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実践活動報告(その4) ~風力発電メンテナンス産業による島おこし~

長崎県五島市に移住し早や一年になろうとしている。2016年度(H29年度)、筆者は長崎海洋産業クラスター形成推進協議会および五島市再生可能エネルギー産業育成研究会のコーディネーターとして「風力発電メンテナンス産業の育成」に取り組んだ。それら活動状況について報告する。

 2011年(平成23年)8月30日に成立した「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(以下、再エネ特措法)」により太陽光や風力、地熱、バイオマスなど、自然エネルギー起源電力の導入が拡大している。2016年頃までは比較的導入が容易な太陽光発電を中心に設置が進んできたが、環境アセスメントの完了に応じて、北海道および東北地方を中心に風力発電所の設置がこの1、2年で急速に拡大している[1]。



 風力発電に関わる事業者の業界団体「日本風力発電協会(以下、JWPA)」が2014年6月に制定したビジョンによると、今後、2020年までに10.9GW(ギガワット)以上、2030年までに36.2GW以上、2050年までに75GW以上の風力発電所の導入を目指すとある(図1)[2]。2015年度末のわが国全体の風力発電導入量が3.2GW弱であった[3]ことを考慮すれば、その大きさが理解できよう。風力発電はこのように急拡大する目標が設定され設置も進みつつあるが幾つかの課題もある。そのうち運用面の課題がメンテナンスである。

 風力発電設備は風をブレードと呼ばれる翼で受け回転を生み出し、その回転力を歯車機構などによって所定の回転数に変換した後、発電機で交流電力を発生させる機械である。設置される場所は様々であり、山の上の場合もあれば、台風が頻繁に襲う海の近くもある。同じメーカーの同じ機種であっても、設置場所がわずかに異なるだけで、大きく破損する場合もあれば、安定に10年以上運用できる場合もある。これらの差異をもたらす要因の一つがメンテナンスである。




図1. JWPAビジョンにおける風力発電累積導入目標[2]



 風力発電設備において、設備を構成する各部品同士の多くはボルトによって締結され、回転機構には潤滑油が封入されている。それらボルトの締結状態、また、潤滑油の状態を管理することは、風力発電設備の安全運用上、重要となる。加えて、ブレードやタワー、ナセルなど、外部環境に晒される部分を、雷や飛来物等によって破損していないか定期的に点検し、もし破損していた場合、状況が悪化する前に修理することも、長期間運用を考えると必要となってくる。



 ところで、それらのメンテナンス作業は、地上40mや50mにある風力発電設備において行われ、作業に従事する人は風車を登る必要がある。そして、非常に狭いスペースで、ボルト締結状態の確認や、状況に応じては部品交換作業を行う。外部環境に晒される部分の点検作業にはロープなどで吊り下がりながら行う作業もある。そのため、ひと口に風力発電メンテナンスと言っても、一人前の技能者として現場を任されるまでには数年を要し、OJTなども含めた教育投資が必要となる。



 諸外国において風力発電のメンテナンス人材を育成する取り組みは、2000年代より積極的に行われてきた。現在、欧米を中心に風力メンテナンス人材を養成する専門学校やColleageは多数存在する。それに対し、わが国でその取り組みが本格的になってきたのは2010年以降である。

 先駆けとして、日本風力開発子会社であるイオスエンジニアリング&サービスが青森県六ヶ所村にトレーニングセンターを設立[4]、メンテナンス専業事業者である北拓も2011年に静岡県南伊豆町と鹿児島県南さつま市の風車を用いた研修を開始した[5]。また、風力発電事業最大手のユーラスエナジーも千葉県に研修センターを所有している。

 風力発電メーカーにおいても、それまで、各社の事業所内で、希望者に個別対応的に研修プログラムを提供していたのに対し、日立製作所は2016年から日立市の工場内に風力保守トレーニングセンター(Hiwitt)を開設[6]、また、ドイツの風車メーカーエネルコンも国内販売代理店である日立パワーソリューションと共同して秋田県能代市に研修施設を開設する[8]など、メンテナンス人材育成を本格的に開始している(図2)。他に、2017年4月には千葉科学大学に風力発電メンテナンス人材養成を担うコースが新設するなどの動きもみられている。このように、全国で相次ぎ風力発電メンテナンス人材の育成が行われている背景にあるのが、図1にも示した風力発電設備の急速な導入拡大と、それに伴うメンテナンス人材の不足である[8]。




図2. 全国の風力発電メンテナンス人材育成拠点(2017年2月時点)[4-7]



