論考

Thesis

日本外交の転換点①

アジア資金スワップ協定と2000年通商白書

 私のいる英国から、日本の新聞等限られた情報を通して今の日本の国内世論を見るとあまり注目を集めてはいないようであるが、先月5月に我国の外交政策において非常に重要な出来事が2つあった。
 1つは、先月6日、ASEAN+3(日・韓・中)蔵相会議における資金スワップ協定の合意である。日本の新聞をチェックした限り、あまり大きな扱いを受けていない(もしくは全く載っていない)が、英国の現地紙Financial Times では、比較的大きな扱いを受けている。資金スワップ協定とは、97年のアジア通貨危機のように、ある国の通貨が投機に晒され危機に陥った時、他国がその外貨準備を融通するという協定であり、経済版安全保障条約とも言うべき非常に画期的な協定である。Financial Timesは、特に以下2つの点で、この合意の意義は、「Significant」だと述べている。1つは、アジア諸国間で地域的危機が起きた場合の各国間の協力を増進する決断であるという点、もう1つは、以前のアジア通貨危機直後に日本の示したプラン(AMF構想)をシャットダウンした米国の協力を引き出している点である。アジア地域独自の双務的協定であり、地域協力がASEAN以外の東アジア諸国において全くと言って良いほど無かったアジア諸国にとっては非常に重大な意義を持っている。

 2つ目は、通産省により発表された通産白書2000における通商政策の転換である。今まで、WTO一辺倒で来た我国の通商政策であるが、「グローバル経済の実態に即応する多面的な取組み・柔軟な対応力」を重視する立場から、韓国・シンガポール等との自由貿易協定の締結によるバイラテラルな関係強化や世界的な地域統合進展の動きに合わせたアジア地域レベルでの新たな関係強化等、「重層的な視点」による新たな方向性を打ち出している。
(詳細は、「通商白書2000(概略)」通産省HPhttp://www.miti.go.jp/report-j/gtu2000j.html

 一昨年アソシエイトの研修として欧州各国を訪問し,特に通貨統合の動きを研究した経験や、現在拠点を置いている英国からの視点で見ても、明らかに日本は世界的な地域統合の動きに取り残され孤立している感がある。今まで、地域統合等多面的な外交方針への転換を主張してきた私の立場からすると、今回の2つの出来事に現れた我国の外交政策の転換は隔世の感がある。
 今回、敢えて「日本外交の転換点」というやや刺激的なタイトルにした。人によっては、「たかが、通貨政策と通商政策の転換に過ぎないではないか」と思われる方もいるかもしれない。しかし、先日の米国による対中最恵国待遇恒久化の動きを見ても、外交政策の決定要因が、現在の市場のグローバリゼーションの進展の中、かつての政治体制・安全保障の観点から通商政策中心に移行して来ていることは明白である。通貨・通商政策が地域統合に及ぼす影響は現在の欧州を見れば明らかであるが、米大陸の地域統合の動きにおいても、幾多の南米諸国の通貨危機(最近だけでも、94年メキシコ危機で200億ドル、98年ブラジル危機でも相応の支援を実施。アジアの通貨危機では一銭も出さず「口だけ出して金は出さない米国」と言われた米国だが、自らの地域では多大な貢献をしっかりと行っている)を米国が救ってきたことがその礎となっているということから見て、その重要性がわかるだろう。そういう意味では、今回の2つの出来事は、今後、欧州や米大陸における地域統合を重視する世界的な外交上のトレンドにのることを、日本もようやくアジアにおいて決断したのだということが言えると思う。

 今回の月例報告においては、次回6月の月例報告も含め2回にわたり、現在のまさに「日本外交の転換点」において、現在の状態を再検証し、自分なりの外交ビジョンをまとめてみたい。そして今回は、渡英前の4月に行った有識者へのインタビューにおいて、特に長い時間を割いて付合っていただいた衆議院議員・渡辺喜美先生(アジア外交・金融政策専門)、富士通総研主任研究員・梶山恵司先生(通貨政策専門)、また昨年度から度々研究の指導をして頂いている大蔵省アジア通貨室長・岸本周平先生へのインタビュー・ディスカッションを土台にしている。それらのインタビューでは、次回多く触れることになる今後のアジア政策のビジョンと現状の問題の解決策に関し特に多く伺うことができた。
 それぞれのインタビューは渡英前の4月以前に行った為、今回の動きに関しては直接あまり触れられていない。アジア資金スワップ協定と2000年版通商白書の詳細に関しては、今秋日本に一時帰国する際、関係者にインタビューして更に掘り下げる予定である。
 尚、今月の月例報告において、現状の認識と問題提起に触れた後、次回月例報告において、その解決の糸口を探るという構成でまとめる予定である。

