松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1998年10月

塾報

台湾海峡をめぐる駆け引き
矢板明夫/卒塾生

 台湾海峡問題は日米安保の枠組み内なのかどうか。冷戦の終結により、日米の国益はかつてのように重ならなくなってきている。言うまでもなく米国の利益イコール日本の利益とはならない。日本は独自外交を展開する必要がある。

 
●囚人のジレンマ

 国際関係理論に「囚人のジレンマ」というゲームがある。捕らえられた犯人二人が別々の部屋に入れられ、相棒よりも先に白状すれば罪を軽くすると当局にもちかけられるが、仲間の出方が分からないので深刻なジレンマに陥るというものだ。 国際政治では一国の得は他国の損になることが多いのでよくゼロ・サム・ゲームで説明される。しかし、囚人のジレンマゲームでは出方次第で二人の得失点(ペイ・オフ)合計は必ずしもゼロにならない。両者が同時に自白すれば勝者はいないし、沈黙した場合には敗者がいない。つまり二人は自己に最も有利な得点を得ることはできなくても、その損失を最低限、あるいはあるレベルに抑えることはできる。それには互いの協力、信頼が不可欠である。

 台湾問題を見ていると、台湾と中国の関係はこの囚人のジレンマ関係に陥っているようだ。台湾が中国に対し一番恐れているのは武力侵攻であり、中国が一番恐れているのは台湾独立である。とはいえ両者ともこの問題を武力で解決したいとは考えていない。にもかかわらず、両者の間には解決に向けた政治レベルの話し合いが行われていない。
 交渉は、中国の呼びかけに対し台湾が拒否した形になっている。中国はマスコミを通じて江八条(江沢民の八条件)という平和交渉の条件を発表している。台湾経済の完全自立や台湾の自主軍備、さらに外交関係に含まれない部分の立法、司法、行政の独立も認める極めて現状維持に近い条件である。

 台湾はなぜ平和交渉を拒否するのだろうか。台湾のある政治家は「武力侵攻の影をちらつかせる中国をどうして信頼できるだろうか。台湾は今は国際社会の応援を受けている。しかし、一旦交渉に応じれば、この問題は中国の内政問題となりどの国も口が出せなくなる」と言う。
 台湾から最低限の信頼を得るためには、中国はまず武力侵攻を放棄しなければならない。しかし、台湾問題担当の共産党のある幹部はこう答える。

 「江八条で妥協できるところはすべて妥協した。武力行使は我々の最後のカードであり唯一のカードだ。台湾に話し合いに応じる誠意があるかどうかすらわからないのに、それも放棄すれば、台湾が独立した場合、あるいは外国の軍事勢力が台湾海峡に入ってきた場合、中国は何もできなくなる」。
 まさに囚人のジレンマだ。そこで、このような状況で一番利益を得ている国はどこかを考えてみた。

●取調官・米国

 台湾海峡の緊張によって一番利益を受けている国は米国である。台湾問題が存在するからこそ、米国は沖縄に大量の軍隊を配置し、アジア太平洋地域に強い発言権をもちえている。6月のクリントン大統領の訪中でも明らかであったように、米国は台湾カードがあるだけで対中国外交で優位にいられる。そのうえ台湾への武器輸出は米国の軍需産業の莫大な収入源である。クリントン大統領は中国に民間用飛行機を売ったが、ミサイル疑惑が国会で追及されていなければ、中国の軍事産業とも接触していただろうと言われている。中国に武器を輸出できれば、米国は「囚人のジレンマ」の中でどうなっても自分だけは損をしない取調官ということになる。

 クリントン大統領の訪中は、米国の対台湾政策が変更されたのではないかと注目を集めた。しかし対台湾政策が調整に入ったかどうかは疑問である。大統領の言動は米議会で大きな批判を受け、発言直後、台湾を支持する決議が可決された。「台湾の独立を支持しない」という発言は台湾の民意を無視することであり、米国の標榜してきた民主主義と矛盾するものであるとして、台湾に対し武器輸出の継続が改めて宣言された。良く考えると大統領の発言は経済を重視した米国財界の要望を汲み入れたものであり、議会の決議は民主主義と自由主義を標榜する米国の国民と世界に向けての宣言である。つまり米国は、大統領と議会の二つの立場をうまく利用して国益にかなう一つの国際戦略を採っている。

