論考

Thesis

共生社会に求められる優しさとは

刑務所出所後の方の生活を考えたことがあるでしょうか。満期出所して帰る場所も働くあてもなければどうなるでしょう。50年近い日々を刑務所の中で暮らし、前科19犯を有する梅田さん(仮名)は、刑務所を自由もなければ、不自由もない場所だと話しました。刑務所出所者が犯罪を繰り返す要因は、受け入れる社会側にもあると思います。再犯防止分野における法務省の取り組みへのヒアリングを続けるとともに、再犯防止以外にも、障がいを抱えた方や外国人など様々な生きにくさなどを抱えた方々の立場になって改めてまちづくりを考えてみました。

【目次】

1、お腹が空いたから

2、刑務所と社会の間で

3、生きにくさを抱えた方々の視点から

4、おわりに

1、お腹が空いたから


写真1 梅田さんから届いた手紙
(2020年10月3日撮影)

 10月初旬、梅田さん(仮名)から手紙が届きました。私は少しワクワクして手紙の封を切りました。4年前に、弁護士として、梅田さんの刑事弁護を担当し、刑務所に面会に通っていました。刑務所出所の目処がついたら連絡してほしいと伝えていましたが、梅田さんからの連絡は一向に来ませんでした。コロナ禍において、一般人の面会は規制されており、こちらから会いに行くこともできませんでした。刑務所の中にいるときに難しければ出所したらすぐ手紙を書くか電話をしてほしい旨を伝え、携帯電話の番号も教えていました。そんなとき、ついに待ちに待った手紙が来たのです。正直ホッとしました。

 しかし、手紙を読み、絶望しました。前科19犯だった彼は新たに罪を重ねていました。よく見ると差出人住所は茨城県の某警察署でした。

 梅田さんは、刑務所を出所し、報奨金の7万円を数日で日用品や飲食代、宿泊費で使い果たし、実家にも滞在しづらく、とうとう帰るところもなくなったそうです。持病もあり、働くことは難しかったのです。生活保護受給は以前に断られた経験もあるので、今回は市役所まで行ったにもかかわらず、申請もしなかったそうです。

 そして、出所後1週間の彼がとった行動は無銭飲食でした。

 手紙をもらってから、梅田さんに会うまで数週間かかりました。手紙に記載してあった警察署に行ったところ、拘置所に身柄が移されたということで不在でした。しかし、どこの拘置所に移ったかは教えてもらえませんでした。後日、土砂降りの中、土浦拘置所に行きましたが、梅田さんという人物は収容していないとのことでした。また、日を改めて、水戸拘置所に行き、ようやく梅田さんとの面会がかないました。数日後に公判が迫っていることを聞き、傍聴することにしました。


写真2 裁判所にて傍聴
(2020年10月22日撮影)

 動機は「お腹が空いたから」。

 詐欺罪。検察官の求刑は懲役5年。

 傍聴していた私は、本当に悔しくて惨めでした。あともう1歩踏み込んでいれば、このご老人を犯罪者に戻さずに済んだのかもしれません。これ以上、被害者や被害店舗をうまずに済んだのかもしれません。もし、無銭飲食をした後ではなく、犯罪をしてしまう前に私に電話をしてくれれば違った結果があったのではないかとも考えました。自分の無力さを感じるとともに、再犯防止の難しさを痛いほど実感させられました。

 梅田さんは、刑務所のことを「自由もなければ、不自由もない」と話していました。好きなところにもいくことは出来ませんし、お酒も飲めずタバコも吸えません。何をするにもすべて刑務官の指示に従わなければならないという意味で自由はありません。しかし、住む場所もあり、食事の心配をすることもありません。そういう意味では、不自由もないのです。とはいえ、刑務所の生活を望んでいるわけではないようです。「できれば、刑務所に行きたくはない、いじめられるし」とも話していました。刑務所の中にも、刑務所の外にも、梅田さんが快適に過ごせる居場所はなかったのです。もちろん彼自身の問題も少なからずあるものの、再犯防止を防ぐためには、彼の社会での居場所をつくる努力をしなければなりません。

2、刑務所と社会の間で

写真3 コレワーク関東にて
(2020年10月16日撮影)

