Thesis
私は、2004年3月14日から二週間、台湾を訪問し、主に台湾総統選挙を視察してくることを予定している。これまで日本や米国で多くの台湾出身の方々と知己になり、いつか台湾を訪れたいと思っていたものの、なかなか台湾を訪問することができなかった。
今回、台湾を訪問するにあたって、このような機会を与えてくださった松下政経塾の方々、松下幸之助塾主にあらためて感謝したい。
今回の訪問の目的は、台湾総統選挙を視察してくることのほかに、今後の台湾をめぐる問題を私なりに観察してくることである。本稿では、台湾総統選挙視察に先立ち、様々な台湾に関する文献を読んだ中で特に感銘を受けた李登輝氏の日本論を紹介するとともに、台湾総統選挙に関する現状を認識することを目的とする。
私にとって台湾を考えるとき、やはり李登輝元総統の存在は欠かせない。李登輝元総統によって、台湾の問題を日本人として深く考えさせられ、また李登輝氏の日本論には多くのことを教えられた。特に、李登輝氏は22歳まで日本国籍であり、京都帝国大学で農業経済を学んだ経験があるだけに日本に精通している。著書の『台湾の主張』の中で述べられている日本に対する洞察は非常に的確であり、松下政経塾出身者として学ぶべきことが多いと考える。
(1)指導者には信念が必要であること
「日本人はどのような場合にでも、非常にまじめで、何事にも真剣に取組むのだがこの取組み方が智嚢(※1)のやり方なのである。経済において発揮されたのも、この真面目さであり、また政治においてみられるのもこの真剣さに他ならない。しかし、こうした真面目さや真剣さによって作り上げられた各部分は優秀でも、部分を組み合わせて全体で実践に移す場合には、また別の要素が要求される。私に言わせればこの別の要素とは、日本人が考えているような『能力』ではない。もっと精神的なもの、いわば信念といったものによって支えられているのである。」
(2)日本人は自身が欠落している
「日本人には信念が希薄なのである。少なくとも現在の日本人には、コンフィデンス(自身)が欠落している。そのために自分に対する信頼感が持てず、堂々と実行に移す迫力が感じられないのである。」
(3)精神修養の必要性
「政治家にかかわらず現在の日本人は、かつてなら精神的な修養といわれたような鍛錬を行わなくなってしまった。合理的な発想からいえば『能力』を開発すればいいのだろうが、人間はそれほど単純なものではない。私(李登輝氏)が日本思想から得た大きなものは、実はこうした精神的な鍛錬の部分ではなかったかと思うのである。日本人がなさねばならない鍛錬とは、『能力』と『利害』から隔絶した体験をすることによって、この偏りを矯正することにあると考える」
(4)李登輝の考える精神修養
「そこで私(李登輝氏)があえて勧めたいのは精神的修養、たとえば道場で座禅を組んだり、朝早く起きて人の嫌がる掃除を行う訓練をしてみることである。これは実に単純なことかもしれないが、現在の日本から消滅してしまったことであり、同時に今の日本の政治家にかけていることは何かという問題につながるテーマでもある。政治家が『能力』と『利害』によって判断する限り、そしてこの方向で人間が教育される限り、日本の政治に幅や大局観などうまれるはずはない。」
(5)政治家の資質
「政治家は、ときとして『能力』と『利害』は無視できるようにならなければならない。そのためには『大きく太く』ものごとを把握できなければならない。政治家に必要なのは、『大きく太く』ものごとを押さえる信念に裏打ちされた力である。」
「問題は『信念』なのだ。自らに対する信頼と矜持に他ならない。現在の日本の政治的混迷をみるたびに、そして様々な日本社会の停滞について耳にするたびに、私はそのことを思い出すのである」※2
日本論に関する考察だけでなく、李登輝氏は今後の台湾に関し、明確なビジョンを持った人であると思う。今回の台湾視察では、李登輝氏のお話を伺う機会はないであろうが、李登輝氏の理念が現在の台湾にどのようにいかされ、今回の総統選挙にどのように反映され、今後、どのように辿っていくのかを観察の一視点にしたいと考えている。