 これに対し日本はどうだろうか。これまで米国に同調してきた日本は、米国と同じようにこの対立の中から国益を引き出せているのだろうか? 答えはノーである。台湾海峡の対立は常に日本のシーレーンの安全を脅かしているし、沖縄の米軍基地は日本国内に対立を生み出している。さらに武力衝突が起これば、百万単位の難民が日本に押し寄せる可能性がある。ガイドライン見直し問題で米中に挟まれて立ち往生し、国際的信用を低下させてしまったのもこの問題が原因である。つまり米国と異なり台湾問題の早期解決は日本には望むところである。

●日本は独自外交を展開せよ

 囚人のジレンマを解くために一つの方法がある。第三者が間に入って双方に対等な立場で公正な会話を行わせることである。台湾問題に関し、その適任者は中台双方と文化的、経済的、歴史的に深い交流を持ち、平和憲法を有する日本をおいて他にない。日本は積極的に中台間の橋渡し役を果たすべきである。それは世界平和への貢献であると同時に日本の国益の実現でもある。
 そこで次に私の提言を述べる。

 提言1 台湾海峡における武力衝突の可能性を下げるため、日米安保協力範囲に台湾海峡を含まないことを宣言する。台湾海峡を日米安保の範囲に入れるという考えは、米国のアジアにおける戦略的目的以外に中国の台湾攻撃を抑止ししようという目的から生じたことだが極めて冷戦時代的な発想である。台湾問題を考えたとき、この問題の根底には次の3つの不確定要素がある。

①中国の出方。
 台湾を武力侵攻する可能性はあるのかないのか。多くの研究者はないと見ているが、95年に出された「江沢民中国国家主席の台湾政策八項目提案」の第4項目には、「台湾が独立した場合と、外国軍事勢力が中国の統一に干渉した場合、中国は武力を行使する」とある。

②台湾の民意。
 台湾人は本当に独立したいのか。台湾行政院が年に3回行っているアンケート結果によれば、ここ数年、統一、独立に対する態度は非常に曖昧である。約半数の台湾人は現状維持で態度を留保している。

③米国の対台湾政策。
 台湾寄りであったり中国寄りであったり、その足元は一定しない。米国の国内法「台湾関係法」にも台湾海峡が戦争状態になったとき、軍が出動するかどうかは書いていない。
 現状ではこの三者のバランスがとれているので取りあえず平和を保っているが、誰かが少しでもこの均衡を壊すような行動を取れば一気に緊張は高まる。こうした中、日本はずっと中国の動向を重視してきた。しかし、ここ数年は台湾の民意の不安定さがこの三者の中で大きな比重を占めてきている。台湾独立を党の綱領として掲げる民進党の大躍進、建国党の成立などである。選挙の際、「独立すれば米国と世界は必ず支持してくれる」という政治家の訴えを必ず耳にする。

 昨年、台湾の外交部北米局長沈呂巡氏を取材した際、次のように言われた。
 「日米安保条約6条は米軍が極東の平和と安全のため在日米軍基地を使用できるとしている。『極東の範囲』について日本政府は1960年2月の統一見解で「フィリピン以北並び日本及びその周辺の地域で韓国及び中華民国の支配下にある地域」とした。また、沖縄返還に関する69年11月の佐藤・ニクソン共同声明第4項には韓国条項とともに『台湾地域における平和と安全の維持が日本の安全にとって極めて重要な要素』と盛り込まれている」。
 いずれも中国と国交のない冷戦時代に交わされたものであり、新たに「台湾海峡を日米安保に入れない」という声明を出さない限り、先の条項はいつまでも生き続ける。これが台湾独立勢力を勇気づけていることは言うまでもない。
 また、日本の曖昧政策によって米国の曖昧政策も機能しなくなっている。危険なことである。米国人の中にもこの危険を感じている人がいる。元国防次官補ジョセフ・ナイ氏である。彼は今年の3月にワシントン・ポスト紙で論文を発表した。米国政府の中国と台湾に対する従来の「戦略的曖昧さ」は危険だとして、台湾に公式の独立宣言は決してしないという誓約を求めることを提案した。ナイ氏はかつて「戦略的曖昧さ」を主唱した人物であるだけに反響は大きかった。台湾海峡の平和維持には武力による抑止よりも、干渉しないことを宣言して台湾の独立勢力を支援しない方がずっと効果的である。後者の方が真の平和への貢献である。さらに、この宣言によって中国の日米安保に対する不信を取り除き、東アジアの軍事緊張を和らげることができる。日本にとっては、行き詰まっている日中関係を前進させることができるという点で何より国益にかなう。

