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今年10月、ドイツのエネルギー関連地域公社である“シュタットベルケ”の視察調査として、ライプチィヒ、ヴェッテジンゲン、マインツ、ハンブルグを訪れた。それら調査結果について報告する。
2016年4月に始まった電力の小売り全面自由化により、新たに電力小売事業に様々な企業が参入し始めている。その中には、自治体が主体的に電力小売事業に取り組む例(以下、自治体電力)もある。
自治体電力の目指す姿の一つとして、ドイツの「シュタットベルケ」が挙げられることがある。「シュタットベルケ」とは、英語で言うとCity Workに相当し、いわゆる、市営公社に相当する。では何故、ドイツの「シュタットベルケ」を参考にするかと言えば、住民に対して電力、水道、ガス、熱など、様々な生活インフラサービスを安価かつパッケージで提供し、他事業者に対して競争力を保持するためである。市町村経営の視点では、電力や水道事業が収益(黒字分)を生み出し、それを交通などの赤字事業の補てんに利用することで、市が提供する様々なサービスを持続可能とすることも目的の一つである。さらに、「シュタットベルケ」の形をとることで、都市部に集中しがちな雇用を地域に生み出す事が可能となることも確認されている。
ところで、日本の自治体電力がドイツの「シュタットベルケ」のようになり得るのか、という点について今年9月、塾生研究レポート「自治体電力ビジネスの“日本版シュタットベルケ化”の可能性」[1]を上梓した。
仮にドイツで成功している「シュタットベルケ」のような形態を目指すのであれば、そこに至る道としてどのような方法があるのかという点について提案したが、私自身、ドイツの「シュタットベルケ」に訪問したことが無かったため、幾つかの不明瞭点があったままの執筆作業であった。
そこで、今年10月22日(日)より29日(日)にかけ、ドイツの「シュタットベルケ」及び関連プロジェクトを視察、ヒアリングし、その実態の一部について自らの目で見てきたことから、それら視察の成果について報告する。
Leipzig(ライプチッヒ)はドイツ東部ザクセン州の最大都市である。2017年時点の推定人口は58万人、都市圏全体を含めると約110万人が居住する地域であり、移民等も含め人口が増え続けているという特徴がある。
Leipziger Stawdtwerke(ライプチッヒ シュタットベルケ)は、ライプチッヒ市が100%出資する持ち株会社「Leipzig City Holding (LVV)」の傘下企業の総称であり、Leipzig Public Utility(電力・ガス・熱事業/LVV100%出資)、Leipzig Waterworks(上下水道事業/LVV74.65%出資)、Leipzig Public Transport(交通事業/LVV100%出資)、Netz(導管・配電線事業/LVV100%出資)などが置かれ、事業が行われている。また、LVVはポーランドのグダニスクにおいて熱供給事業への投資や、スタートアップ支援事業、バイオマスや風力発電など再生可能エネルギー事業なども実施している。
そもそも、ライプチッヒ シュタットベルケは1840年にガス灯事業から開始した会社であり、その後、1913年に地域熱供給事業、1995年にガスタービンコンバインドサイクル発電設備の稼働を開始している。現在、顧客数は電力25万契約(シェア6~7割)、ガス2万2千契約、地域熱供給5千契約(シェア3割)となっている。
図1. ライプチィッヒ経済担当副市長(左)と
ライプチッヒ シュタットベルケ担当者(右)
今回の視察調査では、ライプチッヒ経済担当副市長、ライプチッヒシュタットベルケ担当者、同社ネットワーク部門Netz社担当者などからヒアリングを行う事ができた。副市長によると、自分達でできることは自分達で行うという”自立”のための一つの手段がシュタットベルケビジネスであり、その観点から、市も経営委員として関与している旨を伺うことができた。
また、ライプチッヒ シュタットベルケが現在、最も注力している事業は地域熱供給事業であると、同社担当者が繰り返し説明して下さった。その理由は、熱供給は発電時の排熱を利用することでエネルギー効率が良いほか、大規模化によるスケールメリットが生まれるからである。また、一旦、地域熱供給を採用すると、スイッチングコストの観点からも他技術への移行は容易では無く、性質上地域独占であることからも経営的安定に寄与する事も考慮されていた。
