論考

Thesis

韓国大統領選挙調査報告

2003年12月19日(木)、第16代大韓民国大統領選挙において与党・新千年民主党の盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏がハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)氏らを破って当選した。松下政経塾22期生、23期生の有志6名と李光鎬研究員により投票日の一週間前より韓国国内において調査を行ったので以下に報告する。

目的

  1. 次期韓国大統領の選出過程の調査より、今後の日韓関係、東アジア地域の将来を考える
  2. 韓国の政治経済調査から今後の日本のあるべき姿を考える
  3. 韓国との人的ネットワークをつくる

 今回の韓国大統領選挙は21世紀の東アジア地域を考える上で大変重要な選挙であった。今回の選挙には合計7人の候補者が立候補したが、事実上二人の争いであったため、二人に絞って調査も行った。

候補者の横顔

  盧 武鉉 李 会昌
政党 新千年・民主党 ハンナラ党
生年月日(年齢) 1946年8月6日(56歳) 1935年(67歳)
政党基盤地域 全羅道(韓国南西部) 慶尚道(韓国南東部)
出身地 慶尚南道金海市 忠清道
支持層 20~30代 50代以上
学歴 釜山商高卒 ソウル大卒
前職 弁護士 最高裁判事

盧武鉉氏の当選は韓国社会の中で革命的なことである

 ご存知の方も多いが、韓国は日本以上の超学歴社会である。長幼の序、男尊女卑、形式主義、学歴主義など原理主義的な儒教の色彩が社会に強く反映している。また、韓国南東部の慶尚道と南西部の全羅道の地域対立が激しく、この問題は大きな社会問題であった。1000年の「恨(ハン)」をはらしたと言われた現・金大中政権も結局全羅道出身者を役職に多く登用する結果となり、地域対立を解くことはできなかった。

 このような韓国社会の中で、高校卒の選挙に何度も落選した盧武鉉氏が当選することは革命的と言ってもよいと思う。建国以来55年のこれまでの社会に対する大きな変革の流れが起こったのである。

「3金政治」の終焉

 韓国はこれまで、金鐘泌(キム・ジョンピル、忠清道、76歳)、金泳三(キム・ヨンサム、慶尚道、74歳)前大統領、金大中(キム・デジュン、全羅道、76歳)大統領の3人でいわゆる「ボス政治」が行われていた。金鐘泌氏は朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の側近として、金泳三、金大中の両氏は民主化運動のリーダーとして頭角を現した。政党も理念ではなく、これら3氏を頭に離合集散し、3人の対立が三地域の地域感情を煽り、地域対立を深めた。この30年に渡って続いた流れは「3金政治」と言われてきた。しかし、長く続いた「3金政治」も金泳三前大統領は既に政界引退、金大中大統領も今は影響力も少なくこれで引退、金鐘泌氏が総裁を務める自由民主連合(自民連)は今回候補者を擁立することもできなかった。今回の大統領選挙の中で3人はほとんど影響力がなかったと言ってよいだろう。世代的に近い李会昌氏が落選し、金大中大統領よりも20歳若い盧武鉉氏を支持する若手の流れをもう変えることはできないように思う。

20~30代の若手の行動が勝利に結びついた

 今回の選挙は有権者の約49%を占める20~30代の若手の行動が盧武鉉氏の当選を後押しした。新千年民主党、ハンナラ党の両関係者の選挙前の分析でも、上の表の通り、20~30代は盧武鉉候補、逆に50代以上は李会昌候補を圧倒的に指示していた。カギを握るのは「40代」と双方の陣営が分析していたのである。若手から見れば67歳の李会昌候補も「3金世代」と同様の旧体制の人間に見えたのだろう。これまでの韓国社会の状況を打ち破る新しい変化を強く望んだのだと思う。逆に盧武鉉氏の過去の発言から急進的な変化を望まない、また朝鮮戦争の記憶が残る50代以上の世代は盧武鉉氏を信用できず、李会昌を圧倒的に支持したのだと思う。また、強力な権力を持つ大統領の下で決してなくなることがなかった不正腐敗を打破することを韓国国民が強く望んだのも事実であろう。私は若手は腐敗=旧体制=李会昌と捉え、年配層は腐敗=金大中=民主党と捉えた面もあるのではないかと考えている。金大中大統領は数々の不正が告発されているが、盧武鉉氏は今回お金のかからない選挙を実践しただけでなく、敢えてハンナラ党地盤の釜山から立候補し落選するなど、不正とは無縁の人間である。

市民グループ、勝手連の選挙が組織選挙に勝利した

 今回の選挙で特徴的なことは「ノ・サモ」(盧武鉉を愛する支持者の集いの意) と言われる勝手連的なグループの活躍だった。会員は全国で約7万人いるとされ、「黄色」をイメージカラーに活動していた。黄色の帽子、ウインドブレーカー、マフラー、Tシャツ、ネクタイなど一目でわかるものをそれぞれが身につけていた。また、透明なプラスチック製の豚の貯金箱に募金し集めたお金が盧武鉉氏の政治活動の資金になった。民主党本部には全国から寄せられた多くの豚の貯金箱が山のように積み上げられていた。

