論考

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中間発表会・19期生の活動

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松下政経塾

1999/11/28

松下政経塾では年に2回、全塾生・スタッフが集って発表会が行われる。一つは3月に行われる年度末の研究実践審査会。もう一つが4月から半年間の活動を報告する中間報告会。これが10月21日・22日、茅ヶ崎の松下政経塾で行われた。昨年入塾した第19期生の活動を紹介する。

■日本にはなぜ観光客が来ない?

 19期生は昨年4月に入塾し、1年間のアソシエイト活動を終えて、今年4月からフェローとして世界各地で研究実践を行っている。
 島川崇塾生の活動拠点は英国だ。テーマは「文化・芸術的視点で国家を考える」。まずロンドンで行われた瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』の講演と、冨田勲さんが作曲した『源氏物語交響絵巻』という交響楽にのせて日本の美しい四季をスクリーンで紹介するイベントに関わった。催しは大成功だった。会場に集まった9割近くが外国人で、彼らから「この素晴らしい自然は日本のどこに行ったら見ることができるのか」と聞かれることになった。そこで彼の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。「英国と比べて、なぜ日本に来る外国人観光客は少ないのだろうか」。今、問題意識を持っているのは「どうしたら日本に外国人観光客を呼ぶことが出来るか」ということだ。

 島川塾生は日本への観光客の受け入れが少ないのは、観光の専門家が少なく、かつ政府の振興策が不充分だからと考える。日本では最大手の旅行会社が他を圧倒して絶大なる力を持っており、日本の観光政策にも多大な影響を与えている。日本の大手旅行会社にとって外国人観光客の受け入れはあまり儲からない。それよりは日本人を海外に連れ出したほうが儲けになる。この発表に対して、盛んなディスカッションが行われた。
 たとえば「観光客の受け入れが少ないのは日本では英語が通じないからだ」。また、「日本の観光習慣は海外と大きく違う。日本人の多くは観光地を1泊2日かそれ以下で訪れる。知人の英国人が2週間同じ旅館に滞在したら、食事が全く同じ内容であることに気づいた。『なぜ、毎日変えないのか』と旅館の経営者に聞くと、『なぜ、あなたは他の場所に行かないのか』と反対に聞き返された」(笑)。「成田空港の離着陸料金は世界一高く、しかも不便でかつ滑走路は1本しかない。海外のビジネスマンは乗り換え地点にすらしたくないとして、ソウルや香港を利用している」などなど。
 これに対して島川塾生は「韓国でも英語は通じないが受け入れ振興のために韓国観光公社がさまざまな工夫を講じ、訪韓外国人数を増やしている。日本と比較して観光政策を提言する専門家と政府の取り組みの違いは明白である」と答えたが、一方で「長期滞在への対応や成田空港の問題は確かに解決すべき課題だ」と認める。活発なやりとりを通してコメンテーターからも「観光を通じて日本を理解する外国人が増えるのは望ましいことだ。もっと徹底的にやりなさい」とエールを送られた。島川塾生は、現場のわかった観光政策の専門家となるため、引き続き英国ノース・ロンドン大学で観光学を戦略的に研究する。

■夢に形を与えるために

 同じくヨーロッパで研修をしているのが小林献一塾生だ。彼は地域統合の先進例であるEU(ヨーロッパ連合)の競争政策を学ぶため、世界第9位の規模(弁護士数約900人)を誇るアレン・アンド・オーベリー法律事務所のブリュッセルオフィスの研修生となった。今年10月からは、EUの主要構成機関である欧州委員会の貿易総局WTO(世界貿易機構)課で「競争と貿易」をテーマに研修している。具体的には次期WTO交渉に関わる交渉に携わっている。
 小林塾生の夢はヨーロッパのように、東アジアにおいても真の相互信頼を築くためEUと同じような国際組織を東アジアで実現することだ。第2次大戦後、ヨーロッパでは安全保障や経済協力の分野でNATO(北大西洋条約機構)やEUなどさまざまな機関がつくられた。しかし東アジアではそれに比較しうる国際協力の体制は全く描かれていない。小林塾生は東アジア版ECの夢に形を与えるため、今後は日本と韓国の間で研究が始まった日韓自由貿易圏について研究を進める予定だ。

