Thesis
4月は入塾式参加のために一時帰国したので、この機会に日本と韓国の情報を収集するとともに、名古屋と秋田県のたざわこ芸術村で講演を行った。たざわこ芸術村では修学旅行生のソーラン節教室を実際に体験したり、新入社員の皆さんとの交流を行ったりしたが、その詳細については6月の月例報告で述べることにする。
今月の月例報告では、4月6日に韓国観光公社マーケティング本部日本部の金萬眞課長を訪ねたので、世界で最もサスティナブルツーリズム実現に向け確実な成果を残しているNTO(National Tourism Organisation)である韓国観光公社の活動について報告するが、なぜ私が韓国観光公社をサスティナブルツーリズムの模範とみなすのか、最初にサスティナブルツーリズムについて概観してみたい。なお、来月の月例報告では、サスティナブルツーリズムに的を絞って報告するつもりである。
サスティナブルツーリズムを実現するための国家の役割
世界的に1970年代は観光に国家が積極的に関わり始めた時期であるといえる。観光振興が国家の経済振興に多大なる貢献をするということが認められたからである。韓国観光公社の資料によると、観光客1人を受け入れた場合、21型カラーテレビを9.4台海外輸出するのと同じ経済効果が期待でき、また観光客5人を受け入れた場合、1500CCの自動車1台を輸出するのと同じ経済効果が期待できるという事実が判明している。特に欧米の植民地支配の後遺症である生態系を無視したプランテーション農業からの脱却がなかなか図れず、外貨獲得が困難を極めた資源非産出国がこぞって観光に力を入れたのが、1970年代80年代であったといえる。そのため、国家を挙げて大規模豪華ホテルを建設し、マスツーリズムを誘致した。ローカルの人々も雇用機会が新たに生まれ、また道路、電気、上水道、下水道などのインフラが整備されるといった恩恵を被れるため、大いに観光振興を後押しした。
しかし、80年代後半から観光万能論に疑問符が付き始めてきた。大規模な開発で自然が破壊され、しかも大量の廃棄物が出るようになった。上水道の需要が急激に増加したため、ローカルコミュニティーは逆に水不足に悩むことになった。さらに一番大きな理由である観光の経済的メリットも怪しいことが分かってきた。大規模開発は全て欧米(デスティネーションによっては日本も含む)資本に拠るため、貢献利益がすべて国家にとどまらず、海外へ漏れて行くのである。また、各ホテル内でも、地元産の農産物、工業生産物を使わず、輸出品に頼っている場合が多く、思うように国内産業の需要が伸びないのに、輸入だけが増えていく。よって、外貨獲得は想定値よりもかなり下回る場合が多く見られるようになった。加えて、観光が盛んになればなるほどインフレを招くことになり、観光に従事していない人々にとっては相対的に生活は苦しくなってきた。しかも、頼みの綱である雇用機会に関しても、何年勤めてもローカルの人々はサービスフロント部門にとどまり、マネジメントレベルは依然全て外国人が占めるといった状況のままである。よって、雨季、乾季など繁忙期と閑散期の差が激しい観光地では、ローカルの人々は繁忙期しか雇ってもらえないといった問題も発生してしまった。そして、観光客もローカルの人々の文化には一向に興味を示さず、ホテルの中で朝から晩まで全てのアクティビティをして過ごすため、地元商店は全く売上が伸びない。
このような状況からローカルの人々とともに環境保護団体や各種NGOが益々観光を槍玉にあげ始めた。ここで、国家は一転、観光を規制する役割を帯びるようになったのである。
サスティナブルツーリズム振興の優等生としてのガンビア
マスツーリズムの反省から、いかに観光をサスティナブルに振興していくかが議論されるようになった。このサスティナブルツーリズムの議論およびプロセスは来月の月例報告で詳しく述べることにする。
サスティナブルツーリズムを論じる上で、世界のツーリズム学界では、最も積極的に行動している国家としてガンビアという国が挙げられることが多い。ガンビアは日本人にとっては馴染みの薄い国だが、西アフリカの海岸に面した小国である。ガンビアは1980年代、唯一の農業生産品である落花生の価格の下落により、1985年からIMFの資金提供を受けることとなった。それから観光に力点を入れるようになったのである。しかし、1990年代になり、他の観光立国と同じように、マスツーリズムの弊害に悩むことになる。数年間の積極的な議論の後、ガンビア政府は1999年冬季のパッケージ商品から、オールインクルーシブツアーを禁止する決断を下した。
オールインクルーシブツアーとは、もともとジャマイカから始まったツアー形態で、最初に納めたツアー料金にホテル内での食事、アクティビティ、サービス全てが含まれているというツアーである。よって、どれだけ食べても、どれだけ遊んでも料金は一緒なので、土地勘の無い旅行者にとってはホテル内で全て済ますことが出来る手軽さが受けて、今ではカリブ地方だけで無くアフリカ、インド洋などでも見られるようになっている。
