論考

Thesis

児童虐待を防ぐために

子どもが親などから虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は2019年度(2019年4月~2020年3月)、全国で19万3780件という過去最多を更新したことが厚生労働省のまとめでわかりました。2019年には、千葉県野田市にて小学校4年生の女児が虐待によって命を落としたことはニュースで繰り返し報道されていたことは記憶に新しいのではないでしょうか。児童虐待を防ぐために、わたしたちひとりひとりが出来ることは何かと考える必要があるとともに、子育てを家庭内の問題とせず、地域全体で考えていかねばなりません。

【目次】

1、はじめに ~児童虐待の現状~

2、小さな命を守るために

3、親を虐待の加害者にしたくない

4、おわりに ~悲しい事件をなくしたい~

1、はじめに ~児童虐待の現状~

 2019年度全国215カ所の児童相談所で児童虐待として相談対応した件数が19万3780件となり過去最多を更新したことを厚生労働省が発表しました。


厚労省HP(https://www.mhlw.go.jp/content/000696156.pdf)【2021年2月19日閲覧】

 この主な増加原因は、心理的虐待に係る相談の増加や、警察等からの通告の増加によるものであり、単純に虐待が増えているというよりは、今まで見過ごされてきたものが表面化してきたという側面もあります。しかし、身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、ネグレクトの全ての分野で対応件数は増加しており、虐待への取り組みは喫緊の課題と言わざるを得ません。

 さらに追い打ちをかけるように、2020年、新型コロナウイルス感染拡大の中で、自粛による経済的打撃を受けるのみならず、多くの人が「STAY HOME」を余儀なくされました。リモートワークが増加し、非正規職員の雇止めなどによる影響を受け、家にいる時間が増えました。2020年1月から7月までで、児童虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は11万5969件となり、過去最多を記録した2019年度を上回るペースとなっています。

2、小さな命を守るために

1、少しずつ進む法改正

 2018年3月に5歳の女児が命を落とした目黒女児虐待事件は、女児がひらがなで記した「反省文」が話題になるとともに、児童相談所間での引継ぎがうまくいかなかったことが大々的に報道されました。さらに、2019年1月には千葉県野田市においても、小学校4年生の女児が両親による虐待が原因で死亡しました。これらの事件を受け、2019年6月19日、改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が成立しました。この法改正により、親による「しつけ」と称した体罰を禁止し、医師と保健師を児童相談所に配置するなど児童相談所の機能強化がなされました。重要かつ意義のある法改正であり、児童相談所の機能強化は非常に大切ですが、立法機関と行政だけでは不十分で、私たちひとりひとりが虐待に関する対処方法を学び、知るところから始めなければなりません。

2、「189(いちはやく)」ダイヤル

 犯罪を見つけたら、「110番」、火事や救急の時は「119番」。これについては多くの方々が知っていることでしょう。しかし、児童相談所虐待対応全国共通ダイヤル「189」の認知度はまだまだ低いのが現実です。

 189ダイヤル、つまり「いちはやく」は、電話をかけた場所から近くの児童相談所につながる番号です。虐待の疑いがある場合や子育ての悩みなどを相談できる窓口につながります。

 子どもの虐待防止は、児童相談所や地方自治体だけが行えるものではなく、わたしたち1人ひとりが「子育てにやさしい社会」をつくることが大切です。


令和2年度児童虐待防止推進月間リーフレット(厚労省HPより)

3、オレンジリボン運動のススメ

 虐待を防止する社会をつくる第一歩として、子ども虐待防止「オレンジリボン運動」(http://www.orangeribbon.jp/)の個人サポーター登録をしてみてはいかがでしょうか。

 オレンジリボン運動とは、「オレンジリボン運動」は、子ども虐待防止のシンボルマークとしてオレンジリボンを広めることで、子ども虐待をなくすことを呼びかける市民運動です。全国でオレンジリボン運動の個人サポーターは私を含めて全国で23300人(2021年2月19日現在)となっています。

 個人サポーター登録は無料で、オレンジリボンの活動や関連するイベントの情報をメールで受け取れます。虐待についての情報を正しく知ること、寄附やグッズを買って支援すること、オレンジリボンを胸につけること、SNSで拡散すること。様々な方法で虐待を防止するオレンジリボン運動につながると思います。

写真1 オレンジリボンTシャツとオレンジリボンマスクを着用した著者(2021年1月20日撮影)

3、親を虐待の加害者にしたくない

1、私が政治を志したきっかけ

 私が弁護士をやめて松下政経塾に入った大きなきっかけとなった1つの担当事件がありました。それは、生後6ヶ月の赤ちゃんを母親が殺害した殺人事件です。彼女は、産後うつを患い、苦悩の末、犯行に及びました。

 守秘義務の関係で、多くを語ることは出来ませんが、「もし、行政機関があと一歩踏みこめていたら」「もし、医療機関と児童相談所が連携をとれていたら」という思いがあふれたことを今でもはっきりと覚えています。

