Thesis
2006年6月17日、北海道夕張市が財政再建団体の指定を国に申請するという衝撃的なニュースが報道された。国の三位一体改革によって地方交付税が削減される中、今後同様の事例が起こることも否定はできないものと思える。夕張市の事例を取り上げながら、今、地方財政の疲弊に対し、いかなる取り組みが必要であるのかを考えた。
2006年6月17日、北海道夕張市が財政再建団体の指定を国に申請するという衝撃的なニュースが報道された。財政再建団体の指定については、1992年の福岡県の旧赤池町(現福智町)以来のこととなるため、全国的にも大きく報道されることとなった。正式には6月20日午前の市議会にて、後藤健二市長より自力での財政再建は困難と判断し、地方財政再建促進特別措置法(再建法)の準用による再建に取り組む決意をした旨が表明され、同日午後には北海道に報告された。これによって事実上、国の厳しい管理下に置かれ、公共料金の引き上げや人件費削減を進めるべく市政運営を行うことになったのである。財政再建団体への移行は再建法に基づいて、決算の赤字比率が規定の数値を超えた場合が対象となる。都道府県の場合は5%以上、市町村であれば20%以上がその対象とされている。
当初の報道では、夕張市の負債は本年3月末までで約292億円、地方債や第三セクターへの債務などを加えた実質負債総額は500億円を超える見通しとされていたが、後日、北海道による財務調査が行われた結果、負債総額は約632億円に上ることが明らかになった。この負債総額は市の標準的な財政規模の約14倍にあたるという、極めて巨額なものである。
現在北海道にて個別実践活動を行い、地域の疲弊を目の当たりにしている私にとっては、このニュースは放置しておけるものではなかった。国の三位一体改革によって地方交付税が削減される中、他の自治体においても財政運営は厳しいものとなっている。今後は夕張市と同様の事例が起こることも否定はできないものと思える。そのように考え、夕張市の事例を取り上げながら、今、地方財政の疲弊に対し、いかなる取り組みが必要であるのかを考えた。
夕張市が財政再建団体に転落するというニュースが報道された1ヶ月後、7月17日に夕張市を訪れる機会があった。時間の都合上、詳細な取材をすることはかなわなかったものの、観光シーズンにも関わらず人の姿を見かけない、まさにひなびたという表現がぴったりとくる街の様子からは現在の夕張市が置かれた苦しい状況が伝わってくるものであったように思う。
では夕張市には何が起こっていたのか。ここで簡単に整理をしてみたい。まずは夕張市の概要である。夕張市は札幌から車で1時間30分程度、かつて、炭鉱の町として発展を遂げた。1970年の人口は11万人弱、しかし炭鉱閉鎖後は人口流出が進み、2005年には1万3000人まで人口が減少した。炭鉱閉鎖後はメロンの栽培、そして観光事業が街の主要産業となっていった。しかしこの観光事業が仇となったことは否定できない。国の補助金を活用して観光振興策を進めたものの、軌道に乗せることができず、そのツケが財政赤字となっていった。その財政赤字がここまでに膨らんでしまった理由は2点である。1点目は一時借入金を利用した財務処理である。金融機関からの融資である一時借入金を財源とし、一般会計から各種事業会計に貸し付けを行う。一般会計の欠損には翌年度の事業会計から返還、また貸し付けを行うという、まさに自転車操業を繰り返し、表面上は財政黒字を保っていたのである。夕張市の場合、12の金融機関から292億円にもわたる借り入れを行ってきた。2点目は現在ヤミ起債と呼ばれ問題になっている手法である。夕張市は地方債の発行額が起債制限いっぱいとなったことから、国と道が出資している「北海道産炭地域振興センター」が管理する基金を原資に資金を借り入れた。この手続きには地方財政法上は知事の許可を義務付けているため、ヤミ起債と呼ばれることとなったのである。これら2点の理由はどちらも不適切な会計操作であり、粉飾まがいといってもいいほどの事態が夕張市の財政事情にはあったのである。
では今回の財政再建団体転落によって夕張市の今後はどうなっていくのであろうか。まずは9月以降の給与は市長給与を50%削減するほか、職員給与も15%カットすることを盛り込んだ給与改正条例案が可決された。議員定数は18から11へ。議員報酬も20%減額となった。そして9月4日に夕張市より発表された再建計画策定に向けた基本方針では、市税や使用料などの引き上げも提案されることとなった。まさに一般市民にもしわ寄せがくることになるのである。
さてこの一般市民への影響は具体的にはどのようなものが想定されるだろうか。市営住宅の家賃、各種公共料金の引き上げ、市所有施設の使用料引き上げ、市税のアップなどが想定されるが、現時点でははっきりとしていない。直近で財政再建団体の指定を受けた福岡県の旧赤池町(現福智町)の事例では、町営住宅の家賃は段階的に2割引き上げられた。また水道基本料金は1割引き上げられた。町営の野球場、プールといった施設使用量は最大で2倍となったのである。
