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原発事故以降、再生可能エネルギーの導入が進み、エネルギーの地産地消が起こりつつある。一方で、資金面での地産地消は進んでいない。筆者は、これを解決する鍵を「メンテナンス産業の育成」と考える。五島列島における筆者の取り組みについて報告する。
筆者の志は、溢れるくらいのエネルギーを自国資源により供給し、余剰があればそれを海外にまで輸出するような「エネルギー融通国」を実現することである。それが実現した時、わが国は毎年10〜20兆円にのぼるエネルギー調達費を支出する事がなくなり、その分の支出を、子育てや教育、社会保障、安全保障など他分野に使う事が可能となる[1]。
エネルギー融通が行える状況をもう少し深く考えると、それは、日本各地に賦存する再生可能エネルギー資源(以下、再エネ資源)を十分活用(地産地消)すると共に、積極的に外部にも売ることで、経済的利益を得られる状況である。
わが国では、2011(H23)年3月11日に発生した東日本大震災に伴い、同年、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(以下、再エネ特措法)」が成立し、2012年より再生可能エネルギー電気の固定価格買取制度(以下、FIT制度)が開始された。震災より6年が経った今、わが国は電力供給の6%がFIT電源から供給されており、既存の水力発電などを含めると15%弱の電力が自国資源によって供給されている状態にある(図1)。
図1. FIT制度によって導入された電源の発電量[2]
ところで、それらFIT制度によって導入された発電所において、エネルギーの生産地が十分な経済的利益を享受できていない場合がある。なぜなら、大規模投資を行い得る投資家の多くは都市圏に本社を置く企業であり、また、メンテナンスなど関連産業についても専門性が高くなると地元企業は対応できないからである。すなわち、お金の流れを見ると、地域のお金が地域に循環している状況(地産地消)とはなっていないのである[3]。
これに対し、筆者は再生可能エネルギー発電所のメンテナンスを地元企業が担うことで、一定の雇用効果が見込める事を明らかにしてきた[4]。さらに、メンテナンス産業の裾野を広げるべく、五島市、五島市再生可能エネルギー産業育成研究会、長崎県、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会と共に活動を行ってきた[5,6]。それら活動の一環として、本年度上期は、長崎県から補助を受け、風力発電メンテナンス参入支援事業に注力させて頂いたことから、以下、実績を報告する。
今回の参入支援事業では、風力発電メンテナンス事業に関心を持つ企業・個人の皆様に対し、経営者セミナーならびに体験コースを実施した。いずれも、風力発電のメンテナンスとはどのようなものであるかを知ってもらい、各社・各人において、その後の経営判断を行うための材料を提供する事を目的とした。
対象分野としては、風力発電機のメンテナンス実務分野と、メンテナンス支援機器開発分野とし、経営者セミナーでは参入の経営判断を行い得る方、体験コースではそれら事業を実際に担当する可能性のある方を想定した。案内に使ったチラシを図2に示す。
図2. 風力発電メンテナンス経営者セミナー・体験コースの案内[6]
経営者セミナーは五島市内(6/27)、佐世保市内(7/19)、長崎市内(7/20)において、表1のプログラムにて実施した。主催は長崎県の補助を受けた、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会(以下、協議会)であるため、筆者は協議会の支援コーディネーターとしての立場で関与した。主催者挨拶に引き続き、筆者より風力発電業界ならびにメンテナンス事業について、また、実際に参入までの流れを説明した。
続いて、実際に風力発電メンテナンス業界準大手で、五島市に本社を置く(有)イー・ウィンドの田上専務より実際の実務についてご説明を頂いた後、関連機器の開発について協議会より説明を行った。最後に、関連事業への参入に必要なトレーニング等の費用について、補助施策を長崎県の岩下主査よりご説明頂いた。
表1. 経営者セミナープログラム
体験コースは3日間のプログラムを、第1回(7/5~7)、第2回・第3回合同(8/28~30)、第4回(10/5)に分け、五島市内で行った。なお、8/7~9の第2回は、参加者数が限られた事から8/28~30と合同で行うと共に、一部のプログラムは第4回(10/5)に追加で実施した。プログラム内容を表2に示す。
初日は座学で構成し、主催者挨拶、筆者より3日間の概要、スケジュールなどのオリエンテーションを行った。そして、参加者の皆様のモチベーション向上をめざし、所属企業が参入を検討している風力発電メンテナンス産業がどのようなものなのかの説明も行った。その後、風力発電機の構造ならびに、安全衛生教育を(有)イーウィンドより行った。翌日以降、風車に登攀し実際の点検作業を見学することから、そのための基本教育として位置づけた。
2日目は午前中はメンテナンス体験準備、午後は地上40m以上のナセルまで登り、メンテナンス作業の見学を行った。参加者の多くは、ランヤードやハーネスなどの保護具を初めて使うことから、使い方を理解した後、安全に昇降するための訓練を実際の風車で行った。その後、昼食を挟み、午後から一人ずつ地上40mの風力発電機ナセルまで登攀し、およそ2時間程度、メンテナンス作業を見学しながら、風力発電機の構造を五感を使って体感して頂いた。
