論考

Thesis

対外援助の外交的意義

1.はじめに

 ワシントンDCでの研修活動中に、私は、国際協力機構(JICA)のアメリカ合衆国事務所の米田博所長にお会いしていただく機会を得た。これまで東アジアを中心とした日本外交を研究テーマにしてきた私にとって全く勉強不足の領域であり、なぜ対外援助が必要なのかという基本的な命題や、対外援助をさらに増やしていくべきであるという考え方を理解することができ非常に貴重なお話を伺うことができた。

米田博JICAアメリカ合衆国事務所長と

2.国際協力機構(JICA)

 国際協力機構(JICA)は政府開発援助(ODA)のうち、技術協力の実施機関として開発途上国の社会・経済が自立的・持続的に発展できるよう、国づくりを担う人材の育成を中心に様々な協力活動を実施している。最近ではHIVやSARSなど感染症に対する支援、市場経済化や法整備に対する支援、アフガニスタンや東チモールなどの平和構築・復興支援など、国際情勢や開発途上国のニーズの変化に対応し、その活動範囲も多岐にわたっている。JICA事業の費用は2002年の実績で、1,582億円の技術協力実績があり、そのうち45.7%がアジア地域への協力である(中南米17.3%、アフリカ14.1%、中近東8.6%と続く)。JICAは2003年10月1日に、独立行政法人国際協力機構として生まれ変わり、元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんが理事長に就任した。新生JICAのパンフレットの中に「JICAの独立行政法人4つの柱」として次の4項目が掲げられている。

(1)成果重視と効率性の見直し
(2)経営および事業の透明化
(3)市民参加の推進
(4)平和構築、復興支援事業の強化

 新生JICAの柱の第一番目に「成果重視と効率性」が問われていることに若干の驚きを隠せなかったが、多分に日本の経済援助への風当たりが、日本国内において激しいことを反映しているのであろう。

 緒方貞子理事長は2003年10月1日に行った就任演説において、「開発援助は『現場』が一番大事だと思います。JICAは現場で働いておりますが、『現場の目』というものを『JICAの目』として、それを生かしていく仕組みを作っていくことが大切です」と述べている。

「成果重視と効率性の見直し」が「現場の目」で確実の行われることを期待せずにはいられない。

3.9・11同時多発テロ後の米国の対外援助政策

 米田所長は、2001年の9.11同時多発テロの直後にワシントン事務所に赴任した。それまでアフリカ地域や中東地域の開発援助最前線の現場を歩いてきた米田所長は、9.11テロ後に見せたアメリカの対外援助に対する姿勢の変化は注目せざるをえないものとなった。

 ブッシュ大統領は2002年3月に、アメリカの援助額を2004年度から3年間で総額50億ドル増額すると演説したのである。

 さらにブッシュ大統領は「途上国開発のための新しい約束」と呼び、改革が進めれば進めるほどその国に援助資金がまわり、進まない国には援助資金がまわらないという条件を示した。

 米田所長は、同時多発テロ後のアメリカの援助予算増額をめぐる経緯から、以下の二つのことを考察している。

 ひとつは、アメリカの対外援助の予算規模は、軍事予算との比較で議論されているということである。軍事予算を480ドルも増やすのに対外援助は50億ドルしか増やさないといように常に二つの関係が議論されているという。そして援助関係者からは、軍事予算は桁違いに大きいのに、平和的手段による開発援助にあてる予算はあまりにも少ないとの嘆きがあるのだ。

 もうひとつは、過去に実施された最大の援助プログラムである「マーシャルプラン」との比較である。

 アメリカがマーシャルプランによって五年間にわたり支出した援助額は、現在価値に置き換えると年間200億ドルになるという。冷戦がはじまり、拡張する共産主義の恐怖から最大級の対外援助を実施したのである。

 今回の援助増額が実現すると150億ドルであることと、マーシャルプランを単純に比較すると、冷戦の恐怖から実施されたマーシャルプランがゼロから200への増額であったのに対し、テロリズムの恐怖から実施された今回の増額は100から150へのたった50しか増えていないことになる。

4.対外援助の外交的意義

 同時多発テロ後の対外援助をめぐる議論の経緯の中で、イギリスのゴートン・ブラウン財務長官はかつてアメリカが実施したマーシャルプランに関し、次のように述べている。

「第二次世界大戦のあとアメリカは、マーシャルプランという歴史上前例のない構想を打ち出し、飢え、貧困、絶望、混沌といったものに取り組む経済社会的な方法を編み出し、実践した。GDP比の一パーセント以上に相当する資金を数年間にわたり貧困に捕らわれた国々に提供したのである。但しそれは慈善事業として行ったのではない。経済的な『繁栄』は『平和』と同じようになくてはならないものであり、また、その経済的繁栄は持続するものでなければならず、かつ、多くの人によって分かち合えなければならないと認識されていた」

 つまり「一国の安全保障」は「世界を再建すること」と密接に関連していると認識されていたのである。

 私は、米田所長にお会いしたときに、私自身の対外援助の考え方として、「日本の意思表示の一つ」と述べた。日本は外交的手段として、例えば以下のようになる。

(1)相互対話

(2)経済制裁

(3)武力行使

 (1)から(3)に行くほど、日本の意思は強くなるという意思表示の仕方があり、私は対外援助も日本が対外的に自らの意思を表示する一つの方法であると考えていた。しかし、米田所長のお話を伺い、また論文を拝読し、日本の対外援助も日本の安全保障を考えていく上で、少し考え方が変わったように思う。

 対外援助とは、「平和」と「繁栄」という日本の国益のために、直接的に影響を及ぼす日本外交の積極的な手法なのだと思った。

 米田所長は、現場を長年歩んできた方である。米田所長は、「現場」の重要性を述べるとともに、「現場に埋没してはいけない」ともおっしゃっていた。現場での経験を元に大局的な視点にたって理論構築し、それを実践していくことの重要性を語っておられた。非常に実感のこもったお話であり、説得力のあるお話であった。

 今一度、緒方貞子理事長の就任時の、「開発援助は『現場』が一番大事だと思います。JICAは現場で働いておりますが、『現場の目』というものを『JICAの目』として、それを生かしていく仕組みを作っていくことが大切です」というお言葉が強く実感を伴って響いてくる。

【参考文献】
米田博「ワシントンポスト、ニューヨークタイムズに見るアメリカの対外援助(2001年10月~2002年9月)-ミレニアム・チャレンジ・アカウントの系譜-」(JICAアメリカ事務所長報告、2003年2月)

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小野貴樹の論考

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Takaki Ono

松下政経塾 本館

第23期

小野 貴樹

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