 同じように大きな夢を抱いているのが「異民族・宗教徒間の共生」をテーマにパレスチナで活動する神前元子塾生だ。彼女が席を置くウィーアム・パレスチナ紛争解決センターは、1994年に設立されたパレスチナのNGOで、ヨルダン川西岸地区(主としてベツレヘム近隣で)コミュニティー内の紛争予防と解決にあたっている。「共生という夢を抱いてパレスチナに行ったけれども、今は現実の厳しさに直面しています」と彼女は言う。世界の紛争地域から若者をエルサレムに連れてきて対話・交流を行おうというプロジェクトは資金難のため暗礁に乗り上げている。いや、同じパレスチナ人の中でさえ、イスラム教徒とキリスト教徒との確執を何度も眼にした。

 一方で、日本人訪問団のコーディネートをして、同質社会に慣れた日本人の若者がパレスチナで生活しながら、次第に民族問題に対する認識と心を広げて行くことも体験した。「日本人はイスラム教徒・ユダヤ教徒・キリスト教徒という、複雑なパレスチナの地で、誰とでも等距離でつきあえる存在です。それを活かして仲介者・緩衝材となりうる可能性を秘めています」と眼を輝かす。来年1月には、明石康・元国連事務次官が代表を務める日本予防外交センターが、初めてパレスチナに派遣する要員のコーディネートをすることも決まっている。

■日本の安全保障を考える

 日本をはるか離れた地で研修する仲間を尻目に、日本国内で安全保障の問題にじっくりと取り組んだのが城井崇塾生。彼は政経塾の卒業生で民主党の前原誠司・衆議院議員(当時、衆議院安全保障委員会理事)の国会事務所に身を置き、日本の安全保障政策に関する国会と政党における政策論議の現場を見てきた(『塾報』今年8月号「誰のための安全保障か」参照)。さらに彼が現在、集中して研究しているのが沖縄だ。沖縄市役所企画課に席を置き、沖縄の現状について300人以上の人と会い、問題を語り合った。その中で彼が感じたことは次の三つだ。①沖縄独特の歴史・文化を理解すること②基地問題は同じ沖縄島内でも市町村によって異なっていること③基地政策とまちづくりのリンクを考えること、その3つが沖縄を考える上で重要だ。
 「問題の整理はもういい。まず一歩前進、そして現実的対応を考えよう」と城井塾生は言う。そのために国会での研修で得た知見を元に、日本の安全保障政策の問題点が集積している沖縄へ関わり続ける。彼は「米軍基地跡地利用を推進する新たな組織の設立可能性に関する研究」の検討委員として、普天間基地の跡地利用について提言していく。

 金子将史塾生は、城井塾生と同じ安全保障を、米国合衆国の首都・ワシントンにあるPacific21(太平洋協議会)で研究・実践してきた。Pacific21(太平洋協議会)とは、太平洋地域に関心を持つ人々の多国間ネットワークの育成と、ワシントンにおける日本の情報・広報拠点を目指す団体。代表は政経塾の先輩、15期生の横江公美さん。金子塾生の役割は、企画書の作成や、国務省・国防省関係者などを講演者として招きカンファレンスを運営することだ。これまで行った講演会のテーマは「ポスト・コソボの東アジアの安全保障」、「テポドン発射後の米国の外交戦略」など。

 この秋からはモントレー研究所(本部カリフォルニア)不拡散研究センターで研修している。モントレー研究所は、大量破壊兵器(核、生物兵器など)の不拡散研究者を30人以上も抱えるこの分野では最大のシンクタンクだ。米国は大量破壊兵器とミサイルの拡散が、自国の安全保障政策と世界の安定に対する最大の脅威と見做している。彼はここでリサーチアシスタントなどを経験した後、将来は政治家を安全保障分野で支えるシンクタンクを起こすつもりだ。また、並行して資金の集め方などシンクタンクの政治・経営学を実地で学ぶことも課題だ。

 19期生は2001年3月に松下政経塾を卒業する。「21世紀、理想の日本と世界の実現」を目的として創設された政経塾。21世紀に入って始めての卒業生となる彼らは、すでに21世紀の課題を追いかけている。

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