論考

Thesis

東行会の試み

以前から温めてきた構想であったが、9月6日、「東行会」~それぞれの“現場”をつなぐ改革者ネットワーク~と称して、ネット上での活動、特にメールニュースの配信を主な活動とする団体を立ち上げた。

 以前から温めてきた構想で、幾つかの動機や狙いはあったが、この時期の立上げに到ったきっかけは、六月に総選挙の際一時帰国した際に、あるシンポジウムの企画に携わった時の経験による。そこで出会った、慶應義塾大学SFC助教授の鈴木寛先生は情報社会論という分野を専門にされている。大学時代は劇団で活躍、一転通産省に入省し、現在は通産省を休職した慶応義塾で教鞭を取っておられる、という異色のキャリアの持ち主だ。政経塾とも馴染みの深いシンクタンク「構想日本」の立上げに副代表として関わられたり、またJリーグの立上げにも関わられたりと、活動範囲・人脈は極めて広く、それに比例するかのように広く深い識見を有されている。

 IT革命による情報化の中で、あらゆる位相(政治・会社・個人等)において、「ガバナンス」の仕方がより自己組織的になる、というのが先生の主張の一つの核心にある。翻って、今の政治家を含めた多くの人々は、IT革命と言いつつ、単に世の中がそれだけ「便利」になるくらいの意識しかなく、本当の意味を理解していない、と仰られる。(以上かなり自分なりの解釈です。先生の確認は取っていませんので間違いがあるかもしれません。)

 その言葉を伺ったとき、自分は冷や汗が流れた。森首相が「IT革命」(アイティー革命)を「アイテイ革命」と発音したり、PHSを知らなかったりで私は嘲笑していたが、自分自身、本当の意味を理解しているとは思えなかった。確かに私は多くの面でIT革命の恩恵を受けている。海外の情報がインターネットを通して飛躍的に取りやすくなったし、日本を離れても日本との連絡は電子メールのお陰でスムーズに行えている。しかし、それは単に便利になったというだけに過ぎない。例えば自分の普段の活動が何か根本的に変わる、ということになって初めて私個人レベルでは、私自身の「ガバナンス」が変わった、と言えるのではないか。自分なりに、ネット上での活動を一つ活動の根本に据えてみよう、そんな思いが、今月立ち上げた「東行会」の直接のきっかけとなった。

会の名称について

 会の名称は、私の尊敬する高杉晋作の俳号から拝借した。高杉自身は、「西行」をもじってつけたものらしい。

「西へ行く人を慕いて東行く 我心おば神や知るらん」

 高杉が倒幕を決意した時に歌った句である。西とは彼の慕う故郷長州藩を指し、東とは江戸を指す。彼の慕う藩主をはじめとする藩の人々が過激化する江戸の志士達を嫌い帰国の途に着く中、彼は彼らを慕いつつ、彼らとは逆に江戸へ向かう(つまりは倒幕に向かう)という決断をせざるを得なかった。他の志士たちが、下級武士出身者が多く、江戸封建制を呪っていたのに対し、高杉は上級武士の出身で、藩主と始めとし封建制度を愛していたが、彼はその封建制度をひっくり返すことになる倒幕を決意せざるを得なかった。その引き裂かれるような思いはどうであったのだろう。

 東行会は、決して特別な政治的イデオロギーを有する会ではないが、一つ、会の独自性として守ろうと考えたのは、保守思想に凝り固まらず、安易な改革論に走らず、というフィロソフィーだ。かつての成功体験故に没落の道を歩んでいる日本においては、保守主義は単なる生活保守主義のレベルに堕している。1億層中流で自分もエリートだと勘違いしている小金持ちが増え、他国に学ぶ姿勢も失い、鼻持ちならない傲慢な既得権益層(さしたる権益もないにも関わらず)を形成している。また一方戦後一貫して、特に日本においては反体制勢力は失敗の道を歩み続けてきた。現秩序を無根拠に批判する彼らの言説には、説得力がなかったし、秩序への呪いが広く共有されることはなかった。そもそもそう言った「反体制的」な情念は私達の世代にとっては既に過去のものでしかない。

 私達は、この国・社会を愛するが故に、改革をしたいと考えている。
「全てが変わらないためには、全てが変わり続けねばならない」からだ。

会の趣旨

 私は、昨年入塾するまで3年間、ある都市銀行で仕事をしていた。その3年間はちょうど金融危機と重なっていた。当時、一銀行員として、銀行経営健全化のための公的資金の導入に絡む議論を聞いていて、強い違和感を感じた。当時の議論の主流は、①今までの護送船団方式を始めとした大蔵省の金融行政が間違っていた。②民間企業である銀行に税金を使うのは許せない。と言う2点だった。またそれに対し、銀行の(連鎖)倒産による金融不安を防ぐ為には公的資金導入も止むをえない、という反論が行われていた。

