論考

Thesis

岡本太郎「太陽の塔」建設の真の意味と三つの芸術運動 〜障がい者福祉及び自殺志願者への声かけの現場を見て〜

 大阪府吹田市の万博記念公園には、巨大で奇妙な塔がそびえたっている。岡本太郎作「太陽の塔」だ。1970年に開催された万博のために建造されたものである。万博とは科学技術と資本主義の祭典であり、「進歩と調和」がテーマだ。
 しかし、この塔は真逆の意味を持って建てられたという。それは、「科学技術と資本主義一辺倒で豊かさを追い求めて上手くいく時代は、早晩終わりを告げる。本当に人間が生き生きと輝くにはどうすればいいか、根本から見直さなくてはいけなくなる。」という警告である。
 まさに今、我々はこの問題に直面していると言える。それは、今日の日本社会が抱える大きな社会課題の一つである、精神疾患を有する患者数の増加あるいは無自覚な精神的困窮者の存在である。
 精神疾患を有する患者数については、厚生労働省が示す資料[1]によれば、外来患者数が平成14年の223.9万人から平成29年には389.1万人へ、165.2万人が増加している。その中でも最も割合の高い疾病は「躁鬱を含む気分(感情)障害」である。2002年は68.5万人であるのに対し、平成29年には124.6万人と、約1.8倍もの増加が見られる。
 2011年には、厚生労働省により「がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病」に「精神疾患」が加えられ「五大疾病」にも位置付けられている[2]。
 無自覚な精神的困窮者としては、例えば「ヤングケアラー」が該当すると考えられる。2020年に実施された株式会社日本総合研究所の調査研究、及び2021年に実施された三菱UFJリサーチ・コンサルティングの調査研究では、小学六年生6.5%、中学二年生5.7%、全日制高校二年生4.1%が、世話をしている家族が「いる」と回答している。その中で、小学六年生の事例を取り上げると、父母の世話をしながらも父母が世話を必要とする理由について「わからない」との回答が3割程度であったこと、平日1日あたり7時間以上世話を行っていても、その3割超が「特に大変さは感じていない」と回答していること等から、家族の置かれた状況を十分に理解できていなかったり、家族の世話をすることが当たり前になり、その大変さを十分に自覚できていなかったりする可能性があるとのことであった。また、中高生の事例においても、「子ども自体がヤングケアラーだと気づいていない場合も多くある」と考察されており、ケア自体が生活の中に溶け込み、精神的困窮が無自覚のうちに進んでいるということもある。
 その他にも、精神的困窮からくる大きな問題としては、自殺率が高いこと[3]、若者の自己肯定感が低いこと[4]、他者への寛容さが低いこと[5]、他者への関心が低いこと[6]、インターネット上での誹謗中傷の書き込み数が増大していること[7]などが挙げられる。
 これらの精神的困窮の原因は何か。それは、社会的地位が高いことや、モノやカネをより多く所有することこそが価値ある生であるとの共通了解が育まれてしまい、「本当によい生き方は何か」といった、より豊かで多様な生のあり方の価値や意義の追求を怠ったためではなかろうか。そして、日本社会は、資本第一、物質中心、効率優先、競争重視などのドクサにとらわれてしまったのではないかと考察する。
 では、このドクサから解放されるためにはどうすれば良いだろうか。私は次の二つの研修からそのヒントを得た。
 一つは、福井県坂井市東尋坊にて元警察官である茂幸雄さんに伺った言葉である。それは、

 「自殺を決意した人は相談所でもどこに行ってもダメだった人だ。そんな人たちは生きる意味が分からなく、声かけしても「まだ私に苦しめと言うのか?」と言う。夢と希望が見えないのだ。命を獲る怪物は、見栄、プライド、意地、そして世間体だ。自分を大切にしないのはいけないことだよな。そんな人たちに私は、「俺がなんとかしてやる」と声かけをして、保護をする。保護した後に連れていくアパートには管理人がいないから、いつでも自分の命を絶つことができる。だが今まで18年間、そこで自殺をした人は一人もいなかった。みんな実は死にたくないのだ。」

