論考

Thesis

戦後清算省構想 ~その2~

1999年11月号の月例報告「戦後清算省構想」という小論がアップされて以来、幾つかのところから貴重なご意見とご批判を寄せていただいた。今回はこれらの反響に対して、私の考えを述べたい。

 寄せていただいた意見の中、「戦後55年も経ち、国民の多くが、東京裁判史観に対して疑問を感じ始めているこの時期に、戦後清算省を提唱するなんて、自虐外交もいいところだ。時代錯誤だ。」というような指摘が多く含まれた。
 確かに言われるように90年代の中頃から、日本のかつての行為を正当化するいわゆる「自由主義史観」がマスメディアで流行し、新聞と雑誌を読む限り、もはや今日の日本の主流な考え方になりつつある。「戦後清算省構想」は10年前、20年前に言い出されるならともかく、今は異端な意見として聞こえるのも不自然はない。
 しかし、ここで注目したいことは、日本の戦後教育を見直そうとするこの自由主義史観という流れは、新たな歴史文献の発見によって作られたものでもなければ、世界的な流れでもない。長引く不景気と冷戦後方向喪失の中に発生した極めて国際社会を無視した日本独善的な考え方だということである。この考え方は、冷戦の終結に伴い戦後を清算しようとする国際社会の流れと逆行し、日本と諸外国との歴史認識の乖離をますます広げている。

 2000年早々、元連合軍側捕虜らによる日本企業を相手取った損害賠償請求訴訟が米国内で次々と起され、年内に百件の提訴が見込まれる(産経新聞、2000、1、14)、さらに、1999年末、南京事件、慰安婦問題や朝鮮人強制労働などで、日本からの補償を求める各国のグループが大挙来日し、東京、大阪などで集会を開いた。しかし、これらの国際社会の声に対し、日本の言論界、政界の中に異を唱える人が多い。「外国の要求は全くの無法なもので、日本の外交は弱すぎた、もっと強く巍然たる態度で望むべきだ。」と、ことの本質を勘違いして、かつ無責任な説明をし、日本の世論を反米、反中、反韓の方向に導こうとしているひとがいる。このような意見が国内で喝采を浴びる度に、私は深く日本の将来について危惧する。
 歴史が思い出される、日本の歴史の中に、かつて民族主義が極端に高揚し、国際環境を無視してまで、自国の主張をした時期があった。しかし、結果として、日本を国際社会から孤立させ、破滅の道に追い込んだのである。
 1933年2月の国際連盟脱退である。日本の中国における利権を調査するリットン報告書の審議で、賛成四十四、反対一(日本)棄権一(シャム)という結果を受け、日本の松岡洋右全権は退場し、日本の国際連盟からの脱退したを声明した。日本の外交にとって最悪なシナリオである。がしかし、この外交官失格の松岡全権はその後日本帰国の際に、国民的な英雄として迎えられた。当時、日本人の国際感覚のなさを物語っている。結果として、日本が国際社会における自己主張する場を失い、苦しい間際に暴走し始め、大きな不幸を引き起こしている。

 外交の中に、被害妄想と滅びの美学を取り入れてはいけない。周りに合わせながら粘り強く国益を追求することこそ外交である。松岡氏はこのことを教訓として残してくれた。 いま、日本はまた、わずかながら松岡洋右の時代と同じのような傾向がある。日本の進むべき方向、国際社会で果たすべき役割、将来のビジョンを全く示さずに、自己の正当性をばかり強調しているの傾向がある。

 「アメリカが日本をいじめている。中国や韓国で反日教育をやっている。」と言った自由主義史観の主張は明らかな被害妄想である。世界のどの国も日本を追い詰めることを目的に外交を展開していない。中国も韓国もアメリカも、手元の外交カードをめいっぱい使い、最大限の国益を求めているに過ぎない。日本もこれらに冷静に対応し、自分にとって有利なカードを使って、国益を追求していくべきである。
 しかし、ここで、注意しなければならないのは。歴史カードは中国と韓国にとって、一番強いカードであり、日本は先の戦争で負けた以上。もう一度戦争を起こす覚悟がないかぎり、歴史の話題では永遠に勝てないことである。日本の外交の課題は、中国と韓国にいかにこのカードを使わせないかということである。
 この考え方の延長線の上に、私の戦後精算省構想がある。日本を2度と国際社会から孤立させてはいけない。と考えているからである。

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Akio Yaita

矢板明夫

第18期

矢板 明夫

やいた・あきお

産経新聞 台北支局長

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