論考

Thesis

水産物の需要拡大に向けての取組

日本における水産業の振興を考えるにあたって、水産物の需要拡大策が大きなカギである。国内市場での需要喚起を促すこと、海外市場を開拓すること、両面において戦略的な取組が求められる。ここでは国内の需要喚起を促す一つの方策としての、水産物における食の資格制度の創設を考えてみたい。

1.はじめに

 先の個別実践活動についてのレポートでは、地域経済活性化に向けた産業クラスターの役割を、私が現在活動中の北海道・函館の水産業を例に論じた。

 今回は、その論を進め、水産物の需要拡大に向けての取組について、その必要性と実現性を検証しつつ論じていきたい。また既存の取組の紹介は勿論のこと、私自身が関わっている新しい取組についても紹介し、今後の展開を模索していこうと思う。

 全くの素人といってもいいほどのところから始めた水産業の振興であるが、思いのほか順調に活動が進んでいる。その要因としては、水産業界自体が現状への大きな危機感を持っており、様々な先進的取組を行おうとしているところであったため、私のようなずぶの素人が登場しても、それもまたよしということで快く受け入れて頂けたことが大きい。

 業界内で多くの方々に教えを頂く中で、私なりに水産業の振興に向けて力を発揮してみたい、その思いに駆られ、がむしゃらに活動を進める中でじわじわと手ごたえが出てきたところである。本レポートから、活動のその充実度合いが伝わることができればと思う。

2.水産物の消費動向、及び漁家の経営動向について

 では私の取組を紹介する前に、水産物の需要拡大が求められている現状について把握をしておきたい。

 なぜ、水産物の需要拡大が必要であるのか、端的に言えば、需要拡大によってもたらされる販売単価の向上によって漁業経営を安定させ、水産業をより魅力的な産業に転換していくためである。

 まず日本国内における水産物の消費動向の変化についてここで触れてみよう。日本国内では過去40年間で、生鮮魚介類(冷凍を含む)の1人1年当たりの供給量は総じて増加傾向にある。昭和39年には、国民1人あたり9.2kgの生鮮魚介類が供給されていた。これが平成16年には14.8kgである。供給量自体は50%以上の増加である。

 しかし、供給量が増えているにも関わらず、購入量は緩やかに減少しているのである。昭和39年には16kgの購入量であったにも関わらず、平成16年では12.8kgの購入量に留まる。これがどういったことを示すかといえば、答えは簡単である。供給が増え、需要が減るということは単価の下落をもたらすということは経済学の基本原理だ。結果、漁家へ落ちるお金は低落傾向となることはいうまでもない。

 また消費要因からも漁家へ落ちるお金が少なくなっていることが読み取れる。総務省発表による「家計調査年報」によると家庭の食料支出の中では生鮮魚介類への支出は減少している。戦後、日本人の食生活が変化していくなかで肉類が魚介類に取って代わっていく様子が伺える。

 これは他の調査からも裏付けられている。水産物に対する消費者の実感を調べるために社団法人大日本水産会が平成16年に行った「水産物を中心とした消費に関する調査」では小中学生の子供がいる家庭の6割近くは、夕食に魚介類を食べる頻度が週2日以下であるとうい調査結果が出た。その理由として主なものは、「魚は肉より割高だから」というものが最も多く4割の回答を占めた。続いて「子供が魚介類を食べないから」、「調理が面倒だから」といった回答が続き、消費者の魚離れを裏付けるものとなった。

 では実際の漁家の経営実態はどうなのであろうか。一般的な漁家が含まれる沿岸漁業では、平成11年以降、漁業収入、漁業支出ともに減少し、所得も若干減少傾向にある。1世帯あたりの漁業所得は300万円弱であり、厳しい経営実態が見られる。残念ながら過去のデータを見つけることができず、昭和30,40年代との比較が適わないが、昨今では世界的な原油高によるコスト増によってさらなる緊迫した経営状況に追い込まれているといえる。こうした経営問題は漁家の高齢化と合わせ、漁家の衰退・減少に直結するものである。これ以上の漁家の疲弊を食い止めるためには一体どうすればよいのであろうか。これらの動向とあわせ、いかにして水産物の消費動向を推し進めていくことで漁家への収益となるかを検証してみたい。

 まず水産物の消費自体をより向上させ、需要拡大を図っていくことが必要であることはいうまでもない。国民全体に魚介類を食すことを推進する取組が新たに求められている。そして水産物の取引価格を安定させるべく高付加価値化、ブランドの定義を進めるとともに、供給コストの縮減によって生産者が受け取る金額を増加させる必要がある。

