論考

Thesis

日中FTA・EPAの政治的インパクト ~21世紀の新しい日中関係~

「21世紀はアジアの時代である」(松下幸之助)21世紀のアジアの時代に、時代認識を踏まえ、さらにこれまでの歴史的な大きな流れを捉えた上で今後の日中関係を考えていくことが重要である。中国に対して日本は、冷静な視線で変化を察知し、その変化にあわせた将来シナリオを描く必要がある。

1.はじめに

 これまでの日中両国の歴史は、古代にまで遡ることができるほど長い。これまでの歴史の日中関係の型は主に二つに型があったという。一つは、近代に至るまでの、強大な中国に対して日本が中国文化を受容する「強中国-弱日本」型であり、もう一つは現代に見られた「強日本-弱中国」の型であった。21世紀にはこれまでの歴史上みることのなかった「強日本-強中国」という全く新しい日中関係が創出する。

 この新しい日中関係の時代に、二国間の関係は冷戦崩壊後の国際上情勢の変化を受け、これまでに様々な調整を行ってきたといえる。現在、両国の関係には様々な問題が横たわっているが、これらの問題を解決する一つの方策として、日中自由貿易圏構想(日中FTA)、さらには日中経済連携協定構想(日中EPA)が一つの検討課題として考えられる。

 なぜなら日中FTA・EPAの実現には、その制度そのものの経済的な効果だけでなく、日中両国の国内の政治問題や、日中二国間関係、さらには東アジア地域への影響など、その政治的なインパクトは非常に大きいものと考えるからだ。そしてその影響が、それぞれの問題の領域において、非常に良好な影響を及ぼすと考えられるのである。

 本稿では、日中FTA・EPAが与える政治的なインパクトを、簡潔に抽出していくことを目的とする。さらに政治的インパクトを、一つは日本国内の政治問題、二つ目は日中関係の問題、三つ目を東アジア地域協力への影響からそれぞれ抽出し、検討していく。

2.日中FTA・EPAの政治的インパクト

A) 日本国内の政治問題-農業問題と国会の状況

 日中FTAを実現するために、日本国内の政治問題として必ず浮上するのは、農業問題である。日中間に限らず、FTAをめぐる交渉では必ず農業問題が浮上する。2002年1月に調印された日本とシンガポールの「新時代経済連携協定」においても、農水産物については実質的に関税撤廃から除外されている。

 日本がなぜ隣国である韓国や中国に先駆けてシンガポールと経済連携協定を締結したのか理由は簡単である。シンガポールは貿易に対するGDPの比率が327.3%(日本は19.1%)と典型的な中継貿易国であり、農業問題が浮上する可能性が極めて低かったからである。しかしながらシンガポールとの交渉過程において、“金魚”の輸入関税引き上げが焦点になっただけで農水族議員たちはFTA交渉を拒否したという経緯もある。

 それだけにFTAと農業問題は関わりが深く、日本のFTA実現に向けた大きな阻害要因となっている。しかしながら例えば、2001年4月に日本が中国に向けて発動した農産物三品目に対する暫定セーフガードを発動した際には、その後の中国側の報復関税により自動車やエアコン、携帯電話の輸出減を余儀なくされた。日本自動車工業会によれば、自動車だけでも2001年の損失は512億円となり、報復措置が2002年にも続いたとすれば損失額は4200億円にのぼるとみられていたという 。つまり、一部の農家の保護を目的とした農業政策によって、消費者やユーザーが農産物に高い費用を払うだけにとどまらず、日本の製造業においても高い代償を支払う結果となっている。

 農業保護政策は相応の根拠と妥当性があるので否定することはできないが、過度の保護政策や農業製品の競争力の低下は、FTAの採用によって日本の農業に良い効果がもたらせると一般的には言われている。しかし、それを阻む最大の原因は実は「政治=政治家」であるのが実情ではないだろうか。これまで農業に従事する有権者の多い地方では長い間、自由民主党のいわゆる族議員を多く輩出してきた。族議員は選挙に勝つための一つの方策として、農業保護を強く推し進めてきた。

 しかしながら限られた生産要素の中で、効率的な農業を進めることにより少子高齢化時代に対応できる、さらには国際競争力のある農業が実現するのではないだろうか。持続可能な成長を農業分野にもたらすことができるという長期的な視点に立って政治家は決断していく必要があるのではないだろか。

 2004年7月、日本では参議院選挙が実施された。その結果、多くの農業従事者が有権者となっている東北地方では、青森県、岩手県、秋田県、宮城県、福島県、山形県の6県で参議院選挙の定数8人のうち、自由民主党の当選者はわずかに3人、民主党の当選者は4人(無所属1名)となった。そのほかの地域では、中国地方や四国地方では、やはり自由民主党所属の候補者が圧勝したが、九州では定員8人のうち3人の民主党候補者が当選した。

 今後、日本の政治は、自由民主党と民主党の二大政党の時代に入り、特に農業従事者の多い選挙区においても、自由民主党と民主党の農業政策に関する論争が巻き起こってくる可能性がある。さらには日本の政界再編が起こるとすれば、それはまさに農業従事者の多い地方の選挙区がどのような選択をするのかにかかっている。特に中国とのFTAを考えるに当たって、両国の密接な貿易関係、農業製品の内外価格差などを鑑みても、日本政治へのインパクトは非常に大きいと考えられる。