 一方、この宣言は駐日米軍の手足をある程度縛る形となり、米国のアジアにおける権益を損なうかもしれない。恐らく米国は「同盟国らしからぬ行為」と非難するだろう。しかし、同盟関係とは共通の権益を追求するために存在するのであり、一方の権益だけを追求するためにあるのではない。この宣言は単なる個別事例に対する対応の違いであり、日米安保の根本を揺るがす問題ではない。前例もある。昨年、橋本政権は対人地雷全面禁止条約を調印した。朝鮮有事の際には北朝鮮軍の南侵を対人地雷で抑えようと考えている米国にとっては、日本の調印は痛手である。日本の行動に対し米議会から不満が出た。しかしそれが「日本不信」に発展したわけではない。誠意を持って説明すれば、この宣言は必ずしも日米関係にマイナスにならない。

 提言2 日台交流を深め、台湾の国際社会への参加を支援する。
 軍事介入しないということは、台湾を見捨てることなのか。否、正反対である。宣言することによって始めて台湾を見捨てることなく応援することができる。小渕首相は所信表明の答弁の中で台湾問題についてこのように述べている。「中国政府は台湾問題を中国人同士の問題として、平和的解決を目指している。当事者間の話し合いで平和的に解決されることを強く希望する」。

 しかし、なぜ、当事者間の話し合いが今だに始まっていないのか。それは両者の力の差があまりに大きく、対等な関係での話し合いが困難だからである。国際社会の監視の目がなければ、とても対等な立場での話し合いにはならない。台湾が話し合いの呼びかけを拒否しているのもこの点につきる。そこで日本としては日台関係を強固なものにし、台湾を国際社会に迎え入れることである。これこそが、私が主張する日本の独自外交であり、世界平和への貢献である。ただし一つ前提条件が必要となる。中国の「日本は台湾の独立を支持している」という警戒心を取り除いておくことである。そこで提言1の宣言の意味がでてくる。

●日本にできる自主外交政策

 次にいくつか具体策を挙げてみる。

1)台湾の特別地域としての国際組織への加盟を支持する。
2)台湾に対するすべての自主規制を撤廃する。
3)地方間の姉妹都市締結運動を推進する。
4)政官界の相互訪問を深める。
5)台湾、沖縄、福建の経済圏(蓬莱経済圏構想、沖縄県庁発行国際都市形成構想に類似の提案がある)の形成を全力推進するなど、日本を舞台に中台間の交流を進展させる。
6)将来、中台間の平和交渉の仲介役を目指す。

 国際組織への加盟問題は当然中国からの反発が予想されるが、それを乗り越えやり遂げるべきである。中国もここにきて「辛抱強く、急がず(戒急用忍)」政策を取り続ける台湾を相手にかなり手詰まり感を感じている。指導部が台湾に向けて出すメッセージも「独立を除けばどんなことを話しても良い」に変化してきている。李登輝総統が求める国際舞台への復帰にも柔軟な態度を示すようになった。米国のように力で押さえつけるのではなく、軍事的背景を持たない日本がこの問題に貢献することはむしろ中国の望むところだろう。しかし、残念ながら日本は中国からも台湾からも信頼されているとは言い難い。平和主義と民主主義、二つの理念で誠意をもってこの問題に臨みたい。

 台湾の国際組織への加盟を支援することは、台湾の中国に対する立場を強くするだけではなく、国際社会から断絶されることによってもたらされる台湾人の生活の不便を解消することにも繋がる。さらに台湾の経済発展の経験や民主化の経験を世界中に紹介することができる。こうした活動で信頼を築けば、日本はノルウェーがアラブとイスラエルの仲介役を務めたのと同じような役割を中台間で務めることができるだろう。
 21世紀、日本がアジアの中で信頼され、尊敬される国になるため、今、具体的な行動を示す時が来ている。中台問題の解決への貢献はその切り口と考える。

1998年10月 執筆
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