Thesis
ワールド・トラベル・マーケットに参加して
11月15日、16日の両日、ロンドンのアールズコート・エギゼビションセンターにおいてワールド・トラベル・マーケットと銘打った世界最大級の観光フェアが開かれた。これは世界の政府観光局とホテル、ツアーオペレーター、エアライン等民間観光産業が自国もしくは自社の魅力をまさにしのぎを削って告知するものである。
もし私が観光学を学ばず、ツーリズムコンサーンというNGOに加わらずにこのイベントに参加したならば、違和感なく全ての展示を見てまわったに違いない。しかし、サスティナブルツーリズムの観点から見ると、おのおのの展示から気になる表現が散見された。一番気になったのは、多くのリゾートが「unspoilt(おかされていない、手付かずの)」という表現を使っていたことである。これは観光がデスティネーションをspoilするのを観光産業それ自体が当然のこととしてみなしているから、このような表現をしてしまっているのではないだろうか。
ツアーオペレーターやエアラインはもしその観光地がspoilされてしまったらまた別の観光地をプロモートすれば良い。しかし観光地に住む人々は選択肢がないのである。unspoiltと表現するデスティネーションは観光地に住む人々の立場は全く考慮に入れられていない。
イメージと現実のギャップ
観光はイメージを売る商売であるといわれている。しかし、この観光フェアから分かることは、観光地のイメージは観光地から発信されるものよりも、マーケット(先進国)に存在するツアーオペレーター、エアラインをはじめとする民間観光産業から発信されるものが広く行き渡る場合が多いということである。そこにはイメージと現実のギャップは常に付きまとう。
例えば、観光デスティネーションとして地中海のマルタ島を想起した場合、スペイン、ギリシャの「代替」ビーチリゾートとして扱われることが多い。実際マルタ島にはビーチが一ヶ所しかなく、しかも砂も海水も上質ではない。ということからビーチで売れば結局マルタ島の位置づけは「代替」観光地という地位から抜け出せない。しかし、マルタ島には中世からの遺跡やカラバッチョの作品も見ることができるということはあまり知られていない。マルタ島本来のイメージが伝わらず、代替観光地として扱われてきたのは、マルタ島のマーケットである英国、ドイツのツアーオペレーター主導でイメージが形成された当然の帰結であるといえる。
パッケージツアーのパンフレットとイメージ
では、民間企業はどうやって観光地のイメージを観光客に植え付けているのだろうか。一番効果的なものは各ツアーオペレーターが発行するパッケージツアーのパンフレットである。
ここでツーリズム、イメージと旅行パンフレットの関係について面白い研究があるので紹介する。
Tom Selwyn編「The Tourist Image: Myths and Myth Making in Tourism」の中にあるGraham Dann著「The People of Tourist Brochures」である。Dannは各旅行会社の発行するパッケージツアーのパンフレットを集めて、総数5172枚の写真を分析し、それを
以上4カテゴリーに分類した。
結果を要約すると、まずビーチだけ、風景だけ、乗り物だけといった全く人が写っていない写真は全体の4分の1を占める。人が写っていても観光客だけの写真は地元の人だけの写真よりも9倍多い。そして、観光客と地元の人が一緒に写っている写真は全体でたった9%である。
結局、人が全く写っていない写真が語るのは対象となる観光地がまさにunspoiltであるというメッセージである。これが多数を占めるということは先進国のツアーオペレーターがいかに「unspoilt」を売り出し文句にしているかということが読み取れる。パッケージツアーの現状は地元の人とのふれあいや異文化の理解とは程遠いものである。
イメージ定着の条件
とはいえ、民間観光産業から発信されたメッセージがそのまま常にイメージとして定着するとは限らない。ノースロンドン大学のロバート・クレバドン教授は、メッセージがイメージとして形成・定着できる条件として、以下の要件を列挙している。
1 首尾一貫し、しかも単純であること 2 妥当であること 3 信憑性があること 4 注目を浴びる、魅力的なものであること 5 他者に容易に真似できないこと |
例えば、今年のエジプトの「Egypt’s 7th Millennium」という謳い文句は全ての要件を満たしている点で注目すべきイメージ形成が行われたといえる。97年に起こったルクソールでのテロのおかげで観光客激減に悩まされていたエジプトの観光産業回復に、他の要因もあるとはいえ、このイメージの定着は大きく貢献したといえる。
一方、ポルトガルの「ヨーロッパのハリウッド」というメッセージが全くイメージとして定着しなかったのはクレバドン説を検証してみると明白である。誰も妥当であるとは思わないし、信憑性も疑わしい。注目は浴びるが、ポルトガルの映画産業くらいならば、他の欧州諸国でも名乗れば即ヨーロッパのハリウッドといえてしまう。
まとめ
観光マーケティングを考える際、他の商品のマーケティングと大きく違う点は、「観光はテストドライブが出来ない高価な買い物」(Cleverdon, 2000)であるところである。
すなわち、消費者はイメージがどうしても購入意思決定の第一条件にならざるを得ない。観光地のイメージは、民間観光産業の発信するメッセージに大きく頼っているのが現状であるので、どうしてもイメージと現実のギャップは起こりうる。
この2者のギャップを埋めるためにはどうしたら良いか。一つの処方箋は政府観光局(National Tourism Organisation: NTO)のイニシアチブによるCPPP(Community, Public and Private Partnership)である。政府観光局は物品やサービスを販売しないがマーケティングをする特殊な組織である。国家のアイデンティティを世界にアピールするために多くの観光客に訪れてもらい、彼らの観光活動により、外貨を獲得すると考えれば、国家としての販売活動のマーケティングセクションであると言うことは出来る。民間観光産業は観光地に選択肢があるが、NTOは自国以外に選択肢はない。そして、選択肢が一番小さいのはその観光地のコミュニティである。いかにCPPPを実現するかは、NTOのイニシアチブにかかっているといえる。
私は韓国のNTOである韓国観光公社のソウル本社海外マーケティング部で来年1月から3月まで研修することになった。韓国観光公社は最近、金大中大統領が自ら出演したテレビコマーシャルを放映し話題になった。韓国観光公社のプロモーションは積極的なアピール性だけではなく、綿密な調査研究に基づいてターゲットを特化し、統一テーマをもって戦略的にかつ地道にマーケティングを展開しているのである。私は実地でいかにNTOがイメージ形成に尽力しているか、そして、CPPPがどのように行われているか、実際に確かめてきたいと思っている。
Thesis
Takashi Shimakawa
第19期
しまかわ・たかし
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授/日本国際観光学会会長
Mission
観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興