 現状では生鮮水産物に小売価格に締める産地価格相当分は約26%といわれる。水産物は産地市場から消費地市場までの流通コスト、その途中で温度管理、切り身、背取りといった調理コスト、これらの経費がかかることで流通マージンがかかることが特徴である。例えばカツオについては、小売販売価格がキロあたり2076円、それに対して生産者の受け取り金額がキロあたり416円。なんとその価格比率は5倍にもなる。これらをクリアするための直販制度の支援等も重要となろう。

 では需要拡大、流通効率化に向けて、既存ではどのような取組が行われているのだろうか。次の段落では幾つかの事例をみてみたい。

3.需要拡大・流通効率化に向けての取組

 需要拡大、流通効率化、言葉にするのは簡単であるが、実際に事を運ぼうとすればそう容易ではない。日本人の魚離れ、そして産地、魚種ごとに異なる流通・消費構造の問題点。これらを解決するために、既存で行われている取組を分類すると、以下の3つに分類できるだろう。

 まず1つ目は新たな需要の創出につながる水産物の高付加価値化である。一般的にはブランド化と呼ばれる。例えば宮城県のギンザケ養殖では、養殖のサケを「伊達のぎん」と名づけ、ブランド化を目指した取組を推進している。養殖で美味しい魚を育てるためには餌が重要という視点から専用の餌を開発するとともに、その原料をインターネットで公開することで食の安全も保証している。「伊達のぎん」は既に平成10年に商標登録が完了しており、国内産のサケとして量販店、外食産業で高い評価を受けている現状がある。

 続いて2つ目に流通の効率化による流通マージンの削減が挙げられる。これには他の産業でも革命的なインパクトを与えたインターネットの活用がやはり重要となる。「にっぽん地魚紀行」では全国6ヶ所の漁協と提携し、毎日水揚げ前の午前4時に受注を締め切り、その日の朝に水揚げされた魚をその日のうちに各産地から出荷している。流通マージンの削減とダイレクト販売の利点である流通時間の削減により、高鮮度で美味しい魚をより安価に供給することが可能となっている。

 3つ目には、海外市場の開拓である。これまた他の産業も重視しているアジアマーケットがターゲットとなる。中国、台湾を中心に高所得者層の増加に合わせて魚介類の消費も急増している。これに合わせて長崎県松浦市の水産団体では中国大連向け輸出に力を入れている。単に魚介類を輸出するだけではなく、料理講習を行うなどして、ソフト面の強化を図ることでさらなる輸出増を図っていこうという積極的な狙いがある。

 現在、行政、民間が力を合わせて需要拡大、流通効率化に向けての取組を進めており、水産業が置かれた厳しい現状を打破しようという姿勢は強いものがある。地道ではあるがこうした取組の積み重ねが水産物に対して消費者の目を向かせることへの第一歩であることは間違いないだろう。

 こうした水産物の需要拡大に向けての取組を調べるなかで、私としても何か出来ることがないだろうか、そうした思いに行き当たった。確かにまだまだ水産については、素人に毛が生えた域を出ない。だがだからこそある程度外部的な視点から業界構造を捉えることが出来、他の産業を知るからこそ、客観的に水産業の比較優位を考えることが出来る。それが私こそが果たすべき役目であり、松下政経塾の個別実践活動としての意義であると考えた。

 こうした視点から私なりに水産物の需要拡大に向けて、新たな取組をすべく模索を始めたのである。

4.水産物における食の資格制度創設に向けて

 では水産物の需要拡大に向けてどのような取組を行うべきなのか、水産関係者、各種団体、学術機関などのヒアリング、ディスカッションを通して、自分なりの考えを構築する日々が続いた。その中で私が強く感じたことは、「もっと消費者と漁家との距離を近づける必要がある」ということである。この距離とは物理的な距離ではないことはいうまでもない。いうなれば感覚的な距離感である。

 漁家側から見れば、自分の獲った魚がどのような形で消費者の手元に渡って、どのように口に運ばれているのか、まったくイメージが湧かない。それは複雑化した流通形態は勿論のこと、「漁師は魚を取るまでが仕事、後は市場に出すだけ」といった既存の思考形態が邪魔をしていることもある。しかし消費者のニーズを知ることなく生産者の都合でモノが売れることはないことは通常の産業に当てはめて考えれば自明の利である。

 今こそ「プロダクトアウトからマーケットイン」の発想が必要となるであろう。供給者の都合だけではなく、消費者のニーズを優先することが求められているのである。また消費者側からも漁家の姿は見えない。スーパーの切り身からは、どこの海で誰がどのようにして捕獲したものか、想像することは不可能である。しかし、食の安全安心に消費者の関心が高まる中で、生産者とのつながりを求める声が強いことも事実である。

 また、魚への知識が不足し、旬の魚が何であるのか、そしてそれをどのように調理すべきなのか、こうしたことは一般の消費者には難しい部分もある。こうした消費者と漁家の双方のギャップを埋めるような、何か取組はないだろうか、そうした思いを抱えながら活動を進める中で、興味深い取組と出会った。それが水産物における食の資格制度の創設である。

