松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1999年8月

塾生レポート

中国の特色ある社会主義の検証
矢板明夫/卒塾生

 
 中国は今、大失業時代に向かえ始めた。
 1999年の中国の経済白書によると、今年の経済成長率を7%維持できれば、700万人の雇用を作り出すことができるという。これで失業問題はいくらか解決されるかと思うと、同じ白書の別の所で今年新しい労働人口は800万人増えると書いてある。そして、今の中国には570万人の失業者がいて、さらに今年300~600人の労働者はレイオフされる。ざっと計算して、これだけで1000万人の失業者を抱えることになる。しかし、アメリカの学者の分析によると、このデータは甘すぎて、中国の失業者は一億人下らないという。
 中国の新聞「南方週末」は今年の五月にこんな驚くべき記事を載せている。中国の農村部の余剰労働人口も入れて、欧米流の計算方法で失業率を試算すると、中国人の失業率は32%にも上る。このデータはそれほど信憑性があるのか定かではないが、中国はいかに深刻な失業問題を抱えているかがわかる。

 毎年10%近いな経済成長率を維持しながら、こんなに失業率が高い国は世界的に珍しい。ある意味で言うとこの失業率の高さは朱鎔基首相が取りこむ国有企業改革の成果である。一時の痛みを伴うが、今後の中国経済を立て直す劇薬である。
 朱鎔基氏が取り込んでいるいわゆる三大改革(国有企業改革、金融システム改革、行政改革)を簡単に言うと:かつて中国の経済を支えたが、今はもはや中国の経済の主体でなくなり、赤字体質の国有企業問題ををどう解決するかという話である。
 「国有企業改革」とは国有企業を株式化して、民間の力で健全化を図る試みである。「金融システム改革」とは、これまで国有企業問題を先送りするため生じた不良債権問題の解決である。「行政改革」とは、国有企業の自主経営を妨害してきた煩雑の行政機関の廃止およびスリム化である。

 97年、朱鎔基はある金融改革問題シンポジウムで、次のように述べた「中国の目下最大の問題は、やはり国有企業の問題だ、財政収入の財源は国有企業にあり、全国で一億一千万人が国有企業で働いているのに、三分の一の国有企業は給料を払うことが出来ないでいる。」
 この国有企業問題の原因は中国の建国の時まで遡らなければならない。中国は建国当初、国の基礎国力を挙げ、早くアメリカやイギリスを追い越したい一心で、重工業を中心に力を入れ発展を進めてきた。その時、多くの国有重工業企業が設立された。しかし、これによって、中国の産業バランスが崩れ、皮肉にもこの経済構造上の歪みは中国経済長期低迷の一因となった。また、中国は当時社会主義計画経済という生産方式を取り入れた。公平性と効率性を理想としたからである、国の経済を統括する政府が事前に調査をし、綿密の計画とはっきりした目標を企業に与えて生産させる。この方法によって重複投資と無駄な競争を省略し、いち早く国を豊かにし、国民の生活を向上させると考えていた。しかし、この方法はまた、人間の本能を無視する机上の空論にしか過ぎず、国民の労働意欲を極端に低下させ、始めから計算違いを含んだ独り善がりの政策であることは歴史が証明した。中国の経済は長年低迷しつづけた。
 1978年以来、中国は改革開放政策によって、鄧小平時代の幕開けによって、経済政策は計画経済から市場経済に重きを切り返り、これまでの国民窮乏化政策から民生重視に転換がはかられた。改革政策はまず農村から着手された。農民の生産意欲を刺激するため、生産請負制や単独経営が公認され、瞬く間に全国に広がった。このような家族経営による労働生産性の向上は、これまで集団農業のもとに覆い隠されてきた過剰労働力の存在を表面化させた。このため多角経営の促進に余剰労働力活用によって、郷鎮企業という形で農村発展の新方向を築いた。また、開放政策によって積極的に外資の誘導を行い、中国の経済は新しい血液の注入によって活力を取り戻し、高度成長時代に突入した。

 しかし、一方、計画経済の下に守られてきた重工業を中心として国有企業は郷鎮企業と外資企業との競争に晒され、大変厳しい状況に陥り、ほとんど赤字の状態になった。しかし、この国有企業問題はすぐ解決されず、いち早く民営化しなければならないのに、資本主義に対する抵抗から、中国政府は実に無責任に問題の先送りしたのである。計画経済から市場経済のソフトランディングの中に、国有企業の財源は80年代半ばに国家財政の補填から、銀行融資に切り替えられた。実績は全く伴わないにもかかわらず、国の経済成長と共に国有企業の従業員の賃金等が引き揚げられた。金融機関での不良債権も当然ながら増える一方を辿る。今、この国有企業を支えてきた金融システムは限界に来ている。また、計画経済の体質によって、国有企業はほとんど経営自主権がなく、行政機関から多重管理されている現状である。そして今、三分の一以上の人が給料を貰えなくなるまでに至った。

 事態はここまで放置された原因は、天安門事件以降、共産党内部で計画経済を主張する保守派と市場経済を主張する改革派の戦いが続いてきたことである。何のためらいもなく市場経済を導入した鄧小平氏も、「私営、民営」という言葉に抵抗があったようだ。しかし、今、このよう状況になった以上、昔の計画経済に戻ることはもはや不可能で、この問題を迅速かつ上手く解決しなければ、これから大混乱が起きることは共産党内部の誰もが認める事実となった。
 朱鎔基氏の改革案は;国有企業の社会負担を軽減させることと株式上場による民営化、合併、倒産による競争原理の導入:これは紛れもなく資本主義路線への大幅の前進である。今年の憲法改正で、中国の憲法ではついに「私営経済」という言葉が始めて登場した。そして、江沢民氏も講演で「経済発展のために資本主義手法の導入も必要だ」と度々明言した。

 社会主義経済の考えから乖離したこのことを、日本のマスコミは「自由の経済と保守の政治」と今の中国を説明している。「社会主義市場経済」という言葉を二つに分けて、社会主義=保守の政治、市場経済=自由の経済。社会主義は政治の概念という印象を読者に与えている。しかし、これは明らかな見当違いである。
 広辞苑は社会主義をこのように定義する:「生産手段の社会的所有を土台とする社会体制、およびその実現を目指す思想運動。」。社会主義と一党独裁の政治体制と直接に関係を持たないことがわかる。そして、中国が1998年の全国人代表大会で打ち出した国有企業改革。株式化、自由化、民営化とった対策すべては、生産資料公有制をうたう社会主義の実現へと違う方向に向うものだということも分かる。
 また、いま中国で日々深刻になっていく社会保障制度、医療保険制度の不完全によって引き起される諸問題。どれもわれわれが考える社会主義と程遠い存在になっている。そして、膨大な失業者、日に日に広がる貧富の差、どこを見ても、日本よりずっと資本主義である。「今の中国はマルクスの言うプロレタリア革命の前夜だ。」と冗談を言う中国人すらいる。
 それでは、中国なぜ社会主義という旗印にこだわり続けるのか、人民日報をにぎわす「中国の特色ある社会主義」とは何か?
 私はこのように考えたい。「中国の特色ある社会主義」とは中国社会を安定させる隠れ蓑であり、社会主義の実現という雄大な実験を失敗した中国共産党の言い訳である、そして、改革開放を進める現執行部の保守勢力の逆襲をかわすカムフラージュでもある。

1999年8月 執筆
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