このガンビア政府の決断が、ツーリズム学界、および各種NGOの喝采を浴びた。これこそがサスティナブルツーリズムのあるべき姿であるといった論調が多く寄せられた。しかし、果たしてこれがサスティナブルツーリズムなのだろうか。
ここで、オールインクルーシブツアーがなぜ旅行者に受け入れられたのか、私の経験を紹介したい。私は4年前メキシコのカンクーンに旅行した。その際、リッツカールトンに泊まったのだが、リッツは全くローカルのコミュニティとは隔絶された場所に立地していた。そのため、ローカルの人々がどのようなところでどのような生活をしているのか触れてみたくなり、バスに乗って出かけようと試みた。バス乗車の際の不便は言うまでも無いが、ローカルのコミュニティに到着しバスを降りた後、私はローカルの人々に獲物を狙う目でじろじろ見られたのである。私は場違いの感を抱き、急いで帰りのバスに飛び乗り、ホテルに戻った。食事もしようと思っていたのだが、それどころではない。早くホテルに戻りたい一心だった。私はこのときほどオールインクルーシブの威力を感じたことは無かった。
政府はオールインクルーシブを廃止する前に、まず旅行者が安心して街を歩ける環境を整えるように、国内の秩序を安定させるべきである。そして、観光立国を名乗るなら、ローカルの人々が観光客を見たときに、観光客をいいカモとみなさない、すなわち、いかに「ボる」か、いかに「ふんだくる」かといった感情を起こさせない教育を施すべきである。そして、温かい心で歓迎しおもてなしをする雰囲気を醸成できて初めて、オールインクルーシブツアーを廃止するべきではなかろうか。世界に観光デスティネーションは数多ある。ガンビアが廃止したら他デスティネーションに観光客が流れ、結局ガンビアを訪れる観光客の総数が減ることで、ガンビアの「経済的」側面のサスティナビリティが実現できなくなるのではないだろうか。
サスティナブル・ツーリズムとは、いかにサスティナビリティを保つためにツーリズムを制限するかという議論では絶対に前には進まない。いかにツーリズムを振興したらサスティナビリティが実現できるかという発想で進めなければならない。これは住宅で例えるとよく分かる。住宅は人が住むことで傷がつく可能性が生まれる。しかし、人が住まない住宅は想像以上に老朽化が進むのである。傷がつくのを恐れて住宅に住まないのでは、老朽化は必至である。いかに傷をつけずに家に住むかという議論をしなければならない。
韓国観光公社の目指すサスティナビリティ
その点韓国観光公社のポリシーは極めて納得がいく。韓国に旅行された方は皆身に覚えがあると思うが、普通のタクシーは必ずといっていいほどボるのである。ボるといってもアメリカの悪質な白タクのように10万単位で要求し、最後は銃を突きつけるといったことではないので、つい日本人はそれくらいならといって払って、泣き寝入りする場合が多い。味をしめたタクシー運転手は益々ボり始める。よって、あまりに韓国はタクシーの評判が悪くなったので、「模範タクシー」の制度を導入した。模範タクシーは最初から多少高めの料金設定だが、ゆったりとした車両を利用し、運転手には信頼のおける人のみがなることが出来る。そして、韓国観光公社では苦情があったらすぐ公社に返送できる返信用葉書が添付されてあるタクシーガイドというパンフレットを旅行者に配布している。世界のNTOにはいかに世界に自国の魅力をアピールするかだけを考えているところが多い中で、韓国観光公社はそれとともに、国内の環境整備にも多いに力を入れているところは世界的に見て大いに評価できる。
韓国観光公社の活動は大きく6つに分けられる。
国際競争入札、行政機関のスリム化と言葉だけを見れば確かに世界の経済の流れから言うと自然なのかもしれない。しかし、私は経済面だけで国家の行く末を判断していいのかと疑問を呈したい。韓国観光公社の活動はサスティナブルツーリズム実現のために最も現実的かつビジョンを持って取り組んできた。しかも、国家財政は一銭も使っていなかった。これをいわゆるグローバルスタンダードという幻想のもとで縮小するのは極めて残念でならない。公社の活動が縮小され、政府からの財政支援は必要となってしまうという今後の状況は、韓国の観光振興には想像以上のデメリットになるに違いない。私は今後、現実的なサスティナビリティ追求の例として、まだ世界の観光学界では注目されていない韓国観光公社の活動を世界にアピール出来ればと思っている。
参考文献
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Thesis
Takashi Shimakawa
第19期
しまかわ・たかし
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授/日本国際観光学会会長
Mission
観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興