 私は今回の盧武鉉氏の選挙を通して、横浜市長に昨年当選した中田宏塾員、長野県知事の田中康夫氏の選挙が思い浮かんだ。首長選挙ということもあると思うが、日本と韓国での市民活動の大きな流れを感じた。ただ、日本の場合はまだ局地的であるが、韓国では今回全国的な動きとしてだった。

再起はない鄭夢準氏

 盧武鉉氏を支持していた「国民統合21」代表の鄭夢準(チョン・モンジュン)氏が19日の投票日前日の18日深夜に盧候補への支持を撤回した。鄭夢準氏の行動は韓国国民に受け入れられないだろうし、再起はないと私は考える。

 韓国サッカー協会会長、国際サッカー連盟(FIFA)副会長を務め、2002年の日韓ワールドカップを誘致・成功の立役者でもある鄭夢準氏は日本でも知っている人も多いだろう。現職の国会議員であり、財閥・現代グループの創業者・故鄭周永氏の息子でもある。ワールドカップ前から次期大統領候補の呼び声は韓国国内のみならず日本でも高かった。長身のスマートなスタイルにハンサムと外見も申し分なかった。

 ワールドカップ後には新党「国民統合21」を立ち上げ、大統領選挙に布石を打ってきたが、11月に盧武鉉氏と候補一本化を進めた結果、候補者の座を盧武鉉氏に譲ることになった。この「国民統合21」は現職議員が少なく、落選中の前職が多かったことから鄭夢準氏の人望に疑問を呈する人もいた。

 今回、投票日前日の支持撤回に激震が走った。これが大きな原因と見られ、投票率は前回の80.7%から70.2%へ10ポイント以上も下がった。有権者がしらけてしまい、投票の意欲を失ったと韓国マスコミは指摘している「国民統合21」の幹部も19日のうちに幹部64人が離党し、ほぼ崩壊した。

 原因は18日の演説での盧武鉉候補の鄭夢準氏への発言に激高したなどいろいろ言われているが、いずれにしても韓国国民は彼の行動を支持しないであろう。また、ワールドカップでの期待値が高かっただけに、失望も大きいのではないだろうか。今回当選した盧武鉉を支持した若手の理由は「筋を通す」ことに対する信頼感だっただけに鄭夢準氏の失った信頼は大きく、前述の人望を絡めても私は大統領選挙候補者としての再起はないと考えている。

 私がそう考える理由はもう一つある。今回の訪韓前の事前調査の一つとして、鄭夢準氏の著作「日本人に伝えたい!(日経BP社刊)」を読んだ。ワールドカップ開催前夜の話はとても興味深かったが、彼の歴史認識については疑問を持たざるを得なかった。日本についてはかなり勉強をされているようだが、日韓併合以来日本が行ったことは「全て悪」という記述であった。いわゆる韓国政府やマスコミの歴史認識と同様であった。併合時代の鉄道建設についても朝鮮戦争で破壊されたのだから、現在のものは韓国人の手によるものであるという主張である。竹島問題にしても過去の経緯に触れないで、韓国の固有の領土だと言われている。さらには現在の南北の分断が日本にも原因があるとのこと。GHQ(連合国軍総司令部)支配下で国家主権を剥奪されていた日本が何ができるのだろうか。一般国民ならまだしも国会議員の見解とは思えないのである。私は訪韓前に鄭夢準氏は未来の大統領にふさわしくないと既に考えていた。私自身も期待感があっただけに大変残念であった。日本に不利になるからという意味ではない。私は一国のリーダーとなるべき人間は正しい歴史認識を持たなければならないと思う。美化する必要もなければ、卑屈になる必要もない。事実を事実として認識するだけである。

「若手」が動けば日本の政治も変わる!

 今回の大統領選挙は若手の勝利と言ってよい。日本も各選挙で低投票率の若手が投票行動を起こせば政治は劇的に変わるといってよいだろう。しかし、残念ながら現在はその気配はない。おそらく自分達の行動で政治を変えることができるという実感を持ててないからだと思う。前述の横浜市長選挙や長野県知事選挙のような形が広がることが必要ではないだろうか。そのときに細川政権の退陣や村山政権の誕生などの政治の側は決して許されないことを肝に銘ずるべきである。

 韓国はソウル首都圏へ全人口の約半数が住むなど日本以上の一極集中が進んでいる。地域主権は確立されていないが、大統領選挙の過程を通して国民の政治参加意識を感じることができた。日本でも遅くとも来年までに衆議院選挙があるかと思うが、首相公選にしなくとも政権選択はできると考える。新しい政権の選択肢を有権者に示し選挙に各政党が臨むことを望みたい。

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福原慎太郎の論考

Thesis

Shintaro Fukuhara

福原慎太郎

第22期

福原 慎太郎

ふくはら・しんたろう

株式会社成基 志共育事業担当マネージャー

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「地域主権国家・日本」の実現 ~人と地域が輝く「自治体経営」~

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