脆弱な政策基盤

①一時的な国際環境に多分に依存
 今回の外交方針の転換に関しては、先に述べたように、私は賛成の立場である。しかし、その内実等を検証してみると、多分に現在の一時的・偶発的な国際環境に依存している上、何故、「地域経済・アジア重視」なのかというビジョンが未だ曖昧であり、その基盤は非常に心もとない。
 現在の流れは、明らかに97年のアジア通貨危機以降に勢いを増したものである。アジア通貨危機により地域レベルの協力を痛感したアジア諸国は、危機時のIMF(米国)の対応の不味さもあり、急速に地域主義的情念を強めた。また台中(米中)関係の緊張により、中国はアジア諸国との関係、特に日本との関係に気を配っている。また一昨年韓国においては親日的な金大中政権が発足したこともあり、日本にとっては明らかに現在外交上のフォローの風が吹いている。通貨危機時、日本の「AMF構想」を葬った米国も、通貨危機の対応への反発からアジアで高まる「反米意識」に気を使い、今回は賛成・協力の姿勢を示したと言われる。また、これは1つ気になる点でもあるが、米国政府がいくつかのコメント等で、対欧州、対アジア政策において、それぞれの地域の「独立性」の拡大を容認する動きを見せている背景もある(例:By Charles Babington Washington Post Staff Writer Saturday, June 3, 2000; Page A09 参照)。

 現在の流れは、明らかに97年のアジア通貨危機以降に勢いを増したものである。アジア通貨危機により地域レベルの協力を痛感したアジア諸国は、危機時のIMF(米国)の対応の不味さもあり、急速に地域主義的情念を強めた。また台中(米中)関係の緊張により、中国はアジア諸国との関係、特に日本との関係に気を配っている。また一昨年韓国においては親日的な金大中政権が発足したこともあり、日本にとっては明らかに現在外交上のフォローの風が吹いている。通貨危機時、日本の「AMF構想」を葬った米国も、通貨危機の対応への反発からアジアで高まる「反米意識」に気を使い、今回は賛成・協力の姿勢を示したと言われる。また、これは1つ気になる点でもあるが、米国政府がいくつかのコメント等で、対欧州、対アジア政策において、それぞれの地域の「独立性」の拡大を容認する動きを見せている背景もある(例:By Charles Babington Washington Post Staff Writer Saturday, June 3, 2000; Page A09 参照)。

 以上見てきたように、現在の日本外交の方向転換、特にアジア資金スワップ協定の合意はこういった現在の一時的な国際環境に依存していると言わざるをえない。極論を言えば、97年のアジア危機がなければ、アジアでの地域協力の動きも、日本の外交方針の転換も無かったのではないかと思う。しかし、重要なのは、現在の日本外交の転換は、そういった一過性の要因に左右されるべきものではなく、今後の10年、20年、ひいては50年を睨んだものでなければならないということだ。勿論、アジア通貨危機において、日本がアジアの隣国に対しあまりに無策であったことは反省すべきであるし、多いに義侠心を持つべきではある。しかし、一国の外交方針は、その国の長期的な国益の観点・明確なビジョンから決定されるべきものであり、一時的な義侠心や地域主義的情念に左右されるべきものではないということは敢えてここで述べる必要もないだろう。

②官主導政策の限界と政治家のリーダーシップの不在
 現在の我国の国内の動きも、ややシニカルな見方をすれば、かつてからの国際派(ややアジア主義派)の通産省と、榊原英資氏と言う非常に特異で、ややアジア主義的情念を有した、(大蔵省の歴史的には)「稀な」指導者を持った大蔵省の誇り高き義侠心がたまたま一致した上、両省が、先に述べた一時的な国際環境を利用して、米国や親米的な外務省を抑えこんでいるだけ、と見ることもできる。それにアジア通貨危機後日本国内でも高まった反米意識や潜在的な民族意識の高揚で、「何となくアジア」という空気が出来ているだけ、とも言える。宮沢構想関連の大蔵省文書を見ると、通産省の、新たな地域経済重視の国益思想という明確なスタンスから比較すると、大蔵省のアジア政策の根本にあるものは幾分曖昧で、かつてからのODA政策等に見られる「国際貢献」の精神の延長線上にあることが推測できる(例:大蔵省HP「アジア通貨危機支援に関する新構想(新宮澤構想)」に関するQ&A Q4等→http://www.mof.go.jp/daijin/kousou.htm)。そこには、あまり、日本の明確な国益(戦略)に対する考えが見られない。日本の国益は国益、国際貢献は国際貢献でやらなければならない、というかねてからの日本外交の姿勢が見て取れる。