 コレワーク関東(東京矯正管区矯正就労支援情報センター)にて、出所者の就労支援についてヒアリングをさせていただきました。コレワークは、前科があるという理由などから、仕事に就く上で不利になりがちな受刑者等の就労を支援するために設置されました。事業者の方々が、ハローワーク(公共職業安定所)に、受刑者等専用求人を出すに当たって必要となる受刑者等の希望職種や資格などの情報提供をはじめとした採用手続きのための支援を行うことで、雇用のマッチングを進めています。2016年から法務省矯正局で始まった制度で、近年、相談件数も軒並み増加しており、コレワークが刑務所と社会をつなぐハブとなる可能性をおおいに感じました。


写真4 ヒアリングの様子
(2020年10月16日撮影)

 しかし、法務省保護局の協力雇用主制度や日本財団の職親プロジェクトなど、刑務所と社会をつなぐ類似制度とは同じ法務省の制度であるにもかかわらず、十分に連携が取れていません。同じようなサービスを違う窓口で行っており、早期に一本化を図る必要があるように感じました。

 また、コレワーク自体の認知度も低いと感じています。労働力確保が必要な経営者や人事担当の方々に周知徹底していくことが必要だと考えます。現在は、コロナの影響もあって、遠隔地の刑務所とテレビ電話をつなぐリモート面会なども導入しており、閉鎖的だった刑務所も少しずつですが、変わり始めていることが伺えました。

3、生きにくさを抱えた方々の視点から

 再犯防止・更生支援をしていく中で、様々な生きにくさを抱えている人々が多いことに改めて気付かされました。子どもや高齢者、障がいを抱えた方、LGBTQ(セクシャルマイノリティの総称)、貧困問題など、様々な生きづらさを抱えている人々を無視して、分断・排除してきたことによる歪みが、犯罪や虐待、いじめなど様々な社会問題として表出してきていると思います。

 だからこそ、多様性を認めるやさしい共生社会を目指すことが非常に重要であると思います。そのやさしい社会づくりの第一歩として、千葉市でボランティアを始めました。


写真5 千葉銀座通りにて
(2020年10月18日撮影)

 2020年10月18日、千葉中央公園と千葉銀座通りで、大道芸フェスティバル2020が開かれました。もちろん、コロナ前と比べれば人数は少ないですが、多くの方々が大道芸を見に来たり、フリーマーケットにいらっしゃいました。私は、イベントを支えるボランティア(千葉市まちボラ)として、視覚に障がいを抱えた方の先導や、外国の方へに対してカタコトの英語と身振り手振りで道案内などを行いました。


写真6 大道芸フェスティバル
(2020年10月18日撮影)

 道路や店舗内にある段差、道に飛び出している看板、傾斜のついたコンビニの入り口など視覚に障がいを抱えた方にとって厳しい環境が沢山あることに気付かされました。特に、横断歩道などで、音声がついていない信号においては、視覚障がい者の方は、「勘」で渡っているということでした。それゆえ、信号無視して渡る人がいると、つられてしまい、赤信号で道路に入ってしまうこともあると教えていただきました。また、外国の方が来たとしてもWi-Fi環境や案内板などはまだまだ不十分だとも思いました。ベビールームなどの設備がある施設も限定されていました。

 多様性を認めるまちづくりは本気でやらなければ実現しないと感じました。むろん、行政だけに頼ることなく、公民連携して、互いが出来ることをしっかり行うことで、千葉市がやさしいまちづくりのお手本になれるように尽力していきます。

4、おわりに

 梅田さんに言い渡された判決は懲役4年6月でした。

 前科20犯となった梅田さん。梅田さんの終の棲家を刑務所にはしたくありません。いや、すべきではないと思います。私は諦めが悪いのです。私は彼が更生することを心から願い、全力でサポートしていきたいと思います。今度は出所日に彼を迎えに行き、しっかりと福祉施設に引き渡すところまで行うつもりです。そして、何より、彼が社会に戻るまでに、居場所や出番が存在するやさしい社会に変えていくことに尽力していきたいと思います。コロナ禍で、分断・排除の空気が漂う中だからこそ、その空気をゆるめ、あらゆる生きづらさを協調・包摂していくために再犯防止政策にくわえ、福祉・教育に関する研究・研修により一層注力してまいります。

 最後になりましたが、ヒアリングに協力して下さったコレワーク関東の菱木順一様、千葉市民活動センターの皆様、誠にありがとうございました。

(写真・著者)

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須藤博文の論考

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Hirobumi Suto

須藤博文

第39期

須藤 博文

すとう・ひろぶみ

弁護士、千葉市議会議員(美浜区)/自民党

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