さらに、直接的理由ではないと思われるが、エネルギーセキュリティの考えが節々に表れていたことも印象的であった。と言うのも、ロシアから天然ガス輸入がストップした場合やエネルギー価格高騰の場合など、有事において柔軟に対応できるようにするシステムにも、経済合理性が許す範囲で投資していたことも勉強になった。ライプチッヒ シュタットベルケで私が見たものは、自立、経済性、住民サービス、経営の持続性、のいずれもが考慮された結果生み出されたサービスであったと言える。
図2. ライプチィッヒ シュタットベルケの
ガスタービンコンバインドサイクル発電所(左)および同発電所の元所長(右)
図3. ライプチィッヒ シュタットベルケのネットワーク部門が
2014年に設置した熱貯蔵タンク(左)と熱配管(右)
Wettesingen(ヴェテジンゲン)はドイツ・ヘッセン州に位置する人口1000人程度の小さな村である。村には370戸の建物があり、うち4つの公共施設、3つの教会、1つの会社がある。ドイツ全土には140箇所の”エネルギードルフ”と呼ばれる熱供給の全てを再生可能エネルギーによって賄っている地域があるそうだが、同村はその中で積極的な取り組みを行っている地域の一つとの事である。
Wettesinger Energiegenossenschaft(ヴェテジンゲン エネルギー協同組合)は2009年のエネルギー価格高騰の折、議会や村長などが集まり、その対策を議論したことに端を発する。当時、200人以上の村民による集まりが行われ、その後、各家庭に熱を供給するシステムの検討が有志によって1年半行われた。
時を同じくして、ドイツの再生可能エネルギー買取制度が変更されるとのアナウンスがあったことから、中心メンバー14人のみでバイオガスCHP(熱電併給プラント)の導入を進める。元々、ヴェテジンゲンには大手バイオエタノール製造メーカーのプラントがあり、バイオエタノール製造過程においてバイオガスが発生していた。これを分けてもらい、ディーゼルエンジン(図5右)によって発電すると共に、熱供給事業にも活用しようと考えたわけである。
その後2011年に、地元153戸の合意を得て、エネルギー協同組合が発足する。そして、地域熱供給システムの設計が始まり、2013年着工、2014年の運転開始に至る。最終的に198会員210戸への熱供給が行われる事になる。総事業費は570万ユーロ、うち補助金を200万ユーロ受けた。さらに、会員は組合費以外に熱供給を受ける1戸あたり30万円の工事負担を行った。現在、システム運用は全て自動化され、基本的には無人運転が可能であると共に、理事長以下、同組合の運営スタッフ4人は全て無給で週交代で業務を分担しているのと事であった。
ヴェテジンゲンエネルギー協同組合のシステムは、技術的にも大変興味深い設計が行われており、年間熱需要を需要曲線に従いベース需要、ミドル需要、ピーク需要、それぞれに対応した設備が導入された。ベースロードは上述のディーゼルエンジンが担い、ミドルロードについては、390kWth、530kWth、720kWthの木質チップボイラ(図4右)が熱を供給する。ピークロードおよびそれらが全て機能しなくなった場合のバックアップには1300kWthボイラも設置された。この意味で、200戸程度への熱供給事業であるものの、本格的な”エネルギー会社”として自立運営できる体制が整えられていることに感銘を受けた。
同組合の理事長によると、組合のモットーは、「住民により住民のために」であるとのこと。2017年現在、売上は電力6,000万円、熱6,500万円、売上原価はバイオガス5,200万円、木質ペレット5,200万円(全て1ユーロ=130円計算)となり、決して大きな利益が出ているわけではない。熱価格も市場平均価格より1セントユーロ/kWhth高く、当初の問題意識であったエネルギー価格対策としての意味づけは十分達せられていない部分もある。ただ、今後、エネルギー価格がどのように推移するかは不透明であり、長期的に地域が持続する手段として意義ある投資であったと考えておられた。
図4. ヴェテジンゲン エネルギー協同組合 理事長(左)と
同組合が保有するバックアップボイラ(フィースマン社製720kWth)(右)
図5. ヴェテジンゲン地域熱暖房に使われている熱供給配管(左)と
熱供給用ディーゼルエンジン(MAN社製366kWel/456kWth)(右)