 私は、前者の意見にも後者の意見にも違和感を感じていた。まず、前者の意見に関して言えば、①に関して、大蔵省が誤っていた、という事を主張する以上、行政府の失敗の責任に対して国民が責任を負うのは当然だから税金を投入するのは当然ではないのか、故に、②に関しては、行政府の責任を一民間企業に押し付けるという理屈の方がおかしいのではないか、と感じていた。また、後者の連鎖倒産による金融不安を防ぐという意見に対しても、本当に連鎖倒産がどのレベルでおこるのかどうか疑わしかったし、潰れるべき銀行はやはりあって、仮にそれで預金者が負担をしても、そういう銀行の預金者は、その分高金利の恩恵を受けていたわけだからしょうがないのではないか、という事だ。

 私達現場の認識から言えば、ビックバンで自由競争を認めてしまった以上多少の混乱は必然で、潰れる銀行は早く潰し、本当に国際競争力のある強い銀行がいくつか残る体制つくりこそが必要でありそのための国家戦略を考えるための議論をすべきなのに、マスコミや国会の議論は完全にずれていると感じていた。今改めて振り返って考えて見るとやはり自分の考えが正しかったと感じている。
 私達は、全てのことがわかるわけではないから、社会を把握するためには、ロジックやイデオロギーを当てはめて認識し考えざるをえない。しかし、往々にしてそれらは本質から外れたものになりがちである。先の金融危機の議論に関して言えば、国民は安易な庶民感覚から、自分は貰えないのに、民間企業が税金を貰えるのはおかしいという意見に走ったし、マスコミは、大衆に膾炙されやすい悪玉論(大蔵省と銀行が悪玉だという)に走った。政府は長期的戦略でなく、自分たちの今までの政策的失敗を隠蔽するために、金融パニックという緊急事態であることを強調した。

 政経塾に入塾し、多くの人々にイロイロなお話を直接伺う機会を得て、如何に世の中には、好い加減なロジックや言説が溢れているか、という事を感じさせられた。流行りのアンチ市場原理主義論は、多くの場合単なる既得権益層の隠れ蓑でしかない。現在の酒業に関する規制緩和延期の議論においても、未成年者の教育上の問題やら、規制緩和の行きすぎを懸念するお決まりの市場主義批判が聞こえるが、実際は酒業者を多くその支持組織に抱える自民党の参院選対策でしかない。
 ここで改めて、塾主松下幸之助が提唱した「現地現場主義」の重要性を実感している。私達改革者は、まず如何に自分たちが盲目であるかということを理解すべきであると考える。改革の前に、現実をあるがままに把握することが必要なのは当然だ。そんな思いから、それぞれの現場の声をつなぎ、そこから新しい社会のあり方を考えるというプロセスを組織化できないか、と考え今回の試みに到った。

会の構成

 会の構成は、現在のところ、コアメンバーとして、様々な発言を行う「発言者陣」と、一般読者としての「会員」(ただし、会員の発言を積極的に取り上げて行く予定)という二部構成にした。上記のような狙いから、発言者陣には様々な「現場」に散る人達の声を集めたいと考えた。そのため、原則政経塾生は、「現場」を持たないので卒塾後に発言者陣入りをお願いしようと考え、今までの私の人生で知り合ってきた多くの志ある人々一人一人にお願いした。
 そんな経緯から、東行会は、何ら他の団体を母体にした組織ではなく、今現在では私以外は互いに知らない人間の集まりである。発言者陣は、私が今までの政経塾の活動で知り合ってきた人を始め、以前働いていた銀行の仲間、大学時代所属していた早稲田大学雄弁会の仲間、高校の同級生から小学校の同級生に到るまで、多くの同世代の人間に声をかけた。ロンドンにいるため直接会って説得することもできず、かつ頻繁に電話できる環境にもないので、基本的にはメールでお願いすることになったが、それでも当初期待していた以上のメンバーの参加が得られた。私は、そのメンバーの構成を見て非常に緊張している。改めて私は自分の人生を通じ如何に多くの志ある人々との出会いに恵まれていたか、ということも同時に実感している。

発言者陣の構成

 発言者陣は、かたや民間企業の法務部で海外企業との折衝にあたるものから、遥か彼方アフリカの大地で、経済開発に汗を流しているもいる。20代後半の若さながら県会議員として活動するものから、福祉の現場で地道な活動に没頭しているものもいる。流行りの外資系金融機関やコンサルティングで働くものもいれば、国家公務員として国のために誇りを持って働いているものも多い。国政選挙への準備を行っている者もいれば、海外での起業準備中という者もいる。非常にバラエティー溢れるメンバーが集ったので皆さんには多くの話題が提供できることと思う。

以下簡単に発言者陣の構成をまとめる。

・民間
 金融機関→6名(銀行・証券・外資系金融機関)
 コンサルティング→4名
 情報通信関連→1名
 マスコミ→2名
 会計事務所→1名
 その他一般企業→2名
 起業準備中→1名

・行政
 国家公務員→5名
 地方公務員→1名

・政治関係
 地方議員→1名
 その他→2名

・研究職、アカデミズム
 大学(勤務)(含む院生)→4名
 研究所勤務→2名

・その他
 松下政経塾塾生→2名
 その他→1名

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鈴木烈の論考

Thesis

Retsu Suzuki

鈴木烈

第20期

鈴木 烈

すずき・れつ

八千代投資株式会社代表取締役/株式会社一個人出版代表取締役

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