論考

Thesis

観光開発プロジェクトの問題点

ここ数十年、観光の効用が世界中で脚光を浴びている。観光は資源を持たない途上国では経済発展の切り札として、先進国では開発援助の一形態として政策の中心議題となっている。観光の開発援助としてのあり方を検証する。

この夏、ジュビリー2000というNGOが中心となって、重積債務国の債務免除を求める運動を大々的に展開した。その対象国の中に西アフリカの小国ガンビアが含まれていた。これは、観光を研究している私にちょっとした驚きを与えた。ガンビアは、ここ10数年EUおよびIMFからの観光開発による経済発展プログラムを受け入れ、海岸でのリゾートツアーと野生動物観察ツアーの両方が楽しめる観光地として着実に実績を伸ばしているからである。この観光開発のお手本であるガンビアが、いまだに重積債務を抱えているというのでは、観光開発そのものの有効性に対して疑問符を付けざるを得ない。そこで本稿では、観光に関する開発援助の問題点について考察する。

途上国よりも先進国を利する観光開発

 観光開発という分野に特化すると、EUが大きな役割を演じている。EUは観光を開発援助の中でも特に重視している。

 では実際、観光開発とはどういった分野に投資しているのだろうか。ここで1990年から1995年までEUの観光開発が投資した分野別の割合を示したグラフを見てみたい(図1)。
 図1を分析すると、マーケティングの占める割合が52%と突出している。観光開発におけるマーケティングとは、

  1. 販売地域での広告代理店の活動費用
  2. 政府観光局や総代理店等を設立することでマーケットのプレゼンスを確保する費用
  3. ツアーオペレーターにツアーパンフレットを作成してもらうための助成金支給
  4. 貿易フェアー等への出展費用
  5. メディアや旅行会社を無料で観光地に招待するツアーの企画、実行費用
  6. 旅行会社へのセミナー開催費用
  7. パンフレット、プロモーションビデオ、ニュースレター、ポスター等の販促グッズの制作と配布費用

 以上の活動を見ると、マーケティングと称される費用の内、地元の観光のエキスパートを雇用する可能性がある2を除き、全てマーケット(先進国)に直接金が落ちる構図になっている。しかも、このような活動は単発で行っても金額に見合った効果は得られない。継続して行う必要がある。つまり、ひとたびマーケティングに投資すると、それを維持するために毎年同じ費用がかかる。そして、そのお金は毎年先進国に落されるのである。
 本当に観光を通じて開発途上国の経済発展を願うならば、援助金は、開発途上国が近い将来、先進国からの援助なしに観光デスティネーションとして自立できる環境を整えるために使うべきである。

 観光地として成功する最大の要諦は、「いかにリピーターを増やすか」の一言に尽きる。一度訪れた観光客にまた訪れたいと思わせるものが必要である。マーケティングでいくら海外にアピールしても、観光客が実際に訪れたときにその観光地が期待外れであればリピーターにはなり得ない。結局、リピーターを増やすためには、マーケティング活動より先に、国内の観光を取り巻くハードおよびソフトの環境整備に力を注ぐべきである。図で言えば、「研究機関建設」や「特産品開発」により支出を傾斜すべきである。これらは一度の投資で将来にわたって効果を生み出すことができるからである。

 結局、支出内容に偏りがある援助こそ先進国と開発途上国の関係をより固定化している元凶と言える。観光に限らず、中央(先進国)と周辺(途上国)は、周辺の低開発状態が中央のさらなる経済発展に寄与することで、その歪んだ関係を固定化している(Harrison, 1992)。

