松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1998年10月

塾生レポート

日本の対中国政策を考える(1) どうする!戦後補償
矢板明夫/卒塾生

 
 元衆議院議員浜田幸一氏の著書「永田町、あのときの話」の中にこのような一節が記されている。
 「私は、田中さんが総理大臣になって真っ先に取り込んだ日中平和友好条約(筆者注:日中共同声明、)には、断固反対の立場だった、それは、昭和二十年八月十五日、日本無条件降伏したときに『怨みに報いるに徳を持ってす』と言って温かい配慮を示してくれた蒋介石総統の中華民国(台湾)を、一方的に切り捨てた日中国交回復など、絶対に許すことはできないと考えたからだ、」
 「怨みを報いるに徳を持ってす」とは、蒋介石氏が日本への戦争賠償の請求を放棄した時引用した論語の言葉であるという。多くの国会議員は浜田氏のように蒋介石の行為に痛く感動し、未だに中華民国の「大恩」を忘れられない。「日華議員懇親会」という組織は、このような親台湾派議員が集まり、台湾の利益を擁護するためにできた政治団体である。
 田中角栄総理もまた、中国との交渉の中で、この「怨みを報いるに徳を持ってす」という言葉のお陰で戦争賠償の放棄を周恩来氏から勝ち取った。「蒋介石氏は日本の恩人だ、」と多くの日本人が思っている。
 しかし「怨みを報いるに徳を持ってす」という考え方は本当に論語の思想なのか。「仇ありて、之を報わざれば、君子にあらず。」という諺を持つ中国の思想として、矛盾しているように見える。
論語を考察してみた。

 「或る人曰く、『徳を以って怨みを報わば、如何。』
 子曰く、『何を以ってか徳を報いん、直を以って怨みに報い、徳を以って徳を報いん。』」
 現代語に訳すと:
 「善意を以って怨みに対応するのはどうですか、」という或る人の質問に対して、孔子は「そういう必要はない。自説を曲げず、素直な気持ちで怨みに対応し、善意を持って善意に対応することが大事だ」と説いた。
 なるほど、蒋介石氏はこの孔子問答の質問の一部を切り取って引用したのである。孔子の考えと全く逆である。

 当時、同盟国側は第一次大戦後のドイツの教訓を踏まえ、日本への過大な戦後賠償を求めない方針を決めている。また、国内において、共産党との内戦を控える中華民国政府は日本の支持を必要とした。そして、敗戦直後の日本から大きいな金額の賠償を取れないという思いもあって、蒋介石氏は日本への賠償請求を放棄した方が得だと判断した。「中国には『怨みを報いるに徳を持ってす』という伝統がある。」というセリフも便宜上その場で思いついたものに違いない。日本に対する恩義よりも政治上の損得判断はきわめて高い。

 日本は戦争賠償を免除された方として、理由はどうであれ、当時それによって大変救われたことは事実なので、中国に感謝しなければならない。がしかし、今から考えると、戦争賠償を支払わなかったことで、日本に回ってきたつけも実に大きい。有罪判決を受けたのに、罪を償う機会を失い、日本は中国に一生頭が上がらない関係になってしまった。日中国交回復して二十六年間、日本は経済面や技術面などから、さまざまな形で中国を援助した、しかし、日本の好意を敗戦国の当然の行いとして受け取られ、中国は日本に感謝する気持ちを持たない。この関係は今後も当分続いていくように思われる。また、日本の政治家も民間人も中国と交渉する際に、常に歴史の負い目を感じながら望まなければならず、なかなか対等な立場になれない。 さらに、国家賠償がなかったことから生まれた民間補償問題は、何があるたびに、中国に外交カードとして出され、日本の政治家や外交官はその対応で四苦八苦している。
 日本と違って、もうひとつの敗戦国であるドイツは、戦後長い間、戦争賠償という名目で特別税を国民に徴収し、積極的に戦後補償を行ってきた。このことが国際社会から評価され、いま、ドイツはもはや完全に歴史問題を乗り切り、再びヨーロッパの一員として復帰を果たした。

 11月25日、中国の国家主席江沢民氏が訪日する、歴史問題はやはり主な議題になるらしい。日本はこの際、政府の主導により、中国に対しての戦争賠償を目的とする民間財団を発足させることを、私はここで提案したい。
 日本は戦争賠償を免れたのは中国のやさしさによるものでもなければ、日本の外交のうまさによるものでもない。国際情勢と中国国内の対立構造によって免れたのである。問題は解決されたのではなく、先送りにされただけだった。1972年当時、中国の人民日報新聞の社説で、「日本人民は大変貧しい生活を送っているから、私達は彼らにそれ以上の負担を強要させるわけにはいかない。」という戦争賠償放棄の理由を説明している。情報封鎖時代の中国では、このような嘘はまだ通じていた。しかし、今、改革開放によって情報がオープンになり、さまざまのマスコミを通じて日本人の暮らしの実態を知った中国人達は、日本に対して戦争賠償を求める声が年々高まってきた。最近、全国人民代表大会や全国政治協商会議でもこのような発言も出てきている。「1972年中国が放棄したのは戦争賠償の請求であって、請求権ではない。解釈によって政策転換も可能である。」という中国人もいる。この問題はこれから、日中関係を悪化させる起爆剤になり兼ねない。

 中国は過度な要求を求めてきたとき、我々は巍然たる態度で臨まなければならないが、しかし、かつて日清戦争に勝った時、巨額な戦争賠償を中国からもらった日本として、この問題で強くものが言えない。問題が大きくならないうちに、先手を打って、非政府という形で柔軟に対応することが一番国益になると思う。未来志向の成熟した日中関係を築くためにも、これからの日本の政治家が堂々と中国と渡り合うためにも、戦争賠償問題を見直さなければならない時機が来ているような気がする。

1998年10月 執筆
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