B) 日中関係の問題

 日中FTA・EPAが実現したときに、日中関係に与える影響は両国の経済関係とどまらず、両国の政治・外交問題への好影響をもたらすのではないか。日中FTA・EPAは、経済関係から波及する相互の共通利益の拡大、人的交流の増大によって信頼関係を構築に貢献する。

 これまで日中関係における諸問題は、歴史問題だけにとどまらず様々な要因から発生してきた。日本に対する中国の不信感の多くは歴史認識問題や安全保障政策の問題である。これまで日中両国政府によって、1973年の日中共同声明、1979年の日中平和友好条約、さらには1992年の天皇訪中の際の発言、1995年の村山首相訪中談話、1998年の日中パートナーシップ共同宣言などの公式関係において解決に向けて尽力してきた。さらに日本の中国に対する不信感としては、1989年の天安門事件、1995年の核実験、その後頻繁に見られた日本領海内における中国調査船問題、中国人による日本国内で多発した組織的な犯罪など日本でも社会問題化したものなど多岐にわたる。これらの問題に関しても日中両国政府の間で、解決に向けて多大な尽力をしてきた。例えば、日本における中国人の犯罪に関して、1999年7月に朱鎔基首相と小渕恵三首相との会談において、集団密航等の国際組織犯罪対策における協力について話しあわれたほか、日本国国家公安委員長と中国公安部長との会談が行われ、その後定期的に日中治安当局間協議が開催され日中両国間の警察緊密な連携について話し合われるようになった。

 しかしながら1980年代に始めて問題化した教科書問題、靖国神社参拝問題は、それぞれの時期に一時的に沈静化するものの、例えば2001年春に日本で「新しい歴史教科所を作る会」が作成した中学歴史教科書が検定に合格すると再び日中関係に悪影響を及ぼした。小泉首相の靖国神社参拝においても同様のことが見られた。中国調査船問題や中国人犯罪に対する日本人の中国人に対する不信感は消え去ったとは言いがたい。

 日中両国は歴史的なつながりも深く、一衣帯水の国であるが故の誤解も多い。日中両国が「歴史を鑑に未来を」志向するようにするためには、これらの問題解決のために両国がさらなる信頼関係の構築と円滑なコミュニケーションを図ることが重要である。

 日中FTA・EPAは、単なる経済的な日中関係の発展に寄与するだけでなく、経済交流を通じた両国間の緊密なコミュニケーションを可能にし、多岐にわたる相互の情報共有化時代を創出する。このような新しい日中交流関係を迎えることによって、両国相互のインフォメーションギャップを解消することができるようになるのではないか。

C) 東アジア地域協力へのインパクト

 日中FTA・EPAの実現が、「東アジア共同体」創設に向けた大きなインパクトとなることは言うまでもない。2001年に開かれたASEAN+3の首脳会議において、東アジア共同体構想が提起され、その後具体的な内容が検討されてきた。しかしながら現状では東アジア全体を包括するFTA・EPAの交渉を開始するには未だに機が熟していない。その最大の要因は日中間の問題ではないだろうか。

 2001年12月、中国とASEAN首脳は、約一年間の研究期間を経て中国とASEAN諸国間のFTAを10年以内に締結することで合意した。その直後の2002年1月、小泉首相はシンガポールのゴー・チョク・トン首相と日本・シンガポール新時代経済連携協定に調印し、ASEAN諸国とも日本とASEANの間のFTAを含む包括経済連携協定の締結を提案している。日本にとって中国が先にASEAN諸国とのFTA形成に向けた合意を結んだことは衝撃であり、東アジアでのFTA形成のリーダーシップを中国が印象付けたことは間違いない。

 しかしながら日中両国間でFTA・EPAに向けた動きが加速した場合、日中両国が東アジアのFTA形成に向けて主導権争いをするのではなく、両国が戦略的に主導していくことが可能になる。上海国際問題研究所の夏立平教授は東アジアFTAの形成に関し、「日中関係いかんがその趨勢を決定する」と指摘している。

3.結論~日中リーゾナリゼーションのインパクト~

 日中FTA・EPAの構想に関しては、未だに両国の国内で議論しつくされておらず、慎重論も根強い。両国の貿易関係は互いに第1位、第2位の関係であり、それだけにFTA・EPAを実現するのに非常に大きな影響を及ぼすからである。さらに日中両国は政治体制の違い、安全保障戦略上の違いなどから双方でFTAを締結することへの戦略的な国益を慎重に考えていく必要性もある。

 しかしながら冒頭でも書いたように21世紀の日中関係は、互いに「強-強」の関係にあるという歴史上はじめて経験する全く新しい関係となることを、両国は戦略的に考えていく必要があるのではないか。

 その一つのヒントとなるのが日中FTA・EPA構想であると言えるのではないか。この日中リーゾナリゼーションのインパクトは、非常に大きな政治的インパクトを及ぼすことになるが、「強-強」関係にある両国だからこそ戦略的に良い効果を見出すことができるのではないだろうか。

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小野貴樹の論考

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Takaki Ono

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第23期

小野 貴樹

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