真に途上国を利する開発を

 以上のような、開発途上国にとって真の利益となっていない現状を改善する方策として、次の二つを挙げる。

 まず一つは、観光開発の第一人者であるロバート・クレバドン氏が提唱する「プロジェクトの逐次検証」である。一般的にプロジェクトの検証は、プロジェクト終了後に「事後評価システム」で行われる。しかし、これではプロジェクトの評価システムをいかに構築しても、失敗すれば「後の祭り」である。そこで、クレバドン氏は、プロジェクトと平行して、プロジェクトを逐次チェックする会議を常設することを提唱している。先進国の立場で考えると、一つのプロジェクトの失敗は数ある選択肢の一つの失敗に過ぎず、致命傷になることはない。しかし、そこに住む人々にとってはそういうわけにはいかない。そこで大失敗をしないためには、プロジェクトの方向性をプロジェクト開始後も微調整しながら進めていくことが望ましい。それには、専門知識をもってプロジェクト内部から問題点を是正することのできる観光専門のコンサルタントの参加が必要不可欠である、とクレバドン氏は力説する。

 もう一つは、専門知識を持つ地元住民を増やすことである。往々にして起こる誤認識の一つに、観光産業が発達したことでみかけの雇用人数が増えたから発展に寄与したという見方がある。確かに、季節労働者や肉体労働者の数は増える。しかし、管理職には先進国から派遣された人材が割り当てられることが多い。これは、意思決定の際、地元よりも先進国の意向が優先されることを意味する。そのため、いつまでたっても開発途上国は途上国のポジションから抜け出せず、先進国は途上国の存在そのものを自国の利益として享受する構図が続いている。

 こうした状況を打開するためには、大学や研究機関を建設し、民間観光産業で管理職として、チェック会議でイニシアチブを取れる国際観光コンサルタントとして、そして国家の観光政策策定のプロとして、それぞれ活躍できる人材を育成することである。先進国が自国の利益を優先したマスタープランを策定して来た際には、それを鵜呑みにすることなく、途上国の利益にもなるようにプロジェクトを誘導できる人材の育成が必要である。

新しい観光開発のあり方を求めて

 観光に関する開発援助の基本は、観光地が自活できる環境作りのサポートに徹することである。現在、マスツーリズムから生じた弊害を是正するため、サスティナブルツーリズムという考え方が言われ始めている。これは、ただ単に環境を考えた観光を振興するのではなく、観光産業によって、開発途上国が経済的にも、政治的にも、社会・文化的にも持続的に発展することを考慮しよう、というものである。ただ、このサスティナブルツーリズムも欧米主導の現状では極めて概念的で、何が一体サスティナブルツーリズムなのかといった実際的かつ具体的な解答は提示されていない。結局、欧米主導の観光開発はどこの観光プロジェクトにも同じ鋳型を使うことで、世界中にマスツーリズムの観光地を増やしているだけである (Burns & Cleverdon, 2000)。

 そこで私は、「欧米主導の行き詰まった観光開発とは異なる、真に観光地に利益をもたらすことができるサスティナブルツーリズムがあるのではないか。それは、古来、多様性を認め、より自然と一体となって発展するという発想が出来るアジアにあるのではないか」と考えている。残りの研修期間を主に韓国と日本でサスティナブルツーリズムの実際的なモデル探しに費やす予定である。

<参考文献>
・Burns, P. and Cleverdon, R. (2000) ‘Planning Tourism in a Reconstructing Economy: the Case of Eritrea’, Dieke, P. ed. The Political Economy of Tourism Development in Africa, Forth Cognizant Communication, New York, USA (Forthcoming)
・European Commission (1996) Tourism and the European Union: A Practical Guide/EU Funding/Other Support/EU Policy and Tourism, European Commission DGXXIII Tourism Unit, Brussels Belgium
・Harrison, D. ed. (1992) Tourism & the Less Developed Countries, Belhaven Press, London
・Mowforth, M. and Munt, I. (1998) Tourism and Sustainability, Routledge, London
・Poon, A. (1996) Synthesis of Evaluations of Tourism Projects & Programmes, Caribbean Futures Ltd., Germany
・Waters, M. (1995) Globalization, Routledge, London

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島川崇の論考

Thesis

Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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