まさに地方自治体の経営難が、住民に被害を及ぼすこととなることが現実化してきた今、地方財政をいかに管理していくかが問題となる。そこで現在話題に上ってきているのが再生型破綻法制の整備という議論である。
地方自治体の監督官庁が総務庁であることはいうまでもないだろう。現在総務省では竹中平蔵総務大臣のもと、地方分権21世紀ビジョン懇談会を設けている。その目的は三位一体の改革後、将来の地方分権の具体的な姿をビッグピクチャーとして描き、それを実現する抜本的な改革案を議論するためである。そこでの検討項目として、地方の責任の明確化に向けた改革(破綻・再建法制の検討等)が挙げられ、この7月にまとめられた報告書では今秋より再生型破綻法の制度設計を始めるということである。
ここで明確にしておきたいのは自治体の破綻というものがありえるのか、という問題である。理論上は当然デフォルト(債務不履行)となることはありえる。しかしながら自治体のバック(いわゆる後ろ盾)には国が存在しており、そこには暗黙の政府保証があるといえる。法律的には明確な保証はないが、制度設計上、実質的に国が地方自治体の債務を担保する仕組みがあり、総務省もそれを否定していない。まさに護送船団方式であり、最後は国がなんとかしてくれるという、経営という観点から見た場合には、あるまじき事態がそこにはあるのである。
やはり経営に失敗すれば破綻という事態が起きうることを制度として準備することで、自治体経営に危機感が生まれ、地方財政の規律も守られることとなろう。
再生型破綻法制の意義は、決して自治体を破綻させて消滅に追い込むことでないことはいうまでもないだろう。あくまでも再生型なのである。そのポイントは現状の地方財政制度における早期是正措置の機能不備による夕張市のような事例をいかにして立ち直らせるのかである。巨額の債務を抱えたまま手の打ちようが無くなっている自治体を放置することが、その地域の疲弊を招くことは自明の理である。今必要なことは、かつて銀行の不良債権処理を進めたことで日本経済の立て直しを図ったように、自治体の既存債務の明示と処理責任の明確化である。
そのためには自治体債務の把握をするための指標づくり、数値目標といったものの設定が必須となる。また情報開示、監査ルールの徹底も求められる。もっと大きくいうなれば公会計制度の改革である。伝統的な公会計制度は現金主義会計であり、現金の出入りのみを記載する仕組みである。これでは借入金による現金収入は単純に収入の増加として見られてしまう、要するに借金をすればするほど財政状況が豊かに見えるというおかしな仕組みなのである。ここはバランスシートの作成を自治体に義務付けていくことも考える必要がある。
そして今後は将来的な制度として、債務整理の手法を検討していくべきである。過剰な債務を抱えている自治体に対しての不良債務処理を制度として推し進めていく必要もあるだろう。一旦債務をオフバランスすることで、自治体の独自性を生かした新たなる政策展開も可能となり得る。これまでの補助金行政から脱出し、受益と負担の関係が明確になる形での再出発を図ることができるだろう。
自治体の経営責任とはいかなるものなのか、また破綻に至る以前の警告制度としていかなる制度を構築できるのか。今それが再生型破綻法制定に向けて問われているのである。こうして考えると、まさに今、地方政治で求められるのは経営感覚をもった政治であることはいうまでもない。首長、議会、どちらにもこれまで以上の経営感覚が求められるのである。
日本の地方債務残高は、欧米諸国の5~7倍と国際的に見ても高い水準にある。地方行革の不徹底、国への財政依存、人口減少による持続性の劣化、住民・議会によるガバナンスの機能不全、自治体による情報開示の不足などの理由によって、未曾有の財政赤字を招いてきたことは由々しき事態といえるだろう。こうした事態の打開に向けて現在進められている地方分権の流れはさらに加速していくべきである。国から地方へという動きをいかに進めていくことができるかが今、政治の役目であるともいえるであろう。
その下準備としての 再生型破綻法制定の動きが進み、困難な状況に置かれている自治体への対応が見えてきた今、では地方財政制度は今後どうあるべきなのか、様々な問題を抱える地方財政制度であるが、今回は夕張市の事例から明らかになった点について論じてみたい。
今回夕張市の事例で明らかになった地方財政制度の問題点として、大きく2点挙げられると思う。まず、第一に粉飾まがいの決算を繰り返すことができた制度上の問題である。議会、監査のチェック機能の脆弱さは否定できないであろう。地方財政制度全体において解決しなくてはならない問題である。第二に人口減、過疎化に悩む自治体が増える中、三位一体改革の推進によって財政力の貧弱な市町村はより厳しい状態におかれていることである。