 今後、2020年代以降に導入の中心となることが想定される洋上風車は、陸上風車に比べて荒天時の風車へのアクセスや洋上での重機利用が制限されることから、メンテナンスの難易度はより高い。しかしながら、五島市沖の洋上風車のメンテナンスでは、既に五島市内事業者が担っており、今から洋上風車のメンテナンス技術を向上し、技能者を育てることは、将来的に五島が洋上風車のメンテナンス人材供給拠点の一つになる可能性を秘めることになる。従って、まずは陸上風車のメンテナンスを担う人材を育成しつつも、長期的に洋上風車のメンテナンス技術・人材を育てることは、五島および長崎県の経済、さらには日本の風力発電導入拡大の貢献に資することになるだろう。このような観点から、2016年度(H29年度)、筆者はインターン先である「長崎海洋産業クラスター形成推進協議会」および「五島市再生可能エネルギー産業育成研究会」において長崎県および五島市から支援を受け、風力発電メンテナンスに関する調査研究を実施した。



 まずは国内外の洋上風車のメンテナンス事情についての調査から着手することとし、国内で設置されている洋上風車のうち、船舶を用いてしかアクセスできない洋上風力発電所数ヶ所のメンテナンス状況についてヒアリングを行った(図3)。また、欧州を中心の洋上風車について、メンテナンス状況をJWPA関係者および英国Carbon Trust関係者へのヒアリングおよび文献ベースで調査した。

 次に、メンテナンス人材を育成する国内外の拠点について調査を行い、国内の数ヶ所に対し、関係者によるで視察を計画し、運用状況や人材の輩出状況の実際、また、今後の展開などについてヒアリングを行った(図4、図5、図6)。他に、デンマークで風力発電メンテナンス人材育成を担っている「International Wind Academy Lolland A/S」CEOのTom Larsen氏を五島にお招きし、意見交換を実施した。その結果、洋上風車メンテナンス産業における五島の強みとして以下の点が明らかになってきた。



(1)いち早いノウハウ集積の可能性:五島沖で計画されている洋上ウィンドファームプロジェクトは日本初の本格的沖合ウィンドファームとなる可能性があり、それに伴って、他地域に比べていち早くメンテナンス技能者の技能習熟とノウハウ集積が図られる可能性がある。


(2)五島市が陸上風車を保有:五島市が風力発電設備を複数機保有しており、それらをメンテナンス人材育成および技術開発に活用できる可能性がある。

(3)造船業の知見を活用:長崎の伝統産業である造船業の知見を活かした洋上風車メンテナンス技術が生まれる可能性がある。

(4)国のサポート:離島振興法(昭和28年7月22日法律第72号)や有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法(平成28年4月27日法律第33号、以下離島保全法)に基づき、産業振興に対して国のサポートが受けられる。

(5)人材の集積:風力発電メンテナンスに関連する人材が徐々に集まり始めている。




図3. 北海道せたな町営洋上風力発電所とご担当の栗谷様




図4. 日立風力保守トレーニングセンター視察の様子




図5. 日本風力開発六ヶ所村事業所視察の様子




図6. イオスエンジニアリング&サービス株式会社 トレーニングセンター視察の様子



 今後筆者は、今年度インターン先で実施した研究調査結果に基づき、洋上風力のメンテナンス人材育成および技術開発に関する取り組みを行っていく予定であり、2017年度以降も五島にて活動することを計画している。具体的な数値目標としては、風力発電メンテナンス人材育成により2019年3月までに数名以上の新規雇用を生み出すことを設定する。その結果、地域(五島市および長崎県)の発展ならびに、風力発電業界全体/メンテナンス業界全体に対し貢献したいと考える。2017年度の取り組みについては、次報にて詳しく取り上げたい。



 末筆ながらヒアリング調査ならびに視察をお引き受け下さいました関係諸氏にこの場をお借りして御礼申し上げます。また、引き続き皆様からのご支援、ご指導のほどお願い申し上げます。



参考文献

[1] 木村誠一郎: わが国における国際送電連系の意義に対する一考察(https://www.mskj.or.jp/report/3358.html), 松下政経塾・塾生レポート(2016)

[2] 一般社団法人日本風力発電協会: JWPAビジョン, http://jwpa.jp/jwpa/vision.html(2014)

[3] 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構: 日本における風力発電の状況(2015年度末時点), http://www.nedo.go.jp/library/fuuryoku/(アクセス日:2017年2月28日) 

[4] イオスエンジニアリング&サービス株式会社ウェブサイト: http://eos-es.co.jp/(アクセス日:2017年2月28日)

[5] 株式会社北拓ウェブサイト: http://www.hokutaku-co.jp/(アクセス日:2017年2月28日)

[6] 株式会社日立製作所: 「日立風力保守トレーニングセンター」を開設(http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2016/10/1024b.html), 2016年10月24日付日立製作所ニュースリリース (2016)

[7] 株式会社日立パワーソリューションズ: 「能代サービスセンタ」と「能代トレーニングセンタ」を開設(http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2017/01/0112.html),2017年1月12日付日立パワーソリューションズニュースリリース (2017)

[8] 経済産業省資源エネルギー庁風力発電競争力強化研究会: 報告書(http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/furyoku/pdf/report_01_01.pdf)(2016)

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木村誠一郎の活動報告

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Seiichiro Kimura

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木村 誠一郎

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(一社)離島エネルギー研究所 代表理事/(公財)自然エネルギー財団 上級研究員

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