松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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歴史観
2011年11月

塾生レポート

「安心と希望ある社会へ」~日本の伝統精神を踏まえた社会保障のあり方とは~
片山清宏/卒塾生

日本では農村で育まれてきた地域コミュニティが社会保障の機能を担ってきた。しかし、今や人口減少と都市化によりコミュニティは崩壊し、経済成長の鈍化により日本の社会保障制度は崩壊寸前である。本稿では、日本の伝統精神に基づくこれからの社会保障のあり方を考察したい。

 

1 はじめに

 社会保障と税の一体改革が大きな争点になっている。政府と民主党の素案の取りまとめに向けて、民主党内で消費税論議が活発化する中、野田首相は、「不退転の決意で結論を出す」と述べ、素案取りまとめに向けて、あらためて決意を示したところである。

 現在の日本の社会保障を取り巻く状況は大きく変化している。第一に、正規労働者中心の雇用前提等が変化し、非正規労働者が増大するなどの就労形態の多様化。第二に、親族・家族との同居の減少や未婚率の上昇による単身世帯(高齢者のみ世帯、高齢者単独世帯等)の増加。第三に、高齢化の進展と人口減少地域、過疎市町村の増加。第四に、若年無業者、現役世代の生活保護世帯、自殺者数の増加などの貧困・格差問題の深刻化。第五、グローバル化、大競争時代に伴う企業の雇用慣行の変化等である。

 こうした変化の中、少子高齢化の進行と経済成長の鈍化により、社会保障給付費の対GDP比が急増している。社会保障費用の多くが赤字国債で賄われ、後世代、次世代の負担に回されているほか、社会保障制度における高齢者に対する給付が相対的に手厚くなり、世代間の給付と負担のアンバランスも著しくなっている。また、年金記録問題に見なれるような様々な問題が発生し、国民の社会保障制度に対する国民の信頼性は棄損している。

 社会保障制度に対する信頼性を確保し、その安定性と持続可能性に高めるためにはどのようにしていけばよいだろうか。

 こうした問題意識のもと、本稿では、日本において歴史的に社会保障の機能を担ってきた「地域の支えあい」や「コミュニティ」に着目し、日本の伝統精神から考えるこれからの日本の社会保障制度のあり方を考察していきたい。

2 日本のコミュニティと地域の支えあいの歴史

 日本の歴史を振り返ると、圧倒的に長い期間、稲作を中心とした農耕生活が営まれており、日本文化の源流には、稲作を中心とした農耕文化があるといえる。これは森と水の循環系を守りつつ、自然との共生を遂げてきた世界に誇るべきものである。そして農山村は、農の営みの中から培われた歴史的、文化的な価値と食料の生産、国土の保全、水資源涵養、洪水防止、保健休養、教育空間としての機能、さらには、人と人との支え合いを基本とした地域自治機能など、極めて多くの価値や機能とともに、誇りある暮らしを生み出してきた。

 農耕は人手がいる。村長(むらおさ)を中心に、一族力を合わせて田畑を開墾し、水路を開き、作物を育て、実りを蓄えるために、定住する必要があった。その農耕一筋の暮らしの中から、日本人の特性「和」の精神が育まれたと言える。

 日本人は、厳しい自然を相手に農業を営む中で、勤勉で一所懸命に働き、また共に助け合い、互いに助け合う、まさに日本ならではの伝統精神を育んできており、まさにその中で、「つながり」を感じて生きてきたと言えるだろう、屋根の葺き替えや田植えなど共同で行う作業を「結い」という。一人で行うには多大な費用と期間、そして、労力が必要な作業を、集落の住民総出で助け合い、協力し合って成し遂げていくという相互扶助の精神で成り立っている。これは日本人の伝統精神であり、それを育んできたのはまぎれもなく農業であった。

 農村では、子供や高齢者を家族や地域全体で支え合ってきた。これはまさに農村コミュニティが社会保障の機能を担ってきたと言える。しかし、戦後の日本人はその精神を失い、日本の農業の衰退と共に地域の「つながり」を希薄化させ、いつの間にか日常生活からも忘れ去ってしまった。

 一方で、松下幸之助塾主は日本の伝統精神をどのように見ているのであろうか。

3 松下幸之助塾主が考える日本の伝統精神

 松下塾主は、日本の伝統精神として「衆知を集める」「主座を保つ」「和を貴ぶ」の三つを挙げている。

 すなわち、「衆知を集める」とは、広く多くの人々や国々から知識や知恵を集め、学ぶべきところは学び生かしていく姿勢・態度である。天照大神の頃からの八百万の神々による衆議、仏教を取り入れるときの過程、聖徳太子が定めた十七条憲法の第十七条の条文、鎌倉幕府時代の評定所、戦国時代の軍議・評定、五箇条の御誓文の第一条・第四条、江戸幕府時代の複数の老中による合議制などに、衆知を集める日本人の姿勢が表れていると説く。