 というものである。
 東尋坊とは、日本海を見下ろす断崖絶壁の絶景が続く観光名所であるが、一方で青木ヶ原樹海に次ぐ日本第二の自殺の名所である。そして、この場にて18年間毎日、自殺防止パトロールにて自殺者に対する声かけ活動を行っているのが、「ちょっと待ておじさん」の名で知られる茂幸雄さんである。この声かけの成果は、かつては年間平均20〜30人だった東尋坊での自殺者を8人まで減らし、累計755人を保護するに至っている。そんな茂さんの言葉には、何とも形容し難い重みがあった。
 そこから私は、自殺志願者は「自分を生きることができていない」のではないかと考えた。茂さんが言っていた「見栄、プライド、意地、世間体」とは、いずれも社会が規定した価値基準が元となっている感情及び考えである。社会的価値観自体が悪い訳ではない。自己の価値観と乖離しているにも関わらず、社会的価値観をそのまま受け止め続けることがいけないのである。自己の価値観で生きることが、すなわち自分を自由に生きることであり、ドクサから解放される道であると考えるに至った。
 もう一つは、山梨県甲府市役所障害福祉課インターンにてサービス支援を申請される障がい者と直接お話しする中で感じたことである。それは、「障がいを持った方々は、経済的価値や他者との比較から独立し、今を生きている」という感覚である。確かに、障がい者は健常者に比べて出来ることは少ないかもしれない。自分のルールが存在するためにこだわりが強く、相手に合わせることが難しい人も多い。しかし、無意識的に自分と向き合い、この瞬間を生きているように私の目には写った。
 もちろん、障がい者の方々もそれぞれ苦しみを抱えられていることだろう。だが、自身を否定し生きることを諦めようとしている人は、私がヒアリングした人たちの中にはいなかった。精神障害の方も、しっかり前を向いて一歩ずつ歩みを進めていた。芸術家・岡本太郎がいう「無条件で生きる、絶対感で生きる」をある意味で体現しているように感じた。それこそが、ドクサから解放される道ではなかろうか。
 さらにそこから私は、これらの考えを三つの運動と結びつけた。それが「象徴主義(Symbolism)」「表現主義(Expressionism)」そして「超現実主義(Surrealism)」である。これらはそれぞれが同系統の流れを汲むものであり、いずれも写実主義(Realism)、自然主義(Naturalism)、実証主義(Positivism)へ消極的な態度を示す芸術運動と解される。
 前段落以前の私の考えは、この三つの運動に共通する大きな流れとしての類似性もそうであるが、個々の運動との繋がりもあると考えられる。「象徴主義」とは、理想世界を喚起し、精神状態の主観的表現を重視するという点で、「表現主義」とは、子どもや精神病者の表現への共感を表明していたという点で、そして「超現実主義」とは、無意識や潜在的意識に目を付けていたという点で、それぞれが私の考えと結びつく。
 以上をまとめると、精神的な復興を成し遂げるためには、数値や論理、理性などの客観性への崇拝から一度離れ、自身の経験や感性、不完全さをも受け入れた主観性に今一度、光を与えることである。ただしそれは決して、客観性の否定ではない。行き過ぎた自然主義に待ったをかけることである[8]。シュルレアリスムが、アンチレアリスムではなく、あくまで現実と地続きに考えられているように。
 そして、これらの発想は冒頭で述べた岡本太郎の発想にも近いところがある。彼は、万博という近代主義的進歩思想を祝福する祭典にて、「生命力のダイナミズム」や「縄文という原始社会の尊厳」などの対極のテーマを設定した。その真意とはまさに、自分を自由に生きるという主観性の尊重ではなかろうか。この思想こそが、今の日本における閉塞感を打破する唯一の契機となると私は確信している。

注)

[1]2022年6月9日に行われた「第13回地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会参考資料1」を参照。

[2]『医療福祉総合ガイドブック』2021年度版より

[3]OECD43か国中7位、G7中1位(世界保険帰還資料2021年)より

[4]「自分自身に満足している」アメリカ86.0%、イギリス83.1%、韓国71.5%、日本45.8%、「自分には長所がある」アメリカ93.1%、イギリス89.6%、韓国75.0%、日本68.9%(内閣府意識調査資料2013年)

[5]世界幸福度ランキング156か国中148位(World Happiness Report 2022)

[6]世界人助け指数114か国中114位(World Giving index 2021)

[7]2010年から2019年で4倍(違法・有害情報相談センター)

[8]現代のドイツの哲学者マルクス・ガブリエルが提唱する「新実在論」における「現実は一つではなく、数多く存在する」という主張も、まさにこの自然主義の加速に歯止めをかけようとするものであると筆者は考察している。

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水上裕貴の論考

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Yuki Mizukami

水上裕貴

第42期生

水上 裕貴

みずかみ・ゆうき

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