第一の問題点の解消に向けて、地方分権21世紀ビジョン懇談会にて提案されているのは監査委員への天下りの禁止、外部監査の活用、第三者機関の設置である。地方自治体には税金のムダ遣いのチェックを行う役割として監査委員の制度が設けられている。人格が高潔で、地方公共団体の財務管理や事業の経営管理、その他の行政運営に関してすぐれた識見を有する者及び議員のうち議会の同意を得て、市町村長が選任するとされている。しかしこの監査委員制度にて任命される監査委員は前職において公務員である場合がほとんどであり、また高給であるためか、天下りのポストと化している。これが本当に正しい形であるかは疑問である。天下りの徹底的な禁止とともに、より強固な監査体制の構築が必要である。企業においては、監査法人が監査を行っていると同様に、自治体においても外部監査に監査法人による監査を認めることも検討すべきである。現在のところ監査法人は自然人ではないため、地方自治法252条28において対象外となっている。
また合わせて考えるべきはチェック機能としての議会の活用である。残念ながら地方議会の現状は極めてお粗末である場合が多い。とりわけムラ意識の強い地方においては議会の存在意義すら問われる事態までもがあることは否定できない。地方議員は名誉職であった時代は既に終わった。本来の議会の機能である住民代表者としての行政執行部へのチェック、監視という機能を取り戻す為には、地方政治において議員のレベルアップが求められる。
そして付け加えるならば、公務員制度運用における柔軟度を高めていくことも必要である。現状では小さな町村の場合、予算策定、会計については、一人、二人の、いわゆるその道のプロと呼ばれる人間しか携わっていない場合が多くみられる。あまりにも制度が複雑であるため、他の職員が頭を突っ込むことができないのである。しかし硬直した組織は必ず腐敗を招くことになることを考えれば、会計に携わる人事に関しても常に透明性が高い状態にしておくべきであろう。これに関しても外部からの招聘、委託、審査といったことも検討が求められる。
第二の問題点、財政力の貧弱な市町村への対応であるが、これには徹底した税財源の移譲、水平的財政調整制度の構築が不可欠である。道州制への移行、国庫支出金の廃止といった従来の議論をさらに推し進め、国依存との決別、真の意味での地方の自立を達成する中で、各地方間における水平的財政調整制度を検討するべきだろう。次期首相と目される安倍晋三官房長官も道州制推進を明言しており、今後の展開の加速が期待されるところである。
しかし税源移譲がなされても、人口が減少していけば当該自治体の税収自体も落ち込んでいくことになる。加えて年齢構成が高齢化するため、社会保障関係の行政サービスのコストは増加する一方となる。水平的財政調整制度の先を見据えた議論もこれから始めておく必要性もあろうであろう。
夕張市の財政再建団体転落の問題から、地方財政のありかたについて考えてきた。今一度、夕張市が財政再建団体に転落した根本的な原因を考えれば、放漫な財政規律、そして人口減少時代の到来を見誤った自治体経営である。今後はかつての右肩上がりの経済成長を背景とした国による分配型のシステムからの転換が求められることがいうまでもない。そして日本の特徴は人口減少だけではなく、急速な高齢化も伴うことである。社会保障の負担増が想定される中、いかに効率的な政府、社会システムを構築するかが今、問われていることなのである。
その中で、私が現在、個別実践活動に取り組んでいる北海道という地が厳しい状況に置かれることは間違いないとも思える。広大な面積を抱え、高齢化率も高い、結果として公共サービスにかかるコストは高止まりにならざるをえないのである。しかしながら相応の税収が期待できない今後、民間の力をどこまで活用できるか、NPO、ボランティアといった活動が従来の行政サービスをどこまでカバーできるのか、待ったなしの対策が求められている。
かつての国土の均衡ある発展というモデルは既に幻想となった。むしろその負の遺産をいかにこれから整理をしていくのか。各地域が身の丈にあった公共のデザインを描き出し、住民との同意のもとに改革を進めることができるならば、地域主権の新しい自治が発展を遂げるだろう。それができない地域は取り残され、衰退の途をたどることになるのであろう。
松下政経塾に学んだものとして、新しい時代の公共を担うべく、知恵と工夫で国家経営、自治体経営に新たな風を吹き込んでいきたい。
<参考文献>
PHP研究所編 「国の常識は地方の非常識」 PHP研究所 2004年7月
江口克彦 「脱中央集権国家論」 PHP研究所 2002年10月
上村敏之・田中宏樹 「小泉改革とは何だったのか」 日本評論社 2006年6月
恒松制治 「地方自治の論点101」 時事通信社 1998年3月
週刊エコノミスト8月8日号
総務省HP
Thesis
Satoshi Takamatsu
第25期
たかまつ・さとし
衆議院議員/東京28区/立憲民主党