 「主座を保つ」とは、周囲の環境がどのように変化しようと、常に自分の立場を見失うことなく自主性・主体性を保ち続けるということである。建国以来二千有余年にわたって、天皇を中心にした国家体制を継続してきた中で、様々な宗教の受容に際し、いずれをも国教としなかった天皇の姿勢や、隋の煬帝と対等に関係を深めようとする聖徳太子の態度などにそれが表れている。

 「和を貴ぶ」とは、平和や調和を大切にする共存共栄の精神である。日本は長きにわたって、国内外の戦争の経験が比較的少なく、日本人には世界の他の国民にもまして平和を愛する心があった。これはまさに、十七条憲法の第一条の「和をもって貴しとなす」の精神であり、日本人の精神の根底の一つとなっている。

4 日本の伝統精神を踏まえた上での社会保障のあり方

 人口減少と過疎化の進行による農村コミュニティの崩壊、未婚率上昇や核家族化による単身世帯の増加、高齢化による社会保障給付費の増大、世代間の給付と負担のアンバランス、経済成長の鈍化による税収の減少など、日本の社会保障制度はこのままだと崩壊してしまう。

 このような様々な課題がある中、日本の社会保障のあり方はどのようなものであるべきであろうか。農村で育まれてきたコミュニティでのつながりや絆による支え合いと、松下塾主の考える日本の伝統精神を踏まえ、これからの持続可能で安心で希望ある社会保障の基本理念を三つ掲げたい。

 これからのあるべき社会保障の第一の基本理念は、「安心と信頼」のある基盤をつくることである。あらゆる世代で支え合う。世代間の公平性の確保、貧困・格差問題の解消を通じた社会的連帯の保持、共助の仕組みを基本とする国民全員で責任と負担を分かち合う仕組みとすることが重要だろう。社会保障を社会の持続可能性の維持、未来への投資として位置づけ、直接的な受益者である高齢世代のみならず、現役世代や将来世代にも配意した全世代対応型の社会保障制度への転換を進めなくてはならない。これは、農村では当然のように行われてきたことである。松下塾主の「和を尊ぶ」や共存共栄の精神も同様である。

 第二の基本理念は、「自立」を支援する基盤をつくることである。社会保障の機能強化を図る場合には、公に依存し「保護」「救済」を求めるだけでなく、共助を基本に「自立支援」「予防」を軸として、積極的に社会経済を支える持続可能な制度を構築していくべきである。農村においては、各農家は自ら農耕を営んだ上で、助けが必要な場合は農村全体で協力しあっていたと言える。松下塾主の「主座を保つ」もこの精神と言えるだろう。

 第三の基本理念は、「共生」を可能とする基盤をつくることである。家族や地域の絆が弱まる中で、社会情勢の変化を踏まえた新しい形の地域の支えあいやコミュニティの再生に寄与するような仕組みを作ることが求められている。社会保障制度の運営・運用は、国、地方自治体だけでなく、コミュニティ、事業主、労働者、NPO等、多様な主体及び住民自身が相互に係わり合う中で行われていくことが望ましいと考える。また、社会保障制度の維持可能性向上のためには、次世代の育成が肝要であり、そのためには教育等の分野の公的支出を充実させるとともに、効率的・効果的な教育支出のあり方を総合的に考える必要もあるだろう。農村においては、コミュニティでまさに共生が成り立っていた。松下塾主の「周知を集める」も同じ精神だろう。

5 社会保障制度の構築に取り組むに当たって

 これまで、日本の社会保障のあり方の基本理念を上げたが、地域再生なくして社会保障制度の解決はないと考えている。社会保障は、次世代の人的資本の育成や社会意識の醸成等の点で教育施策と関わりがあり、その他、社会的弱者に配慮した公共交通施策、税制、NPO・自治会・消防組織等の地域コミュニティ施策など、関連する施策との連携の強化によってその機能が効果的に発揮されるからである。

 今後、地方を含めて人々が住む場所は「多極化」していくが、しかし単純に“拡散”するのではなく、それぞれの地域ごとの「極」となる都市や町村そのものは集約的な空間構造になっていく。たとえば道路を無際限に整備するのではなく、中心部に公的住宅や福祉施設等を誘導し、歩いて過ごせる街にしていくといいった方策で、従来タテワリだった「都市政策」と「福祉政策」を融合していくだろう。

参考文献

松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』 松下政経塾 2010年
松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年
松下幸之助『日本と日本人について』 PHP研究所 1982年
神野直彦・高橋伸彰『脱成長の地域再生』 NTT出版 2010年
厚生労働省『平成23年度版厚生労働白書』 2011年

2011年11月 執筆
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