3日目は見学を主とし、現在、日本の主流機種である2MW級の風力発電機を見学すると共に、五島沖に浮かぶ洋上風車の見学なども行った。最後に、座談会の形で、それぞれの意見や感想を共有し、将来、風力発電メンテナンス事業を実際に担う場合の不安点や疑問点の解消を行った。
表2. 体験コースプログラム
今回の参入支援事業の成果を表3に記す。経営者セミナーでは計37社44名に参加いただいた。それら経営者セミナーに参加された企業14社より24名が体験コースに参加して下さった。今回、経営者セミナーならびに体験コースの運営費用は長崎県が補助し実施する事ができたが、忙しい経営者の皆様が時間を作って参加して頂き、また、現地までの移動費や滞在費は各参加者に負担頂いた。その事からも、参加者は皆、極めて真剣であり、新たな分野で挑戦し、事業拡大を狙いたいという熱意を感じた。
その結果、2017年10月現在、五島市および長崎市の3社5名が、風力発電メンテナンス分野に参入し、1年以内に受注可能な技術ならびに心構えを身に付けるためのトレーニングを開始する事になった。今後、人材育成は、五島市に本社を置く、(一社)離島エネルギー研究所(以下、離エネ研)が、五島市ならびに長崎県と連携し担う事になっており、筆者も離エネ研アドバイザーとして関与していく予定である。なお、参考までに、本取り組みを長崎新聞ならびに日本経済新聞が取り上げて下さったので、図4に記事を掲載する。
表3. 経営者セミナーならびに体験コースの参加者結果
図3. 風力発電メンテナンス体験コースの様子
(左上:1日目の座学、右上:陸上風車への登攀前、左下:2MW級風車見学、右下:洋上風車見学)
図4.各社による新聞報道
(上:2017/7/7付長崎新聞、下:2017/7/2付日本経済新聞)
筆者が目指す「エネルギー融通国」では、エネルギー資源の豊富な地域は地産地消のみならず、積極的に外部にも売る事で、生産地が経済的利益を享受することが重要と考える。言い換えれば、地域資源を活かし、雇用を生み、その結果、地域に人が住み、生き続けられる状態を、筆者は目指している。
今回、風力発電メンテナンス支援事業を行う中で、参加された企業の多くが、筆者もかつて勤めた「三菱重工長崎造船所」の事業整理の影響を受けていることを肌身を持って感じた。客船事業からの撤退、日立製作所との原動機事業の合併は、長崎造船所に関連する協力会社の雇用に影響を与え始めている。そのため、協力会社の中には強い危機感を持ち、新分野への挑戦を決意した企業もある。
経済のグローバル化により産業構造が変わる中、各企業、各地域がいかにして生き残るのか、これは五島だけではなく長崎全域、いや、全国規模の課題だろう。そのような中、筆者が出来る事は限られているものの、まずはエネルギー分野において、地域の利益を地域が享受し、結果として地域が元気になるように、この取り組みはやり続けなければならないと、今回の事業を通じて、あらためて認識させられた。きっとこの取り組みの先に、「エネルギー融通地域」、そして「エネルギー輸出国」の実現があると信じている。今後も、五島の地において、メンテナンス産業の参入を支援する取り組みを行っていく予定である。
末筆ながら、今回の経営者セミナー、体験コースの実施にあたり、補助頂きました長崎県様、協力頂きました(有)イー・ウィンド様、五島風力発電(株)様、五島市様、戸田建設(株)様、福江商工会議所様、また、参加頂きました関係諸氏にこの場を借りて御礼申し上げます。引き続き皆様からのご支援、ご指導のほどお願い申し上げます。
参考文献
[1]木村誠一郎: 2045年エネルギー融通国に向けた私の挑戦(https://www.mskj.or.jp/report/3353.html), 松下政経塾・塾生研究レポート(2016)
[2]経済産業省: 固定価格買取制度情報公表用ウェブサイト, http://www.fit.go.jp/statistics/public_sp.html (アクセス日:2017.10.11)
[3]柳澤明: 再生可能エネルギー発電と地方経済 〜非住宅用太陽光発電事業によるおカネの流れと収支の試算〜(http://eneken.ieej.or.jp/data/6269.pdf), 日本エネルギー経済研究所ウェブサイト(2015)
[4] 木村誠一郎: 五島市における洋上風力発電プロジェクトに伴う経済効果(https://www.mskj.or.jp/report/3373.html), 松下政経塾・塾生研究レポート(2017)
[5] 木村誠一郎: 風力発電メンテナンス産業による島おこし(https://www.mskj.or.jp/report/3368.html), 松下政経塾・実践活動報告(2017)
[6]木村誠一郎: 長崎県内企業の皆様へ:風力発電メンテナンス産業に参入しませんか(https://www.mskj.or.jp/report/3379.html), 松下政経塾・実践活動報告(2017)
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Seiichiro Kimura
第35期
きむら・せいいちろう
(一社)離島エネルギー研究所 代表理事/(公財)自然エネルギー財団 上級研究員/九州大学 招聘准教授
Mission
「2045年エネルギー融通国ニッポン」の実現