論考

Thesis

「地域主権社会」の実現を目指して(1)~「問題の所在」と「私の志」~

私の志は「地域主権社会の実現」である。日本は戦後、強力な「中央集権体制」により、世界でも類を見ないほどの驚異的な経済発展を遂げた。しかし、いまやその弊害の方が大きい。入塾後1年が経過した今、自らの志実現のため、改めて国と地方の関係における「問題の所在」を明らかにし、今後の研修のあり方を考えてみたい。

1 はじめに

 「孫のために地域を良くしたいと思って1年間も議論してきたのに、なぜ私たちの意見を計画に取り入れてくれなかったのか」。「どうして市役所はそんなに融通が利かないの。どうして自分たちの地域のことを自分たちで決めることができないの」。70歳代の老婦人が涙ながらに私に訴えた。

 私は市の行政職員として、「総合計画」の策定に携わっていた。40人の公募ボランティア市民と30人の職員が、約1年かけて同じテーブルで議論し、10年後の市の将来像を協働で検討していくプロジェクトだった。私は当時、分科会の責任者として、「総合計画」の最終案の取りまとめを担当していた。しかし、取りまとめの過程で国の法律や県の制度、さらには多くの規制や行政計画との整合を図るため、市民と職員が1年間かけて苦労して考えてきた内容を大幅に修正せざるを得なかった。そして、最終計画案を完成させ、市民の方々に見ていただいたとき、70歳代の老婦人から涙ながらに訴えられたのである。

 さらに私は、市の窓口業務で4年間、毎日を乗り切ろうと必死で生活をしている市民の姿を見てきた。企業の突然のリストラに遭い失業し税金や保険料の支払いができず、減免を求めに来る人。家族が重病にかかり高額療養費の納付相談に来る人。離婚し生活が困窮し、生活保護を申請しに来る人。私は窓口に来庁する市民一人ひとりに対してできる限りの対応をしてきたつもりだ。しかし、ここでもまた、すべての市民の要望に応えることができず、市民を落胆させ失望させることが多かった。

2 私の志 ~地域主権社会の実現~

 市行政としての限界。市の行政職員でありながら、市民のために働くことができず、自らの地域のことも決めることができない自分。私はこの葛藤に悩み苦しんだ。入庁当時、これから地方分権が進んでいく中で、市民のため地域のために、より大きな仕事ができると希望に満ち溢れていた。しかし、現実は違った。いまだに中央集権体制が残り、自治体への権限移譲は進まず、多くの仕事は国の法律や制度により細かく決められていたのである。

 私は、この問題の解決策を見つけるために、もがき続けてきた。行政の先進国であるイギリス・スウェーデンでNPM(New Public Management:新公共経営)を学び、構想日本の「事業仕分け」メンバーとして自治体や中央省庁の仕分けに参加し、全国の住民や職員と議論した。また、庁内や神奈川県内の自治体職員とネットワークを作り、地方分権のあるべき姿についての自主勉強会を立ち上げ研究活動を行った。さらに、神奈川県庁に出向し、国と地方の関係を「県」という視点からも学んだ。

 私は、こうした様々な経験を通して、地域のことを地域で決められないというこの問題の本質が、政治・行政・市民を取り巻く構造的で根深いものであると考えるに至った。一自治体職員の力で解決するには限界があり、「行政」だけではなく、「政治」の役割が重要であると痛感せざるを得なくなったのである。

 しかし、政策や行政内部の仕組みを深く理解した人間が、「政治」の分野からこの構造的問題に向き合うことで、解決の道が拓けるのではないか。それこそが私の使命ではないか。「地域主権社会の実現~地域のリーダーシップで日本を変える~」を志とし、私は松下政経塾の門をたたいた。

3 国と地方のあり方 ~問題の所在~

 わが国は戦後、経済を中心に、世界でも類を見ないほどの驚異的な発展を遂げ、世界をリードする先進国の一つとなり、国民の生活水準も飛躍的に上昇した。これは強力な中央集権体制のもとで、全国画一的な行政運営がもたらした大きな成果であった。しかし、少子高齢化の進展、人口減少、経済成長の鈍化と財政難、住民の価値の多様化など、これまでに経験したことのない多様な課題に直面している現在、中央集権体制による画一的な行政の利点は薄れ、今や制度疲労による弊害の方が大きい。国が細部まで地方に指示し実施させてきたことが、地域の需要に合わない行政サービスや社会資本整備など多くの無駄を生み、地域の多様な発展を阻害し、国家財政をも逼迫させてきたのである。

 中央集権体制はその役割を終え、次の新しい体制への取組が求められている。それが、「地方分権」であり「地域主権社会」の実現である。しかし、地方分権改革は現場レベルでは依然として進んでいないのが現状である。

 第一次分権改革といわれる2000年の「地方分権一括法」の施行以降、「三位一体の改革」が実施された。2007年には「地方分権改革推進法」の施行により「地方分権改革推進委員会」が設置され、4次にわたる勧告が政府に提出された。そして、政権交代後、政府は2009年11月に「地域主権戦略会議」を設置。同年12月には、義務付け・枠付けの見直しや国と地方の協議の場の法制化などを盛り込んだ「地方分権改革推進計画」を閣議決定した。2011年8月現在、「地方分権改革推進計画」に基づき、法令による自治体への義務付け・枠付けの見直しを盛り込んだいわゆる「地域主権一括法案」が国会で成立する見込みである。