 私は、生後6ヶ月の赤ちゃんの小さな小さな遺体の解剖写真をまともな心境で見ることは出来ませんでした。そして、被害者遺族であり、かつ加害者家族となってしまったご家族の痛みは想像を絶します。さらに、産後うつを患った母親が「殺人犯」となり、罪を背負い続けることになったことにもやるせない気持ちになりました。

 私は、困った状況にある人とともに、その状況を打破するために、一緒に解決していく弁護士の仕事に誇りを持っていました。しかし、この事件をきっかけに、こういった小さな命が奪われる悲しい事件が起こることのないような世の中の仕組みを作りたいと思うようになりました。悲しい事件が起きた後ではなく、命を守る政治を行いたいと強く強く思うようになりました。こうした被害者も加害者も生みたくないという思いが、私の素志のひとつである再犯防止につながっています。

2、両親ケアの重要性

 こういった産後うつを発見したり、子育てに悩む親を虐待加害者にしないためにも、両親のケアが必要だと考えます。その中でも産後ケアは非常に大切だと思います。なぜなら、産後の女性は、出産による骨盤のゆがみをはじめ、ホルモンのバランスが崩れるなど体調面でも精神面でも不安定なことが多いからです。そのような不安定な中で、家事や育児に追われて、自分自身の不調に気付くことが出来なくなっている方が非常に多いのが現実だからです。特に生まれてすぐの赤ちゃんは数時間おきに授乳をせねばならず、必然的に寝不足にもなります。現在は核家族化が進み、一昔前と比べて地域での繋がりも薄くなってきています。赤ちゃんを育てる親は孤立しやすくなっているのです。

 特にコロナ禍に入り、ほとんどの産婦人科や行政における両親学級は中止となり、その意味で孤独が深まってしまいました。

 そこで、私はNPO法人お産子育て向上委員会(千葉市中央区にある助産院が運営しているNPO)のプロボノチームのリーダーとなりました。プロボノとは、それぞれの知識や経験を活かして社会貢献を行うボランティアのことです。お産子育て向上委員会で実施している産後ケア事業を広報するためのリーフレットをつくるのが我々プロボノチームのミッションです。産後ケア事業では、骨盤調整やベビーマッサージ・沐浴の指導などを中心に産後の体調面や精神面のケアを行っています。また、赤ちゃんと2人きりでいっぱいいっぱいになっているお母さんに一休みしてもらったり、話をしてもらうことで心を休める効果もあるようです。


写真2 NPOでのヒアリングの様子(2020年11月29日撮影)

 実際にお産子育て向上委員会の実施している産後ケア事業を妻と息子(当時生後4ヶ月)に利用してもらいました。助産師の方は「お母さんは赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、自分自身の体調の不調に気付いていないことが多いのよ。多くのお母さんが自分は産後ケアの対象ではないと思い、利用が思うように進んでないのが現状だと思います。」と教えてくださいました。今回、私がプロボノに参加することになって、初めて産後ケアを利用することにしましたが、妻も産後ケアを受けることについて、少し大げさだといってどちらかといえば消極的でした。

 しかし、産後ケアを利用してみて初めて、妻は自身の体調の不調に気付くことが出来たようで、2回目の産後ケア利用を申し込んでいました。産後ケア事業はより多くの人に利用されるべきですし、行政も力強く推進していかなければならないと思います。プロボノチームで考えた産後ケア事業のリーフレットはもうすぐ完成を迎えます。


写真3 ベビーマッサージ指導(2020年11月26日撮影)

 産後ケア事業をはじめ、子育てに関して、親が孤独にならないよう、地域や行政が寄り添えるような「子育てにやさしい社会」をつくるための施策をしっかりと考えていこうと思います。


写真4 お産子育て向上委員会にて(2020年12月26日撮影)

4、おわりに ~悲しい事件をなくしたい~

 小さな命が奪われたという報道が繰り返されるたびに、両親を強く非難し、厳罰を求め、児童相談所・行政の不備を指摘します。そして、多くの人たちは、自分の生活とは全く関係のない、「悲しいお話」として聞き流し、自分たちの日常に戻るという方がほとんどではないのでしょうか。児童虐待は、すぐそばにあります。

 誰もが産後うつになりうるし、誰もが児童虐待の当事者、傍観者になってしまいます。まず、虐待とは何なのか、どうすれば防げるのか、どうすれば気付けるのかを知ることから始めましょう。そのために、ともにオレンジリボン運動をしてみませんか。小さな命を守るために。もう悲しい事件をニュースで聞くことがないような世界をつくるために。

(写真・著者)

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須藤博文の論考

Thesis

Hirobumi Suto

須藤博文

第39期

須藤 博文

すとう・ひろぶみ

弁護士、千葉市議会議員(美浜区)/自民党

Mission

子どもと高齢者が共存できるマチ

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