Thesis
日本は現在、社会的・経済的に大きな危機に直面し、政治的な混迷も極め、閉塞感に覆われている。今こそ国は、国民が将来に希望を持てる国家百年の大計を提示すべきときである。本稿では、松下幸之助塾主の『新国土創成論』の理念に基づき、筆者が考える日本の目指すべき国家像を提示し、国家百年の大計を明らかにする。
日本は現在、社会的・経済的に大きな危機に直面している。人口減少や少子高齢化により、医療・年金をはじめとした社会保障制度やその財源にひずみが生じつつある。厳しい経済グローバル化の中で国内の産業空洞化も進み、GDPは中国に抜かれ、世界第2位から第3位への転落が確実となった。また、東京一極集中による大都市の過密問題、地方の過疎化、失業率の増加に伴う雇用・貧困問題、自殺者数の増加、食糧・エネルギー自給率の低下など、多くの課題を抱え行き詰まっている。さらに政治も混乱・混迷を極め、国民は将来に希望を持てず、閉塞感に覆われている。
松下幸之助塾主は、著書『新国土創成論』の中で、1976年当時の日本の混迷した状態について、次のように述べている。
「今日日本がこういう事態に立ち至った一つの大きな原因は、戦後このかた、国としての国是というか、現在将来を通じての国民共通の目標、いいかえれば国家の大計というものがなかったところにあると思います。そういうものがなかったために、国民はそれぞれに自分の判断でバラバラに行動し、時に互いに不信感を抱いて相争うという姿にさえ陥ったわけです。そういったことからしても、なんらかのかたちで、国家の大計というものが今強く求められています」
『新国土創成論』の発表から30年以上経った今も、日本はあらゆる面で行き詰まりを見せ、まさに混迷を極めている。今こそ、日本の再生・発展に向け、目指すべき国家像を提示し、国家百年の大計を明らかにするときである。
では、現代日本の国家の大計とはどのようなものだろうか。松下塾主が国家の大計の一つとして掲げた『新国土創成論』を考察することで、その答えに迫りたい。
『新国土創成論』は、200年間にわたって理想の日本国土を創成しようという提言の書である。「諸悪の根源は国土の狭さにある」としたこの提言は、日本の国土の約70%を占める山岳森林地帯のうち、20%を開発整備するとともに、山岳森林地帯をならした分の土砂で海を埋め立てることで、計15万平方キロメートルの有効可住国土を新たに生み出し、現在の有効可住国土を倍増させ、住みよい理想的な国土にしていこうという壮大な計画である。
日本は、アメリカの25分の1というわずかな国土面積のうちに1億2,400万人もの国民がひしめきあいながら生活している。そして、この狭い国土を最大限に活用し、当時のGNPで世界第2位、単位面積当たりのGNPではアメリカの13倍にも及ぶ発展をしてきた。
国土が狭いことは効率的である反面、東京一極集中、地価の高騰、貧しい住宅環境、交通渋滞、大気汚染など様々な問題を引き起こすようになった。国土の狭さが国民生活の向上にとって大きな阻害要因となっているということと、国家の大計が必要であるという考えから、松下塾主はこの『新国土創成論』を発表した。「新国土創成」を新たな国家目標とし、国家事業として実現していくべきであると唱えたのである。
具体的には、25年間をかけた「新国土創成」構想の計画立案、周到な調査研究、その後22世紀の終わりまで200年間をかけての段階的な実施から始まり、「国土創成省」の創設、若者を中心とした「国土創成奉仕隊」の結成等を提案した。
また、事業資金の調達法として低利の「国土創成国債」の発行や、国債購入者への所得税の減免と新国土の配分の優先資格の提供、そして、創成された人工島の一つを国連管理の「国際自由都市」とすることまで計画されている。
この「新国土創成」によって、日本のバランスある発展、住宅問題の解消、食糧問題の解決、自然の猛威の克服、科学技術の進歩発達、景気の調整機能が発揮され、さらには国民共通の大目標に挑むことで国民精神が高揚し、活気ある国づくりが可能となると主張した。
それでは、この『新国土創成論』の理念を踏まえて、今の日本はどのような国家百年の大計を描くことができるのだろうか。
1972年、国際民間組織「ローマ・クラブ」が発表した『成長の限界』と題した研究報告書が世界に衝撃を与えた。これは、大量生産・大量消費のライフスタイルに猛進し、繁栄に酔いしれていた世界に対し「成長一辺倒の世界はやがて破局を迎える」という警告を与えるものだった。『成長の限界』によると、世界人口、工業化、汚染、食糧生産、資源の消耗などの点で、現在のような成長が不変のまま続けば、今後100年の間に地球上での成長は限界に達し、その結果、人口と工業力の制御不可能な減退が起こる可能性が高くなると指摘された。
環境問題に対する人類共通の意識の形成にさらに強い影響を与えたのは、1980年代に米国の環境問題諮問委員会からカーター大統領に提出された『西暦2000年の地球』という報告書であった。同報告書は、グローバルな資源供給の減少、世界人口の増大、富の不平等と不均衡などに関して詳細に分析し、人類共通の環境危機を説いた。この『西暦2000年の地球』の警告により、環境に対する人々の目覚めと運動が地球環境時代の潮流をつくり出す起爆剤となった。地球環境を守る政策を何よりも優先すべきであることが人々の共通の意識となり、地球環境保護に対する世界的波が形成されたのである。