今回の総統選挙に関することをここで簡単にまとめていく。
まず今回の選挙では現職の陳水扁氏と国民党の連戦氏が争う構図である。2月21日に行われたテレビ討論においては、両氏が外交問題、両岸問題、国防政策に関して意見を交わしている。
外交政策に関しては、陳水扁氏は「台湾は主権独立国家であり、中国の一部ではない。現行憲法に基づき国名を中華民国とし、いかなる現状の変更にも、すべて国民の公民投票による同意を必要とする」と主張し、連戦氏は「中華民国は自立した一主権独立国家であることで、『一つの中国』を敢えて協調するならば、それはすなわち中華民国を指すものである」と述べており、台湾の地域を主権独立国家であることを主張する点や国際社会への積極的な参加を目指すという点で一致するものの、台湾を強調する陳水扁氏と中華民国を強調する連戦氏の違いがでている。
両岸政策に関しては、陳水扁氏は「主権の争議はあり得ない。引き続き両岸関係の正常化を推進し、平和の原則のもとで中国と早急に交渉を進めることを希望する。5月20日までに、正式に北京に最初の駐在代表を置きたいと考えている。私の最大の期待は、次の任期中の4年のうちに胡錦涛国家主席と握手し和解することだ」と述べ、連戦氏は「いわゆる『一つの中国』を終始強調しているわけではなく、両岸は平和で対等であり、相互尊重の立場で向かい合うべきであるということだ。こうした原則のもと、『一つの中国』を敢えて協調するならば、その『一つの中国』とは中華民国を指すものである。もうこれ以上統一、独立問題や政治問題の議論をすべきではない。これらの問題は今後歴史が決めるであろう。」(※3)と述べている。両氏の大きな違いは、連戦氏がこれ以上統一、独立問題や政治問題の議論をすべきではないと述べている点で、現状維持のまま両岸の問題を後世の判断に任せようとする姿勢である。一般的には、陳水扁氏が、台湾を独立した国家とみなすことを強調しているのに対し、連戦氏は中国に友好的な態度をとるという違いがある。国内的な政策においては、徴兵制を連戦氏が現行の二年間から三ヶ月間に短縮すべきだと主張しているほかはあまり差がみられない。
日本にある台北駐日経済文化代表処のある方に聞いたところ、両者は支持率が拮抗しており、今後の動向はまったくわからないとおっしゃっていた。3月9日の『聯合報』によると、国民党の連戦氏が41%、民進党の陳水扁氏は38%の支持率であるという。21%が支持を決めていないと回答している(※4)。さらに6日付の『中国時報』によると、陳水扁氏39.8%、連戦氏38.1%と同様に伯仲した調査結果がでており(※5)、今後の予想は全く見当がつかない。
注目すべきは大陸の反応であるが、中国の李肇正外交部長は6日の記者会見で「外部勢力が中国の平和統一プロセスを妨害することは絶対に許さない。世界には一つの中国しかなく、大陸と台湾はいずれも一つの中国に属する。血は水よりも濃い。台湾問題は中国13億人の民族感情にかかわることだ」と述べている(※6)。また中国の第10期全国人民代表大会第2回大会で、温家宝首相は政府活動報告の中で、「いかなる形の台湾独立・分裂活動にも断固反対する」と表明している。一方で「大陸にいる(ビジネスマンなど)台湾同胞の正当な権益を保護する。中国は最大の誠意と努力を尽くし、祖国の平和統一を目指す」とも語り、陳水扁氏への直接的な批判を避け、総統選を前に台湾の有権者を過度に刺激しないように配慮した。
※1…深くたくわえ持つ知恵。知恵ぶくろ。知恵者。
※2…李登輝『台湾の主張』(PHP研究所、1999年)、157-163頁。
※3…台湾駐日経済文化代表処ホームページ「両総統候補が二回目のTV討論-外交、両岸、国防問題で意見表明」 http://www.roc-taiwan.or.jp/news/weeknews319.htm
※4…『読売新聞』、3月10日。
※5…『中国時報』、3月6日。
※6…『時事通信』、3月6日。
※7…『読売新聞』、3月5日。
Thesis
Takaki Ono
第23期
おの・たかき
Mission
北東アジアスタンダードの構築に向けた日本の取り組み