また、同村には、地元有志によって1998年に設置された市民風力発電所が複数稼動していた(図6)。同村近くに原子力関連施設の立地が検討された事を受け、自然エネルギーによって十分エネルギー供給が賄えるとの意思表示を行うために設置したとの事であるが、当時は風力発電技術も黎明期にあり、また、ドイツで市民風車が活発になってきたのが2000年代からであることを考慮すると、早い時期からエネルギーの地産地消を目指した取り組みを行っていた事がわかる。おそらく、これらの長年の積み重ねがヴェテジンゲンのDNAとしてエネルギー自立の精神を育んだと言えるかも知れない。その意味で、ヴェテジンゲンの事例は、エネルギー自立の精神を持つ地域において、エネルギー価格高騰という課題が発生した際、その対策として自給自足型熱供給が選択され、実現された事例と言えるのではないだろうか。その意味でも、エネルギー自立の精神を持つ重要性を実感した視察であった。
図6. ヴェテジンゲン 市民風力発電所(エネルコン社製500kW)(左)と
同発電所の発起人親子(右)
Mainz(マインツ)市はドイツ南西部ライン川沿いに位置する都市であり、ラインラント=プファルツ州の州都である。2017年の推定人口はおよそ21万人であり、年々人口が増加している。
Mainzer Stawdtwerke(マインツ シュタットベルケ)は同市において、電力、ガス、水道、地域熱供給、各種発電事業(太陽光、風力、ガスコンバインド)、バイオガス製造、都市交通、コンテナターミナル運営、港湾開発、などの事業を行っている。このうち、2012年より同シュタットベルケが主体的に実施したプロジェクト「Energie Park Mainz(エネルギーパーク マインツ)」の現場を訪れ、同市の取組みについてヒアリングを行った。
Energie Park Mainzでは、余剰電力を水素に変換してガス導管に供給し、都市ガスとして利用する実証試験が行われていた。ドイツ連邦政府からの補助を受け、マインツ シュタットベルケ、RheinMain University of Applied Sciences、Linde社、Siemens社がプロジェクトに参加している。マインツ シュタットベルケが保有する8MWの風力発電所とSiemens社製の電気分解装置SILYZER200(定格1.25MW、ピーク2.0MW)3基と直接接続され、発電された電力の一部もしくはすべてを水素に変換し、都市ガス配管に最大10vol%で混入後、各家庭向けの供給を行っていた。
図7. Energie Park Mainz
実証試験の目的は、ドイツで起こり始めている風力起源余剰電力の有効利用を実証することであり、また、実証で導入された機器性能を反映したシミュレーションモデル構築も行われた。シミュレーションモデルは、卸電力価格、卸ガス価格、電力小売価格、ガス小売価格、水素価格の各マーケットデータを参照し、どのようなタイミングで電力売買、ガス売買、水素製造、貯蔵、供給を行えば利益が最大化するのかという点が考慮されていたことが特徴である。すなわち エネルギー供給事業者であるマインツ シュタットベルケにとれば、電力に余剰が生じ、時間帯によっては価格がマイナスとなる現在の電力市場に対して、仮に電気を水素に変換して活用すれば、シュタットベルケ全体で事業採算性が向上するのかという点を確認した実証試験であった。
ただし、現状機器コストでは初期投資を含めた採算性確保には課題が残っており、今後の課題であるとの事である。その意味でも、今回の実証試験とは、目下の課題(電力余剰の発生)に対し、新技術を用いた高度な打ち手の可能性を確認した試みであったと言うことができる。
ハンブルグ市はドイツ北部に位置する、連邦州と同権限を有する特別市である。2016年時点の推定人口は180万人と、ベルリンに次いで大きな都市となっている。
HySOLUTIONS(ハイソリューションズ)社はハンブルグ交通局(HOCHBAHN)やドイツ電力大手VATTENFALL社などが出資し、官民共同で2005年に設立されたコンサルティング企業である。主な事業として、以下2つの事業が行われている。
(1)各種実証プロジェクト実施
(2)公共交通のあり方やロードマップの構築、市営バスの導入計画策定
(1)については、連邦政府や企業等をスポンサーとしたプロジェクトであり、水素燃料電池自動車・バスや電気自動車・バスの取り組みが行われた。今回、2012年に設置された水素ステーション(図8)を訪れたが、マインツ市のEnergie Parkと同じく、将来発生が予想される余剰電力を用いて水素を製造し、自動車等の輸送機器に用いることを目指した実証試験であった。
また、実証で導入するバスについても複数の方式が比較されていた。一例として、ケーブル接続によって充電する電気バス、パンタグラフタイプで充電する電気バス(図9)、エンジンと電気で走行するハイブリッドバス、それらを幾つかの技術組み合わせたバスなどが走っており、メーカーとしてはVolvo社、Solaris社、Evobus社などが提供していた。
