Thesis
昨年11月末に行われた台湾の県市長選挙と、今年1月に行われた郷鎮の首長・県市議員選挙を現地に取材し、台湾政治の現状と今後の行方を分析する。
11月末とはいえ、台湾はまだ暖かい。しかし、29日のこの日は、国民党秘書長の呉伯雄にとっては寒さが身にしみる日だったに違いない。この日行われた統一地方首長選挙で、李登輝率いる与党国民党は大敗を喫した。23の県と市で同党がそれまで占めていた15のポストのうち7つを失い、得票率も41%とわずか1%ではあるが初めて野党の民進党を下回った。
「選挙敗北の責任は秘書長の私にあります。さきほど李主席に辞表を提出しました」。
呉伯雄は目に涙を浮かべながら、記者会見の席で辞意を表明した。彼はこの選挙のために1年間走り続けた。しかし国民党を敗北の運命から救うことはできなかった。
翌日、国民党は緊急中央常務委員会を開き対応策を検討した。マスコミ各紙はこぞって国民党敗北の原因を分析した。各紙で共通していたのは、次の点である。
1.地方組織の党執行部への不満。昨年の国家発展委員会での憲法改正に伴い、行政の効率化を図るため「台湾省」という行政単位を凍結し、省長・省議員の廃止、郷鎮の首長・議員の選挙を中止する「凍省」政策が決定されたが、これにより、長い間国民党を支えてきた地方組織の利益が激減し、その反発で地方組織や支持団体の積極的な協力が得られなかった。
2.治安の悪化に対する国民の不信。増加する誘拐事件や殺人事件に、有権者は国民党政権に強い不信感を示した。
3.党中央の求心力の低下。地方派閥が分裂し、同じ選挙区に複数の国民党系の候補者がたつという事態が起き、票の分散を招いた。
4.マフィア撲滅の余波。国民党は過去に黒社会(マフィア)を通じて選挙民の買収を行ってきたことを度々マスコミに指摘され、昨年、「掃黒」(マフィア撲滅)キャンペーンを展開した。これにより、台湾マフィアの買票システムが機能しなかった。
これらをまとめると、その根底には国民党が近年来行ってきた改革に対する保守勢力の反発のあることがわかる。呉伯雄が記者会見で言った「私は責任を取りますが、国民党の方針が間違っているとは思いません」という言葉の意味が理解できる。
我々は、さらに上記の原因に次の2点を付け加えたい。
1.民進党との政策の違いが薄れる。民進党は、一昨年の総統選挙で台湾独立を主張して多くの有権者の拒否にあった。これを教訓にしたのか、この選挙では21人の候補者中、台湾独立を語る者は1人もいなかった。そのため有権者が安心して民進党を選ぶことができた。
2.李登輝人気に翳り。国民党主席の李登輝は、70代の高齢にもかかわらず、候補者の応援演説に台湾中を駆け回った。しかし、1年半前の総統選挙時の人気はすっかり消えている。新聞のアンケート調査によると、選挙区によっては李登輝の応援はマイナス効果をもたらすことさえあったという。選挙翌日の新聞報道には、「台湾の政治はようやく個人の崇拝を離れ、より成熟した民主主義を実現させた」という声もあったが、大半が「李登輝時代の終焉」という題でこの選挙をくくった。
以上が我々の分析結果である。しかし、見方を変えればこれは再生の大きなチャンスでもある。1949年、共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた時、国民党はその敗因から学び大改革を行った。その結果、50年間の中興を実現し、台湾を繁栄と民主化へと導いた。そして今また、長い政権の独占が国民党を50年前と同じような状況に陥れている。
年明けて今年の1月24日、「凍省」前の最後の「郷鎮の首長、県市議員の選挙」が行われた。国民党は前回の敗北から一転して6割以上の得票率で524議席を獲得し、民進党の113議席を大きく上回った。わずか2カ月で前回とはまったく違う結果が出た。我々はこの2つの選挙を新旧時代を分ける分水嶺だと見る。
その理由は次の3つである。まず、台湾政治が対立の時代から競争の時代へと移ったこと。この2回の選挙から国民党と民進党は支持者を共有していることがわかる。これは両党の政策に差がないからである。かつて必ず言及された台湾独立問題は話題に上らなくなり、民進党は独自の地方自治政策をまとめ、国民党に反対する党から政権を担える党へと転換した。
次に、国民党と共産党という中国人同士のイデオロギーの対立だった中台関係が、中国人と台湾人という対立へ変化したこと。これからの中台間の会話は、国・共ではなく中・台となる。
最後に、中台関係の「動」から「静」への移行。この2回の選挙では独立を主張する建国党も統一を主張する新党も、得票率は史上最低だった。台湾人の現状維持を希望する気持ちの現れである。台湾の有権者は中国の変化を待つ「静」の体勢を選んだ。
李登輝の任期が2年余りとなり、国民党内ではポスト李登輝争いが激化している。民進党も同様に陳水扁と許信良の二大派閥が総統候補を争っている。しかし、彼らの政策を聞くとそれ程の違いは認められない。台湾の民主化が成熟した今、誰が総統になっても、台湾の平和と繁栄の道を大きく踏み外すことはないだろう。
(やいたあきお 1972年中国・天津生まれ。慶應義塾大学卒業後、松下政経塾入塾。/チャンユウジョ 1971年生まれ。英国ウエストミンスター大学修士課程修了。)
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Akio Yaita
第18期
やいた・あきお
産経新聞 台北支局長