そして1992年には、ブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発の国連会議」において、「環境と開発に関するリオ宣言」「アジェンダ21」「気候変動に関する枠組条約」「生物の多様性に関する条約」「森林に関する原則声明」などが合意された。
このような中、1997年に開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で規定した京都議定書において、日本は議長国として、温室効果ガスの排出量を2008年から2012年の5年間で1990年に比べて6%削減するという目標を掲げた。
また、2009年には、デンマークで開催されたCOP15で、2020年までに温室効果ガスの排出量について1990年比25%の削減を目指すことを表明した。さらに、温室効果ガスの排出量削減などに積極的に取り組む発展途上国を対象に、2012年末までの約3年間で1兆7,500億円の支援を実施していくことを発表し、世界から注目されたのである。
混迷する日本を再生・発展させていく鍵は、「地球環境問題の解決」にあるのではないか。そして、これを国家百年の大計とすることで、日本は世界をリードしていくことができるのではないか。
私は、現代の日本において、松下塾主の唱える『新国土創成論』に基づき、今後の日本のあるべき国家像及び国家百年の大計を「環境創造国家」として掲げたい。
私が考える「環境創造国家」とは、恵み豊かな自然環境を保全・発展させるとともに、経済成長と地域活性化を実現させ、それらを通じて国民一人ひとりが幸せを実感できる生活を享受し、将来世代にも継承することができる持続可能な国家のことである。
これは、単に自然の保全に留まるものではなく、自然のよさをより活かすためにむしろ積極的に自然に手を加え、人間も万物もたえざる生成発展を続けていける環境を創造することによって、物心の調和のとれた真に好ましい国家を目指そうというものである。このような国民共通の大目標に挑むことで、国民精神が高揚し、世界に冠たる活気ある国づくりが可能となるのである。
地球環境問題は、重層的に、また相互に悪循環しながら進んでおり、この危機に正面から対応し、その解決を図ることによって世界の発展と繁栄を確保しなければならない。人類の活動が質量ともに拡大し、環境問題が一層複雑化・多様化している中、持続可能な社会の実現は決して容易ではないが、国内外の幅広い参加と協働の下、いかにその先頭に立って、力強く推進していくかが日本の課題である。
私は、「環境創造国家」を実現していくために、次の5つの方針を掲げたい。
第一に、自然との共生を図る知恵と伝統を活かした国づくりを行っていくことである。古来、我々日本人は、生きとし生けるものが一体となった自然観を有し、自然を尊重し共生することを常としてきた。この伝統的な自然観を活かしつつ、さらに日本の環境・エネルギー技術などの強みを加えて、自然の恵みと豊かな景観をより積極的に活かしていくことが重要である。
第二に、環境保全と経済成長の両立を図る国づくりを行っていくことである。日本固有の自然豊かな環境を保全するとともに、創造的な環境技術革新を図ることにより、経済の活性化や国際競争力の強化を進めるべきである。このことにより、地域が持つ本来の力を十分に発揮させた活力ある地域社会の実現も可能となる。
第三に、世界とともに生成発展する国づくりを行っていくことである。地球環境問題は世界各国の社会経済と相互に密接に関わっている。日本は、「人類の共有の財産としての地球」の考え方に立って、世界の国々と手を携えて「環境創造国家」に向けた取組を進めていく必要がある。特に、発展途上国における環境と貧困の悪循環を解消するため、日本の環境・エネルギー技術や深刻な公害克服の経験・知恵を活かした国際協力の展開を目指すべきである。
第四に、地域の特性を活かした国づくりを行っていくことである。日本には、東京都や大阪府のような大都市もあれば、人口数十万都市の地方都市、さらには人口数千人の小規模な町村もある。地域ごとに地形や自然環境、産業なども様々である。歴史や風土、気候も違い、暮らす人々の気質も異なっている。よって、国の役割は、地球規模での環境問題の解決、国家としての「環境創造国家」の指針や計画の策定に限定し、方策の実現は可能な限り地域が主体になって行うべきである。
第五に、政治家が強いリーダーシップを発揮して国づくりを行っていくことである。「環境創造国家」を実現するためには、産業、交通、都市計画、環境、エネルギーから個人のライフスタイルに至るまで、経済・社会の根本的な変化が不可欠となる。従来型の経済社会システムからの転換には様々な軋轢が生ずると予測され、これに本格的に取り組むためには、政治家が明確なビジョンを提示し、強い意志によってリーダーシップを発揮していく必要があるだろう。
以上5つの方針を挙げたが、「環境創造国家」の実現の際には地域の資源を最大限に活かすことができるように、都市・地域ごとに「環境創造都市」をつくっていくべきである。国家としては、「環境創造国家」の指針や計画の策定に限定し、あくまで地域が主体となって地域ごとに「環境創造都市」をつくり、その総体として「環境創造国家」が実現されるというプロセスが望ましいと考える。
