論考

Thesis

日本の外交と安全保障を考える 外交のビジョン

 日本の外交問題をテーマにしているので、よく、「今、日本外交の一番の問題はなんだ?」と聞かれる。私はほとんど「ビジョンが見えない。」と答える。
 「じゃ、アメリカの外交のビジョンは見えるのか」ごくたまに、こう切り返される。
 アメリカの外交のビジョンは日本と比べて、はっきりしている。
 「アメリカを中心とする世界秩序の構築と維持、アメリカ経済の繁栄、そして、民主主義と人権思想の輸出。」この三つだと私は考える。
 では、中国の外交のビジョンは何だろう、意外と見えそうで見えない。私は中国共産党史と中国外交史を調べてみた。以下の三つに分析した。

1、 国内政治体制の安定

 国体の安泰を最優先する、いまの共産党独裁政権を維持させること。これは言論の自由や人権、特に政治の自由化などが含まれているので。中国の対外国外交(特に対米国)でよく指摘されるテーマである。この問題に関しての中国の譲歩はほとんど見られない。つまり、国内の安定に少したりとも影響を与えそうなものは、中国は一切外交の取引にしないのである。また、この国内政治体制の安定を維持するためなら、中国政府はいかなる犠牲も惜しまない。1989年の天安門事件は典型的な例の一つと言えよう。

2、 国際社会の中の中国

 国体の安泰を保障した上で、中国は多極化国際社会の一極を目指す、つまり、アメリカの一極化を防ぎ、EUやロシアと連携しながら、自国の政治的、軍事的発言権を強くしていく。アメリカを中心とする一極化国際秩序を嫌うため、日米安保に反対し、日米の緊密な連携もなるべく崩したい。この問題は長期目標であり、柔軟に対応する時もあるが、しかし、国際的な発言力が強くなれるなら、自国経済は少し犠牲を払っても良いという考え方である、頑として人民元を切り下げない政策はまさにこれである。

3、 国際経済の中の中国経済

 そして、1と2を保障した上であれば、中国は経済を世界経済とリンクさせたい、そして、自国の経済力を高めていく。今回、朱鎔基首相の訪米の課題である中国のWTO加盟はこれである。
この三つの外交ビジョンの関係は:1>2>3なのである、その他にも、国家利益になるのであればなんでも主張するのだが、優先順位は3の下である。
 また、この外交のビジョンの順番を時代順にも整理できる、1の「国内政治体制の安定」は毛沢東時代の政策の中心であり、2の「国際社会の中の中国」は60年代以後周恩来のテーマである。そして、3の「世界経済の中の中国経済」は鄧小平が取り組んだ課題である。今の江沢民政権はほとんど鄧小平の政策を踏襲しているので、また、新たなビジョンを見つけていないようだ。
 この順番で中国の外交を改めて見ると、いろなことが見えてくる、たとえば、台湾問題は1、2、3ともに絡んでいるので、中国にとって最優先課題であることがわかる。しかし、一方、日本との歴史問題は、この三つの中にどれにも入っていないので、中国にとって、いくらでも妥協できる問題である。現に、1972年中国は2を実現させるために日本の戦争賠償を放棄した、毛沢東氏は日本の社会党委員長に対して「歴史問題は過去のことなので、もう謝らなくて良い。」といったことがある。尖閣諸島の領土問題も同じ、中国の面子さえ保てば、妥協できない問題ではない。
 従って、日本は中国と交渉するとき、この優先順位を把握し、自分にとって不利なならないようにしなければならない。たとえば、歴史問題に関して、中国を刺激するような発言や行動は、無意味に相手に外交のカードを与え、著しく日本の国益を害する結果を招くので、慎まなければならない。
 また、同時に自分の外交のビジョンを持たなければならない。いま、日本は日米安保を維持するために、なりふりかまわず、基地問題から後方支援、アメリカ要求をほとんど飲み込でいるが。しかし、日米安保は未来永劫なものなのか、将来、日本はどうの日米安保を位置付けるのか、全く見えてこない。

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矢板明夫の論考

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Akio Yaita

矢板明夫

第18期

矢板 明夫

やいた・あきお

産経新聞 台北支局長

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