図8. ハンブルグ市内の水素ステーション(左)
水素ステーション内の水電解装置(右)
図9. パンタグラフ充電方式を採用した電気バス
(2)については、(1)の実証試験結果などを受け、今後、どのように公共交通のCO2削減を進めるかのマスタープラン策定が行われていた。2017年現在、ドイツ国内では34箇所の水素ステーションが設置され、2020年までに100箇所の設置を目指した取り組みが行われているが、ハンブルグ市内には既に5つの水素ステーションが設置されている。また、電気自動車用充電スタンドも積極的に設置を進めていた。それら、水素ステーションや電気自動車用充電スタンドの設置などの検討も行っているようである。
他に、ディーゼル鉄道からのCO2発生の低減、船舶分野への水素燃料電池技術の適用など、バスをや乗用車のみならず、幅広い分野について関与しており、それらを今後どのように展開していくかのプラン策定についてもHySOLUTIONS社の業務との説明が行われた。
このように、HySOLUTIONS社は、同市の交通分野のコンサルティング企業として、既存の交通部門を高度化する専門集団となっていた。ハンブルグ市は、2011年には欧州グリーン首都賞を受賞するなど、欧州内でも環境問題に力を入れている都市として知られ、市の政策目標(CO2削減)を達成するためのプラニング及び実行がHySOLUTIONS社の役割であった。このことは、まさに、目の前の目標(CO2削減)をシュタットベルケから派生した専門集団が担っていた事例といえよう。さらに、当日説明くださった担当者もPh.D.を保有し、専門人材の受け皿となっていることもわかった。前述のレポート[1]においても指摘した通り、まさに、「シュタットベルケ」が既存ビジネスを拡張、高度化する場合、専門人材の雇用が生まれることも確認できた。
今回、ドイツの「シュタットベルケ」および、それに関連する事業体4カ所を訪問し、その実態の片鱗について学ぶことができた。一連の視察を通して感じたのは、ドイツの「シュタットベルケ」が取り組んでいる”多角化・高度化”事業は、それぞれの場所における課題解決を目指した結果であるという事実であった。すなわち、当初から事業を多角化・高度化しようと狙った訳ではなく、例えば、事業収益の最大化や政策目標達成を行うための結果であったという事である。そして、それらの取組みは、決して近視眼的な取り組みではなく、哲学・理念に基づいた長期的視点に立って実施されている場合が多いこともわかった。
この事実をドイツで確認できた時、私は何か、肚落ちした感覚になった。というのも、前述の研究レポート[1]において、私は、日本の自治体電力がドイツの「シュタットベルケ」のような事業体を目指すならば、多角化・高度化が重要であると結論付けた。しかし、そもそも「シュタットベルケ」のような形を目指すことが正しいのかは不明なままであった。
それに対し、ドイツで触れた現実は、長期的視点を持ちつつも、目の前の課題解決に一つ一つ取り組んでいる関係者の姿であり、それら努力の延長に事業の多角化・高度化と、専門人材の雇用が生まれている事実であった。
現在、日本においても各地で自治体電力などの取組みが進められている。しかし、それら取り組みにおいて、単に事業採算性のみを追求する経営を行うのではなく、理念や哲学に基づく長期的視点、そして、自治体電力を何のために、また、それによって何を目指していくのかという視点を大切にすることが重要との結論を得ることができた。
今後、長崎県内や五島市内においても、「シュタットベルケ」のような地域エネルギー供給モデルの形成が議論されるかもしれない。その際、ドイツなどの海外事例を単なる参考とするのではなく、市民生活の質向上や地域社会の持続といった事業の根幹に置く理念と、それに基づく長期的視点を明らかにした上で、まずは、一つ一つの課題解決を目指した活動を行っていきたいと私自身も考える。今後とも、地に足が着いた取り組みを行っていきたい。
図10. フランクフルトの夕焼けと、五島から視察に参加した3人の集合写真
参考文献
[1]木村誠一郎: 松自治体電力ビジネスの“日本版シュタットベルケ化”の可能性(https://www.mskj.or.jp/report/3382.html), 松下政経塾・塾生研究レポート(2017)
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Seiichiro Kimura
第35期
きむら・せいいちろう
(一社)離島エネルギー研究所 代表理事/(公財)自然エネルギー財団 上級研究員/九州大学 招聘准教授
Mission
「2045年エネルギー融通国ニッポン」の実現