金」に対するコスト意識は低いように思う。市議会の補正予算審議での課長答弁を聞きながら、時間とお金に対する「コスト意識」の低さを痛感した。さらに、9月議会冒頭に副議長人事で議会内の激しい対立があり、審議開始が数日遅れることになった。これには議会のコスト意識のなさも如実に表れていた。自らが税金の無題使いをしている議会が行政のチェックなどできるはずがない。私たち有権者もこれらにしっかり注目し、次回の選挙の判断材料にしなければならない。

 コスト意識が低いというのは当然のことながら民間企業だけが優れていて、行政が劣っているからではないはずである。民間企業はダメならつぶれる、職員はクビを切られるなど、そうせざるを得ない環境にいるからであり、大企業などにはコスト意識の低い人も多いのである。行政ではそういう心配がないのでどうしてもコスト意識は低くなる。人間誰しも置かれた環境によって変わってくるのである。これを解決するには、極力人数を減らして業務を進めるなど意図的に民間企業のような仕組みをつくる必要がある。それにはやはり首長のリーダーシップが必要であり、議会も含めた「政治」の力が試されるのである。

 自動車の営業マン時代の私はびっちりしたスケジュールの中、毎日忙しく飛び回っていたが、当日になって飛び込みの用件が入るなどパニック状態になることもしばしばであった。しかし、周囲のいろんな人の力を借りながら何とか切り抜けていた。また、やらなければならないと人間は「工夫」をするものである。「無駄を省く」ようになるのである。

仕事のスピードアップ~業務権限委譲

 「仕事が遅い」。行政に対してよく聞かれることである。行政のお金や時間のコスト意識の低さはそのスピードにも表れている。「補助金」などの目に見える無駄遣いもあるが、スピードの遅さから生じる「人件費」は無駄の最たるものである。「時間」に対するコスト意識は前述のように議会側にもあるようには思えない。「時間」=「人件費」である。このコストが何よりも高くつくということをしっかり認識しなければならない。また、早く処理すれば市民の方々に喜ばれるだけでなく、その分で別の仕事ができ、コストも削減できる。民間企業では当然のことだが、これからの行政でもスピードアップによる「人件費削減」を進めるべきである。

 では実際にどうしたらスピードアップできるのか。「意識改革」、「能力向上」はもちろんであるが、私は極力現場に近いところで判断できるようにすべきであると思う。部長よりも課長、課長よりも担当者という具合である。そうすることで、判断が早くなり、責任の所在も明確になるのである。国から地方に権限を委譲する「地域主権」もスピードアップによるコスト削減と責任の明確化が目的である。

税源移譲と補助金体質改善

「ハコモノ行政」が批判されて久しいが、国や県からの補助金の仕組みを見直さない限り、必要性が薄い、完成後の維持費をも含めた費用対効果の低い支出はなくならないであろう。自分のお金に置き換えてみるとすぐにわかることである。身銭を切るときは誰も真剣に考えるが、他人からもらえるお金であれば、コスト意識は極端に低くなるのである。市町村合併の過程でもさまざまな補助金などの措置があったが、これを垣間見ただけでも改善の必要性を感じた。これが各省庁別に張り巡らされているのであればなおさらである。

 税源移譲の必要性は以前から叫ばれているが、ほとんど進んでいないのが現状である。もちろん、島根県のようなところでは税源が移譲されればされるほど、財政的に苦しくなるのは間違いない。しかし、現在のままの地方財政制度では立ち行かなくなっていることは火を見るよりも明らかである。現在の「垂直的」な制度から、ドイツの「州間財政調整制度」のような「水平的」な制度に改める検討が必要ではないだろうか。

 小泉純一郎首相は、国と地方の財政・税制について、(1)地方への税財源移譲、(2)補助金の見直し、(3)地方交付税交付金の見直しの「三位一体」の改革を打ち出し、地方分権改革推進会議(議長・西室泰三東芝会長)に諮問した。しかし、残念ながら10月30日に提出された最終報告書では、焦点だった補助金の廃止・縮減は、義務教育の教員退職金など限定的なものにとどまった。さらに、国から地方への税源移譲については判断を避けた。各分野の補助金の削減目標総額も提示しておらず、全体的に関係省庁の抵抗を色濃く反映したものになってしまった。日本国のトップである内閣総理大臣の諮問機関がこのような報告しか出せないことに、怒りと失望で一杯になるが、これが現実とも言える。しかし、抵抗したのは官僚だけではないことを我々はしっかり認識する必要がある。政治家にもいわゆる「抵抗勢力」がいるのである。

 私はこの強力な壁を突き破って改革していくには「地域」、「地方」から変えていくしかないと思う。国政では政治家も官僚も利権と既得権益にまみれており、改革はほとんど進みそうにない。一番身近な市町村をしっかりした基盤のものにし、次に都道府県、国というようにしていかなければならない。つまりそれは我々国民がしっかりしていくということである。国民一人一人がしっかりと参加していかなければ、もはやこの現状を変えることはできないであろう。一刻も早く国民が「観客」から「主役」としての自覚を持たなければならない。この強力な壁を目の当たりにした今、「地域主権国家・日本の実現」という研究テーマは、私にとって一生のライフワークになるであろうことを確信した。どんなに壁が厚くとも、身近なところから変革していく勇気を持って挑戦していきたい。

Back

福原慎太郎の論考

Thesis

Shintaro Fukuhara

福原慎太郎

第22期

福原 慎太郎

ふくはら・しんたろう

株式会社成基 志共育事業担当マネージャー

Mission

「地域主権国家・日本」の実現 ~人と地域が輝く「自治体経営」~

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門