私は、松下塾主の遺志を継いで、『新国土創成論』を現代に蘇らせ、日本を「環境創造国家」として再生することによって、各面でバランスのとれた国土を生み、調和ある健全な生成発展を可能ならしめるとともに、精神的な閉塞感をも併せて解消し、この日本を真に物心ともに豊かな理想の国家としたい。
松下塾主は『新国土創成論』の中で、新国土創成の効果を述べているが、私の考える「環境創造国家」の実現によっても、以下のとおり同様の効果が期待できる。
第一に、長期的に見て日本のバランスある発展が可能となる。全国に魅力的な「環境創造都市」をつくることで、地域の資源を最大限に活かした地域づくりが進む。日本は「過疎と過密」「都市と地方」「環境と経済」「生産と廃棄」などの不均衡が解消され、各面においてバランスがとれた国となるだろう。
第二に、住宅問題が解決し、誰もが快適な住宅に住むことできるようになる。各地域に「環境創造都市」をつくることにより、三大都市への人口集中や地方の過疎化が止まり、住、商、工業地域の適切な配置が可能となる。さらに、自然環境に十分配慮された住宅が整備され、環境面でも広さという点でも、今の都心よりずっと質の高い住宅を確保できるようになるのである。
第三に、食糧問題が解決する。地域の特性に合ったまちづくりが進むことにより、地域の創意工夫が最大限に引き出される。平野地域では農地の集約化によって大規模農業による生産性の向上が進み、中山間地では地域の風土や気候を活かした高付加価値な農産物の生産が実現するのである。
第四に、自然の猛威を克服できるようになる。太陽光や水力、風力を有効活用できる再生可能エネルギー循環システムを導入することによって、日照りや台風による暴雨・暴風も、大自然の恵みとしてむしろ積極的に活用し、それらのエネルギーを太陽光・水力・風力発電として使用することが可能となるだろう。
第五に、画期的な科学技術が進歩発展する。「環境創造国家」を実現する過程においては、様々な産業分野で発明、開発が進み、科学技術の進歩発展が期待できる。また、その特許やノウハウを世界各国に提供することで、「地球環境問題の解決」という世界への貢献も果たしていくことができるのである。
さらには、「環境創造国家」を遂行していく過程において、そこに国民の精神的な高まりというものが自ずと生まれてくる。そしてその精神の高揚こそ、今の日本にとって最も必要とされているものではないだろうか。
このように、『新国土創成論』を現代に蘇らせ、「環境創造国家」の国家像を掲げることによって国家百年の大計が明示され、日本は再生・発展に向け大きな一歩を踏み出すことができるであろう。
松下塾主は、1976年当時、国土の狭さが国民生活の向上にとって大きな阻害要因となっており、その弊害、諸悪の根源を断ち切るために『新国土創成論』を新しい国家目標とし、国家事業として実現していくべきであると唱えた。その根底に流れる理念は、各時代に合わせた形で適合させていくことができる普遍的なものである。
松下塾主は『新国土創成論』の中で、次のように述べている。
「もともと、人間は自然の一部である。人間を含めて万物いっさいは、自然の理法といったものによってつくられたといえよう。そしてまた、その自然の理法によって、人間も万物もたえざる生成発展を続けているのである。美しい景観も、ゆたかな資源もすべてこの自然の理法の所産である。その自然の理法にかりに意志というものがあるとすれば、それを自然知と呼んでもいいと思う。(略)人間が自然知を受け、自然知にしたがって、自然を動かすというか自然に手を加え、よりよいものにしていく。それが人間に与えられた使命であり、人間だけがよくそうしたことを行ない得るのである」
今後は、松下塾主の『新国土創成論』の理念に基づき、「環境創造国家」実現を自らの使命とし、その具体的な方策や計画の考察を行うとともに、私の地元である湘南地域の「環境創造都市」ビジョンを探求していきたい。
参考文献
松下幸之助『新国土創成論』 PHP研究所 1976年
松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』 PHP研究所 1994年
松下政経塾編『松下幸之助が考えた国のかたち』 PHP研究所 2010年
『松下幸之助塾主政治理念研究会 資料』 松下政経塾
ドネラ H. メドウズ『成長の限界』 ダイヤモンド社 1972年
山折哲雄『環境と文明』 NTT出版 2005年
小宮山宏『低炭素社会』 幻冬舎新書 2010年
宇都宮深志『環境行政の理念と実践』 東海大学出版会 2006年
寄本勝美『地球時代の環境政策』 ぎょうせい 1992年
寄本勝美・原科幸彦・寺西 俊一『地球時代の自治体環境政策』 ぎょうせい 2002年
環境省『平成22年度版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書』 2010年
Thesis
Kiyohiro Katayama
第31期
かたやま・きよひろ
一般社団法人 日本ブルーフラッグ協会 代表理事 / 慶應義塾大学SFC研究所上席所員
Mission
地域主権社会の実現-地域のリーダーシップで日本を変える-