 これらの地方分権改革によって、国と自治体の役割分担は明確になった。機関委任事務の大多数も自治体の事務とされ、これらの事務に対し条例制定が可能になるなど自治体の権限は拡大した。“地方政府”としての裁量権の拡大が図られたという意味で、「団体自治」の強化は一定の評価がある。しかし、一方で、地域住民の参画による地域経営の充実、すなわち「住民自治」の強化は大きな課題として残っている。

 私は、国と地方のあり方についての「問題の所在」は次の3点であると考える。第一の問題は、「中央集権的な行財政制度がいまだに多く残っていること」。第二の問題は、「自治体や住民の側にも国に依存する体質が依然としてあること」。第三の問題は、結果として「自治体や地域に自立して地域を経営しようとする自覚と責任感を持った人材が育たず、地域ニーズに合った効率的・効果的な地域経営ができていないこと」である。

 では、理想の「地域主権社会」とはどのような社会であろうか。まずは、松下幸之助塾主の理念を考察した上で、「地域主権社会」の姿を考えてみたい。

4 松下幸之助塾主の理念と「地域主権社会」

 松下幸之助塾主は次のように述べている。

「人間は無限の能力をもっている。しかしその能力は、発揮できる環境におかれなければ発揮されない。」

「昔は、つぶれるところはつぶれなさいという情け容赦のない時代だったが、最近は反対に情けをかけすぎて、その結果、自主責任経営がいささか薄くなり、みな依存心が強く、いわゆる“お坊ちゃん”的になってきている面があると思う。そういう意味で、今度の不況は、(中略)みずからを鍛え直す絶好の機会だともいえよう」

 松下塾主が実践した経営の特徴として、「自主責任経営」と呼ばれるものがある。これは個人レベルでいうと、企業で働く一人ひとりが、自らの責任を正しく自覚し自主的に仕事に取り組んでいく経営であり、会社レベルでいうと、経営の各面で自主性をもっていく経営である。松下塾主は、人は与えられた使命に対する責任を感じ取れば成果を挙げることができるのだから、できるだけそれぞれの自主性を重視することが大切だと考えた。

 この「自主責任経営」の考え方は、さらに国家レベルでも説かれている。松下塾主は、1968年及び1969年の『PHP』誌“あたらしい日本・日本の繁栄譜”の中で、「廃県置州論」を展開し、さらに1970年には「置州簡県論」を主張した。中央集権的な色彩の強い政治制度を改め、県の機能を簡素化して州をつくり、それに独立国的な性格を与えようという主張である。もしそうした地方の自主性を大幅に認めれば、地方全体の政治の生産性が向上し、国民活動も活発になり、結果、国全体としても大きなプラスになるだろうというものである。この「自主責任経営」の理念は、松下塾主の人間に対する見方、人間の心に対する洞察から生まれたものであり、塾主の経営理念の中心を成すものであった。

 現在、政府の地方分権改革により、徐々に自治体の権限は拡大しつつある。しかし、一方で自治体や住民の側には、国に依存する体質が依然として残り、自立して地域を経営する自覚と責任感が不十分であるのが現状である。今や地方分権改革は、「どれだけ国から地方への権限移譲が進んだか」の段階から、「どれだけ各自治体の自立的経営が成されているか」が問われる時代になった。真の「地域主権社会」を実現させるためには、松下塾主の「自主責任経営」の理念を踏まえ、国・自治体・住民それぞれが自立し与えられた使命を果たすことが必要とされているのではないだろうか。

5 理想の「地域主権社会」とは

 私の考える理想の「地域主権社会」とは、地域の潜在力が最大限に発揮され地域の個性が輝き、住民一人ひとりが幸せに暮らせる社会である。これは、自分たちの地域のことは自分たちで決められる社会でもある。

 そのためには、国は外交や防衛など本来果たすべき役割を重点的に担い、自治体は住民に身近な行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うという考え方に徹する必要がある。今後の地域主権の方向性は、基礎自治体つまり住民と直結している市町村を重視して、そこがまず自立していくべきである。その上で、基礎自治体では対応が難しい災害対応や産業政策、環境政策などは都道府県あるいは道州制で担っていくべきであり、そのような順で国と地方の関係を検討していく必要があると考える。

 また、地方分権を進めれば、自ずと自治体間で行政サービスに格差が生じるものであり、首長や議会の責任とともに、それらを選ぶ住民の判断と責任も重大となる。すなわち、住民も行政に頼るだけではなく、自ら考え、自ら行動し、自ら治める「自治・自立」の考えを持ち、自覚と責任感を持って自治体運営を担っていかなければならなくなるだろう。

6 湘南から「地域主権社会」の実現を!

 このように、国・自治体・住民それぞれが、お互いに依存することなく自立し責任感をもって与えられた使命を果たすことによって、全国のそれぞれの地域の潜在力が十分に発揮され、地域の個性が輝き住民一人ひとりが幸せに暮らせる理想の「地域主権社会」が実現できるだろう。

 私は、生まれ育った「湘南」を舞台に、塾生としての残り1年半の実践活動で、「湘南」の魅力を最大限に引き出せるようなまちづくりの将来ビジョンをつくりたい。そして、「湘南」から地域主権のまちづくりを実践し、その成功モデルを全国の自治体に発信することによって、日本を元気で住みやすい理想の「地域主権社会」にしていきたい。

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片山清宏の論考

Thesis

Kiyohiro Katayama

片山清宏

第31期

片山 清宏

かたやま・きよひろ

一般社団法人 日本ブルーフラッグ協会 代表理事 / 慶應義塾大学SFC研究所上席所員

Mission

地域主権社会の実現-地域のリーダーシップで日本を変える-

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