論考

Thesis

特別塾生発表会

自治体の日韓交流とは? 韓国人ビジネスマンの見た海外日系企業は?日台の姉妹都市交流は可能か? 特別塾生=外部の機関から松下政経塾に派遣された人たち。その発表会が政経塾で行われた。彼ら・彼女らは政経塾の活動で何を学び、何を職場に持ち帰るのだろうか。

松下政経塾には、入塾試験を経て入ってくる塾生とそれとは別枠で入ってくる特別塾生(通称インターン)とがいる。入塾試験を経た塾生が塾で3年間研修するのに対し、特別塾生は、国内の自治体や海外の研究機関などから派遣されて約1年程度在塾する。この制度は1990年入塾の第11期生と同時に、熊本県からインターンが派遣されてスタートした。昨年度の第18期特別塾生のうち3人の研究成果発表会が、3月12日に送り出し機関の代表者も交えて政経塾で行われた。

 トップに発表したのは佐賀県庁から派遣された岸川健吾特別塾生で、テーマは「日韓地域間交流の現状と今後の展望」だ。歴史的・地理的に佐賀県と近い韓国との交流を通して日本における地域の国際化を考え、さらには良好な両国間関係の構築を目指したものだ。 日韓姉妹都市提携は1988年のソウルオリンピックを契機に増加した。1988年度から89年度にかけて行われた「ふるさと創世」事業により、地方活性化の手段として姉妹都市提携がクローズアップされたという日本側の事情もある。1997年12月1日現在で73団体(都道府県7、市区44、町村22)が韓国側と提携を持っており、日本にとってはアメリカ合衆国、中国、オーストラリアに次ぐ数である。韓国にとっても、中国、アメリカに次いで第3位の数。特徴は九州・中国地方で39団体と西日本・日本海側に多いことだが、最近は全国に広がりつつあるという。
 ただし問題点もあり、韓国側が経済的なメリットに力を入れて交流を求めているのに対し、日本側は「交流のための交流」になっている所が多いことが指摘された。また、韓国側には経済危機の影響で交流事業予算を削減せざるをえない自治体も多く、2002年の日韓共催ワールドカップにむけて今こそ目的を明確にした協力が望ましい、と岸川塾生は強調した。

 彼はいま、調査結果を論文にまとめており、日韓の現場を訪ね歩いた着実な研究として、またデータブックとしても、韓国との交流を考える地方公共団体には大いに参考となるだろう。(連絡先は文末)
 ところで佐賀県は『葉隠』の地だけあって、毎年派遣される特別塾生は文武両道の質実剛健な青年が多い、とは塾内の評判だ。毎年秋に行われる100キロ歩行訓練では、塾生を押さえて歴代の佐賀県からのインターンが1位を確保し続けている。

 続いて趙允鴻特別塾生の発表。彼は韓国・大宇グループから派遣されている。政経塾に来る前は大宇自動車株式会社の海外統括課長として働いていた。その経験を活かしたテーマは「海外進出日本企業のヒトの現地化」である。マレーシア、イタリア、ルーマニアに進出している日系企業・韓国企業8社を巡り、その現地化の問題を取り上げた。
そして欧米の企業とは違った日系企業・韓国企業のヒトの現地化の障害とその原因を探っている。
 趙塾生は現地化の段階を、日系企業は職務に応じた日本人派遣者と現地の人との「棲みわけ」の段階に達し、韓国企業はもう一歩手前の中間管理者の育成と権限委譲の段階にある、とまず指摘した。その上で現地化の障害として、何よりも言語の重要性をあげた。これは日系企業・韓国企業に共通する悩みであるという。英語は日本人・現地の人の双方にとって外国語であり、ニュアンスがうまく通じないためのトラブルが多いこと、そして日本人派遣者が通訳の役割に忙殺されている現状をあげた。
 また、終身雇用を前提とした日本型経営の中の昇進スピードは、「昨年の成績に対する評価を次の年にすぐ求める」という現地のキャリア・ディべロップメント志向と合わない点も指摘した。その上で、ポイントは人材の質を上げることと、本社の国際化への改革だとする。自分自身の実際の体験に基づく話は説得力があり、「現地で一所懸命働いていても、本社では派遣者はゴルフばかりしていると誤解される」などとユーモアたっぷりに語った。

 最後は張佑如特別塾生。台湾出身の彼女のテーマは「松下政経塾を通じての日台交流」だ。最初に「松下政経塾での1年間を通じて、志や使命というものを常日頃から考えるようになった」と述べ、自分の使命が「日台交流の促進と政経塾の理念を広げることにある」ことに気づいたという。「日本語でプレゼンテーションができるようになったのが嬉しい」とは海外インターンらしい感想だ。
 1972年の日台国交断絶以来、主として政治的な理由から日本と台湾の交流はほとんど経済関係に偏っている。姉妹都市の締結も現在2つのみ(いずれも沖縄県)。そのような中で彼女が取り組んでいるのが姉妹都市締結だ。地方自治やまちづくりにおける「日本経験」を台湾が学ぶのは重要という見地から、台湾の馬公市(膨湖県)と糸満市(沖縄県)の間で市町村レベルの交流を進めるプロジェクトを促進している。大都市は姉妹都市になってもほとんど実質的な交流をしないことからである。また沖縄には地理的・歴史的に近い台湾からの資本を歓迎する動きがある。馬公・糸満両市は人口・面積がほぼ同じであるばかりでなく、漁業から観光業への転換中と産業構造も似通っている。

 一方、松下政経塾の理念を広げるために取り組んでいるのが、松下幸之助塾主が政経塾生に語った『講話録』と『問答集』の翻訳と台湾での出版だ。翻訳はほぼ完成し、出版について具体的に交渉中である。台湾の財界の援助を受けた台湾版・松下政経塾を設立することも視野に入れており、「この1年の経験を活かし、塾是にあるように『世界の平和と人類の繁栄のために』貢献したい」とチャーミングな笑顔で語ってくれた。
 発表会では最後に宮田義二・松下政経塾塾長が「政経塾を離れてもそれぞれのポジションでの活躍を期待しています」と述べ、3人の成果を称えた。政治家や政策研究者・ビジネスやNPOの世界に巣立っていく塾生とともに、地方自治体や海外の組織の中で活躍する特別塾生のネットワークも広がっている。本年度も日本の地方自治体・中国・韓国・オランダから5人の特別塾生が派遣され、政経塾の一員として活動する(右のお知らせを参照)。


付記:
研究への問い合わせはE-mailで。アドレスは岸川健吾kengo@mskj.or.jp、趙允鴻cho@mskj.or.jp、張佑如chang@mskj.or.jp

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甲斐信好の論考

Thesis

Nobuyoshi Kai

甲斐信好

第3期

甲斐 信好

かい・のぶよし

拓殖大学副学長/国際学部教授

Mission

民主化と経済発展 タイ政治史 アフリカの紛争

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