 それは私が水産業の振興への活動を進める中で、常日頃から教えを頂いていた、公立はこだて未来大学の長野教授との雑談の中から話が進んでいった。最近、世間で話題になっているものに、「野菜ソムリエ」なるものがある、それを水産物で出来ないか、といったものである。

 ここで「野菜ソムリエ」について紹介しておこう。野菜ソムリエとは正式名称をベジタブル&フルーツマイスターといい、生産者と消費者を結びつけ、野菜・果物の総合的知識と情報を広報していくために、日本ベジタブル&フルーツマイスター協会が認定する資格のことである。有名タレント等も資格を保持し、その着目点のユニークさと、昨今の健康ブームに後押しされて相応にメディアにも取り上げられている。

 実際に店舗などで活用されている事例としては、ナチュラルローソンの野菜売り場に資格保持者を常駐させている例などがある。資格は3段階に分かれ、初級にあたるジュニアは全国で5800人、中級にあたるマイスターは160人、上級にあたるシニアマイスターは7人が認定されている。

 野菜があるなら、水産物でも。勿論こうした発想が水産業界に、これまで全く無かったわけでもないはずである。しかし調べたところ、水産業界では野菜ソムリエのようなここまでの資格制度は存在しない。必要性はないのだろうか、それらを調べるうちに、一つ貴重な出会いがあった。地元函館の大手水産業者である藤原水産の藤原厚社長である。藤原社長は、水産販売業の業界団体である全国水産物商業協働組合連合会(通称 全水商連)の会長であり、全国の水産販売業を代表される方である。この藤原全水商連会長が、水産物の販売について資格制度を設けるべきだというのが持論だということで、積極的に発言を行っているということであった。実際に話を伺うと、やはり水産物の小売業界の位置づけを高めるために、資格制度は有効な機能であり、資格認定することでプロフェッショナルな魚屋さんとして魚の産地や作り方などを顧客に説明し、より商品の付加価値を高めていきたいという構想を持っておられた。しかし行政側との連携、その他の要因によってなかなか実現に至っていないということであった。

 これを受けて、私なりにこの水産物における食の資格制度創設に向けて、動いてみよう、そう決めたのである。魚介類についても、時代の流れの中で野菜と同様に食の安全安心が問われている。また他の食材部門と同様、食育と地産地消の推進が行政、関連団体からも強く要請されている現状がある。これらの要請と合わせて、卸および小売業界では、後継者の確保のためにも魚介類の全般にわたる知識の向上とそれら知識と経験等の能力を社会的に客観的に評価し、水産物への関心を高めていくことが必要であろう。そして水産物に関わる各段階、生産・流通・処理・料理手法についての知識の向上と経験からの判断能力を社会的に認証し、このことにより国民の魚介類の食に関する信頼感の醸成を行う必要があることには異論が無いだろう。

 更にわかりやすくイメージするならば、スーパー、デパートの魚売り場に有資格者が常駐する。そこで「今が旬なのは白身ならこの魚」であると推薦してくれたり、「この魚は揚げると一層美味しくなる」などのアドバイスをくれたり、「この魚の産地はどこで、いつ獲れたもの」などのインフォメーションがあれば、消費者も肉ではなく魚の購買を増やすのではないか。またひとつひとつの商品価値も高まっていくのではないか、そのように考えるのである。

 では実際にどのようにして資格制度の創設を進めていくのか、その資格の中身をどうするべきなのか。困難は多く、課題も山積みであるが、それらは今後の活動の中で示していきたいと思う。

5.おわりに

 松下政経塾の個別実践活動には、研究という側面以外に重要な点がある。それは「実践」ということであり、その実践の結果としてのアウトプットが求められるということである。最終学年となる今年は、卒塾の証となるアウトプットをしっかりと示さなくてはならない。

 今回取り上げた水産物の食における資格制度の創設に私が携わることで、少しでも実現に近づくこととなれば、それは地域経済の活性化から水産業の振興に取り組んできた私にとって何よりのアウトプットとなるであろう。

 そしてそれは単純にアウトプットとしての意味だけではない。衰退の現状にある産業においても、さまざまな知恵とたゆまぬ工夫によって産業再生は可能であるという私の思いを実現することでもあるのだ。どのような地域にも、どのような産業にも、どのような職業にも限りない可能性があり、その未来の繁栄を保障することこそが政治の役割であり、個人の力ではどうすることもできない、なんともしようがない暗く閉ざされた絶望を、限りない光溢れる希望に変えていくことこそが政治の仕事だという私の持論が間違っていないことを証明するために。

以上

<参考文献>

平成17年度 水産の動向
平成18年度 水産施策
他 水産庁資料、ホームページ

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高松智之の論考

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Satoshi Takamatsu

高松智之

第25期

高松 智之

たかまつ・さとし

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