松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1998年11月

塾生レポート

日本の対中国政策を考える(2) 江沢民氏の日本訪問
矢板明夫/卒塾生

 
◆江沢民氏の日本訪問

 香港系のある新聞は江沢民氏の対台湾政策を「吃車、殺卒、将軍。」(飛車取り、歩取り、王手)と表現している。「飛車」はアメリカで、「歩」は日本、「王将」は台湾だそうである。中国将棋の棋譜を引き合いに大変的を得た譬えである。
 つまり、自分の任期中になんとか台湾問題を片づけたい同氏は、まず、一番壁となるアメリカと折り合いをつけ、それから、邪魔となる日本を説得し、こうして外堀を埋めたあと、一気に台湾政府に迫り、妥協させようとする目ろみである。
 今年6月、一年の外交努力の甲斐もあって、上海で米国クリントン大統領に対台湾政策の三つのノーを宣言させることに成功した。ほっとした江沢民氏は、11月に訪日し、いつもアメリカより言うことを聞く日本に四つのノーもしくは五つのノー引き出すつもりだった。しかし、予想外なことに、日本は頑なに中国の要求を拒否し、三つのノー所が、共同宣言に入れて当たり前と思っていた歴史問題の合意すら妥協してくれなかった。世界中をあっと言わせた大国外交の失敗である。

 江沢民氏は今回の訪日の目的は、三つの問題を片付けたいといわれている。歴史問題、台湾問題、と経済問題である。しかし、三ランドの勝負を終えて、中国側から見れば完敗という結果に終わった。経済問題に置いて、大不況の日本から3900億円という史上最高金額の円借款を引き出せたことは「成功」だと考える人もいるが、しかし、これは両国間のこれまでの関係の延長にしかすぎなく、江沢民氏の独自性よりも前任者の業績といえよう。肝心のアジア金融問題や期待されていた「円経済圏構想」もしく「元経済圏構想」も不発に終わった。新中国建国以来、こんなに収穫の乏しい首脳外遊は珍しい。

 江沢民氏は今回の訪日は二つの間違いを犯している、日本の国民感情を尊重しなかったことと日本の国情を勉強してこなかったことである。晩餐会でスーツを着用していなかったこと(ここ数年、中国首脳はずっとスーツを正装にしている);「日の丸」を無視して、中国国旗だけに敬礼したこと;そして、円借款のコメントの中で「感謝」ではなく、「評価」という言葉を使ったこと。など、ひたすら大国意識をふりかざし、いたく日本の国民感情を害したことは大変不謹慎である。また、今回江氏の言動を見て、彼は日本の政策決定過程と最近の日本対中国世論について不勉強だと言わざるを得ない。これまで、日本政府は中国に対して比較的に弱腰だった理由は別に中国を恐れたからではない、むしろ日本国内マスコミの反応を気にしているからである。日本は経済面、技術協力面など中国よりも外交カードを多く持っているにもかかわらず、国民の中に中国に親しみを持つ人が多い、また、「朝日新聞」、「世界」など国内では沢山の親中国世論媒体を抱えている。外交政策がこれらのマスコミに強く批判されると、政権の安定性まで影響が及ぶ。だから、日本政府は中国との外交問題に細心な注意を払ってきた。しかし、ここ数年、日本の世論界は大きく変わった。「密入国」、「凶悪犯罪」、「核実験」「ミサイル演習」など、中国の影の一面が浮き彫りになり、新聞等では「日中友好」という言葉すら見かけなくなった。総務庁のアンケート調査で、中国に親しみを感じる人も50%台から30%ぎりぎりまで落ちた。つまり、いま、日本国内で中国に厳しい外交政策を出せる条件が整った。この点を見逃して、今まで通りの方法で交渉してきたことは江沢民氏の失策だと言わざるを得ない。

 しかし、外交はゼロ・サムゲームだとは限らない。中国は完敗したからと言って、日本は完勝したと言えない。外交の勝利とは国家利益の獲得でなければならない。私の分析では、今回の日本の成績は「一勝一敗一引き分け」である。「一勝」とは台湾問題で妥協しなかったこと。台湾にのみならず、世界でも高く評価を得ている。この問題については10月号の月例報告で詳しく述べてあるのでここで省く。「一敗」とは無条件で円借款を出したこと。日本の政府開発援助大綱には、円借款の供与基本ルールとして民主主義、人権、自由の促進が明確に歌われている。このODA大綱を棚に上げて、以上の三条件とすべて無縁の中国に最大金額の円借款を貸し付けたのは今までの惰性でしかなく、日本外交の大きな失敗だと言える。共同宣言で民主、人権と自由を記入させるべきたと考える。「一引き分け」とは歴史問題である。極めて負けに近い引き分けで、問題を先送りしただけである。自分の主張を貫くことは大事であるが、相手の立場も考慮に入れて受け入れられるように努力し、誠意に見せなければならない。歴史問題で韓国の金大中氏との対応が明らかに違ったことは大変残念である。私たちの子孫のために、この問題のこれ以上の先送りはもはや許されない。
 いずれにしても、これからの日中関係は今までと比べて厳しくなっていくと思う。今回の江沢民の日本訪問を21世紀に向けて日中関係の一つ区切りにして、日本の国家ビジョンをしっかりと見据え、対策ではなく、政策を持って外交を展開していかなければならない。

1998年11月 執筆
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