 これは完全に推測の域を出ないが、現役大蔵官僚によって書かれたと言われる小説「三本の矢」で描かれているように、大蔵省の内は、主計・主税と言った国内政策専門の部署と、国際関係専門の国際局に分裂しており、主流の主計・主税と言ったドメスティック派が、国際局を牛耳るという歪な関係にあるという。それが、「国益は国益、国際貢献は国際貢献」という、やや分裂した政策路線を生み出しているように推測する。(もちろん、現在の大蔵省はそう言ったかつての体制が変わりつつあるというし、私がお世話になっている大蔵省の方々は、そういうものを超越しているのだが。)

 それに比し、通産省の政策は、「グローバル経済下」における国益の追求がその中心にあるのが明らかである。また外務省の方針転換と言う話は聞かないので、依然として対米関係に非常に慎重な姿勢に変更はないのだろう。表向きは「アジア重視」で同様に見える、「アジア資金協定」や「宮沢構想」というアジア重視の大蔵省政策と、通商白書で明らかにされ、韓国やシンガポールとの自由貿易協定を模索するという通産省のアジア重視政策も、その根本の思想には依然ギャップがある。アジア外交における、大蔵省・通産省・外務省の異常なセクショナリズムの問題が少なからずアジア各国に混乱を与えている点は、APECの成立過程を追った船橋洋一氏の著書「アジア太平洋フュージョン」で描かれているが、現在の一時的な環境の中一致しているように見える各省政策が、実際はその根本の政策思想に依然ギャップを内包している以上、常にそのギャップが顕在化し我国の外交方針が分裂する可能性に晒されていると言える。特に、我国の財政状況の悪化や、アジア諸国の急激な回復という現状を見るに、大蔵省の「国際貢献」的政策思想が退却し、後に残った大蔵省のドメスティックな国益思想と、通産省の国際的国益思想に、米国における親日的共和党政権の発足等の事態で親米的な外務省の勢力回復が重なり、再び我国の(アジア)外交政策が無残な分裂状況に陥るという事態は、すぐにでも起こりかねない。
 更に、本来そう言った官庁の対立を調和すべき政治家のリーダーシップ・ビジョンは特にこのアジア外交においては皆無である。今回の総選挙における与党自民党の選挙公約(→http://www.jimin.or.jp/jimin/jimin/sen_syu42/kouyaku/index.html)を見ても、外交方針に関わるようなことはほとんど言及されていない。セイゼイあるのは、相変わらずの「国際貢献」と「防衛」のみで、このグローバリゼーション時代に世界各国が新たな国際経済政策を、新たな国益の概念と共に提示しているにもかかわらず、である。これが、グローバリゼーションどころか、不況脱出を本気で考える国の政権与党の政策とはとても思えない代物である。不況脱出というと土木業に金をばら撒くことしか思い浮かばない政治家にはもう退散願いたい。政府の方針を示す通産白書において高らかに政策の転換が告げられているにも関わらず、その直後の総選挙においては、各党とも「外交方針にはあまり差がないので争点にはならない」との姿勢をとっている。明らかに立法府の思考停止という我国の民主制の現実を露呈していると言わざるをえない。先に触れた「アジア太平洋フュージョン」でも明らかにされているが、我国の外交政策は完全な官僚主導である。

 先日インタビューした渡辺喜美衆議院議員は、「今、日本にアジアのことを真剣に考える政治家が何人いるのか。アジアのためにリーダーシップを発揮しようとする政治家が実際いるのか。これこそがアジアの危機なのかもしれない」と言う。現役の国会議員、しかも与党議員の発言だけに事態の深刻さがよくわかる。個人的な記憶・イメージでも、アジアの国々も西洋諸国に負けず、地域・世界レベルの政治家を多く輩出してきている。例えば最近の例をとってみても、スハルトや、李登輝、マハティールなど多くの国際的にも存在感のある(その功罪は別にして)政治家を輩出している。日本と同じくややドメスティックな印象の強い韓国でさえ、昨年、前大統領の金泳三を訪問する機会を頂いた際には、クリントン米大統領と時にはプライベートな関係を楽しみつつ、時には電話等でも1時間以上をかけて激論を交わした上、怒鳴りつけて政策転換を迫ったこともあったというダイナミックな話を伺った。それに比し経済的にはこの地域の総生産の半分以上を占めるアジア一の超巨大国家(往々にして日本人にはこの感覚が足りないのだが)である日本人の政治家の内では、故田中角栄元総理以降約30年近く、国際的な存在感のある政治家が出ている記憶がない。昨年米国で多くの政策関係者にインタビューする機会を得たが、彼らの口から出てくる日本人の政治家は、(残念ながら)その政治力を失いつつある(ように見える)小沢一郎氏ぐらいで、時の小渕首相の話など一度も耳にする機会は無かった。

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鈴木烈の論考

Thesis

Retsu Suzuki

鈴木烈

第20期

鈴木 烈

すずき・れつ

八千代投資株式会社代表取締役/株式会社一個人出版代表取締役

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